第4話 仕事三昧で恋する暇などありません!!

 アプリを見ながら最寄り駅を探す。


 途中、すれ違った女の子と肩がぶつかってしまい、私は「ごめんなさい」と謝った。


 相手がこちらを見て、驚いた様子で目を見開く。

 

 まずい、バレたかも。


 嫌な予感がして、小走りにその場から駆け出した。




 人混みを抜けて階段を駆け上がり、歩道橋の上まで来たところで、私は荒い息を整えた。


 後ろをちらりと確認する。

 追いかけてきていない。


 よし、大丈夫。


 顔を上げると、空が夕焼けのオレンジ色に染まっていた。


 ここ数年ずっと時間に追われていて、こんな風に空を見るのは何年ぶりだろう。


 しんみりした気分に浸りながら歩道橋をあるく。


 下り階段にさしかかった瞬間、ドンッと強く背中を押された。


 

 ふわりと体が宙に浮く。


 次いで、全身に激しい衝撃が走った。

 歩道橋の階段を勢いよく転げ落ちていく。



「ぅ……」


 

 気が付けば、私はコンクリートの硬い地面の上で仰向けに横たわっていた。


 薄く目を開くと、こちらを睨み付ける少女と視線が交わる。


 彼女は、さっき私がぶつかった女の子だった。


 

「あんたが、悪いのよ」と、彼女が呟く。


 

「ハルトくんは、みんなのアイドルなの! あんたみたいな意地悪女が、あたしたちのハルトくんを穢すな! この最低女! 悪女!」

 

 ハルト……くん?

 

 あぁ……そういえば、そんな名前の男性アイドルと共演したこと、あったな。


 たしか、ゴシップ誌が熱愛報道をでっち上げたんだっけ。


 マネージャーが、売名のためにあえて否定しない方針を取ったと言ってた気がする。


 サイレンの音が聞こえる。

 誰かが通報してくれたんだ。

 

 私を突き落とした女の子は、駆けつけた警察に取り押さえられながらも、まだ『悪女』だの『あたしがハルト君を守るんだ!』などと叫んでいる。


 

 担架の上で、私は目を閉じた。

 全身が痛い。力が抜けていく。



 死ぬんだ……と悟ったとき、悔しさが込み上げてきた。



 冗談じゃないわよ。

 

 アイドルと熱愛だって?

 

 こっちとら、仕事三昧で恋なんてしたことないわよ。


 悪女だのなんだの、勝手な憶測とイメージで悪者扱いされて、こんな風に死ぬなんて……。


 

 あぁ、こんな人生、いやだなぁ――。


 

 もう一回、やり直したい。

 

 そうしたら今度こそ、ママのためでもマネージャーのためでもない。


 自分自身の幸せのために、生きるのに。



 そこまで考えて、私の意識は、命は、ぷっつり途切れた。




「んぅ……」


 自分のうめき声で目が覚めた。


 視界に映るのは見慣れた自室の天井。


 そういえば私、婚約破棄された直後に倒れたんだった……。

 

「ビクトリアお嬢様! ああ、お目覚めになって良かった」


 ベッドサイドにいた専属メイドのレイラが、ホッと安堵の表情を浮かべる。


 窓の外を見ると、朝日が昇っていた。

 ずいぶん長く眠っていたみたい。

 

「付きっきりで看病してくれたの? ごめんね。ありがとう、レイラ」


「謝るなんて水くさいですよ。とにかく、お嬢様が無事にお目覚めになって安心しました。起きたら呼ぶよう旦那様に言いつけられているのですが、面会はもう少し後にしますか?」


「いいえ、すぐに呼んで大丈夫よ。どうせ怒られるのなら、嫌なことはさっさと済ませたいわ」


「お嬢様……」


 レイラが気遣わしげにこちらを見つめる。


 私はにっこり笑って、もう一度「大丈夫よ」と力強く告げた。

 

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