第5話 縋り付くほど大切?

 父を呼びに行くためレイラが退室し、部屋にひとり取り残される。


 私はサイドチェストから手鏡を取り出すと、自分の顔をしげしげと見つめた。


 金色の縦ロール髪に、吊り目がちな青い瞳。

 容姿自体は悪くないと思うけど、キツい印象を与えがちな顔だ。


 

 試しにニヤッと口角を上げてみる。なんだか……すんごく意地悪そう。


「はぁ」とため息をついて、手鏡を枕の横に放り出した。


 この可愛らしくない笑顔が、昔からコンプレックスだった。


 楽しくてニコニコしているだけなのに、他の人には不気味に見えるようで、『なに悪巧みしてるの?』と言われたことがある。


 だからオスカーの前では、極力笑わないようにしていたのに。


 

「まさか『冷めた顔で見下している』と思われていたなんてね。私だって、好きで悪女顔に産まれたワケじゃないわよ」


 

 悪女顔というキーワードで思い出すのは、眠っている時に見た光景だ。


 こことは違う世界に生きる、私と同年代の少女の夢――。


 あれはきっと、ただの夢じゃないと思う。まるで古い思い出のようなもの……。


 そう、たとえば前世の記憶的な……。


 

 考えを巡らせていた時、ノックもなしに扉が勢いよく開いて驚いた。

 

 顔を上げると、不機嫌そうな父と目が合う。後ろには、これまた険しい顔をした母がいた。


 

「何てことをしてくれたんだ!」


 

 開口一番、父がそう叫んだ。


 あまりの騒がしさに、私は耳を塞ぎながら「冷静にお話しましょう、お父様」となだめる。


「冷静にだと……? 冷静になどなれるものかッ! お前のせいで『フェネリー侯爵家の長女は、虐めをするような下品な令嬢』、『性格が悪すぎて王子に婚約破棄された』などという不名誉な陰口を叩かれているんだぞ!」


「我が家の一生の恥ですわ。次の婦人会で、わたくし馬鹿にされてしまいます」


 世間体ばかり気にして怒鳴る父と、自分のプライドを守ることしか頭にない母。

 

 婚約破棄された上に心労と過労で倒れた娘の前で、よくもまぁ好き勝手言えるものだ。


 

 心がすぅーっと冷めていく感覚がした。


 

 両親に愛されたくて、ずっと『良い子』で生きてきた。


 言いつけを真面目に守って、好きでもないオスカーとの政略結婚にも同意して。


 でもその結果、私は何も得られなかった。

 

 親の愛も、第二王子夫人の地位も、すべて失った。

 

 あるのは虚しさと、ボロボロに傷ついた心だけだ。



「おい、聞いているのか? ビクトリア。ビクトリア!」


 大きな声で名前を呼ばれて、私は我に返った。


 気付けば父親が冷たい目で私を見下ろしている。


「このまま、我が家が一方的に悪者にされるのは我慢ならん。今度、王宮で戦勝記念パーティが開かれる。そこでオスカー殿下に改めて弁明し、婚約者の座を取り戻す」


「戦勝記念パーティ? わざわざ、そんな人の多いところで話さなくても良いのではないですか?」


「お前のせいで、うちはオスカー殿下への謁見が禁止になっているんだ。私だって公衆の面前で恥など晒したくはない。だが、方法が他にないのだから文句を言うな!」



 人前で恥をかいてまですがり付くほど、オスカーとの結婚は大事なものだろうか?

 

 そう思ったけれど、説得するのも面倒で、私はとりあえず黙ったままでいた。

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