第3話 エゴサーチがやめられない!

 ちょっと前まで『オワコン』と言われていたのに、今や私は時の人。


 自分の名前をネット検索すれば、

 

『麗華は私生活でも悪女?』

『リアルでも性格悪いという噂は本当か?』

『共演者キラー、悪役女優・麗華の本性に迫る』


 などのウェブ記事が大量に出てくるほど、有名人になっていた。


 

 

 控え室に入ると、マネージャーが「次の仕事決まりました」とホクホク顔で報告してくる。


「また悪女?」


 皮肉たっぷりに言えば、マネージャーの隣に座っていた母が「えっ、なに、不満なの?」と眉間にしわを寄せた。


「じゃあ、逆に聞くけど。ママは不満じゃないわけ? 自分の娘が、雑誌とかバラエティで『悪女』っていじられてるんだよ」


「名前を売るチャンスじゃないの」

 

「『実生活でも性格悪い』とかネットに悪口書かれて、嫌いな女優ランキングにも入っちゃってさ」


「悪口なんて、いちいち気にしてたら生きていけないわよ! お仕事もらえるだけ、ありがたいと思わなきゃ」


 そうですよねぇ、と母がマネージャーに同意を求める。


「ええ、お母さんの言うとおり。この業界、仕事があるだけマシです。嫌なら降りて頂いて結構ですよ。正直、あなたの替わりはいくらでも居るんですから」


「待って下さい! うちの子、今ちょっと反抗期なんです。ほら、あなたもマネージャーさんに謝って!」


 母親に握られた手を、私は勢いよく振り払った。


 娘が他人に『替わりはいくらでも居る』と言われているのに、反論するどころか同調するなんて。


 

「……ママは、私の気持ちなんか、どうでもいいんだね」


「何を言ってるの? ママは、あなたが一番大事よ」


「嘘つかなくていいよ。ママが大事なのは『女優』としての私でしょ? 他人に『うちの子すごいでしょう?』って自慢できる娘しか、愛せないんだよね?」


「そんなこと……」


「じゃあ聞くけどさ。この仕事やめても、私を愛してるって本気で言える?」


 


 母は中途半端に口を開けて、一瞬押し黙った。


 ほら、やっぱり即答出来ないじゃん。


 仮にも女優の母親なんだから、愛してるって、嘘くらい上手について欲しかった。

 

 私はカバンをひっつかむと、出口に向かって走る。

 

 この後もスケジュールが詰まっているけど、そんなの知ったことじゃない。


 だって、もうこの仕事は辞めるから。


 

「ちょっと、どこに行くの!」


 

 叫ぶ母親にかまわず、私は廊下を全力疾走した。


 追いかけてくるマネージャーをなんとか振り切ってタクシーに乗り込む。


 運転手に「とにかく出して下さい」と告げると、タクシーはすぐさま走り出した。


 バックミラーごしに運転手と目が合う。

 

 目的地はどちらでしょうか、と聞かれるかと思いきや、彼は何も言わなかった。


 きっと、ボロボロ涙を流す私に、気を遣ってくれたのだろう。


 私は涙声になりながら目的地を告げた。

 

 行き先は首都圏近郊にある祖父母の家だ。


 急に訪ねたらびっくりされるかもしれない。

 けれど、無性に二人に会いたかった。

 

 女優でも、母親のアクセサリーでもない、ただの『孫』として扱われたかったのだ。


 しかし、いかんせん時期が悪かった。

 今はまさにゴールデンウィークの連休初日。


 タクシーはすぐさま渋滞にはまり、動けなくなってしまった。祖父母の家に行くにも何時間かかるやら。


 私はバッグから使い慣れた変装グッズを取り出す。帽子を目深にかぶり、マスクと眼鏡をしてドライバーに声をかけた。


「すみません、ここで降ります。お釣りは要りません」


 運転手に悪いと思いつつ、多めにお金を置いて車を降りた。

 近くの駅から電車に乗って行こう。



 公共交通機関を使うのなんて、何年ぶりだろう……。


 メイクと服装がドラマ撮影用のままで少々目立っている気がする。どこかで服を調達して着替えなきゃ。


 スマホの地図アプリを開き、私は歩き出した。


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