第2話 なに、この茶番劇?

 何だろう、この馬鹿馬鹿しい茶番劇は。


 どっと疲れが押し寄せてくる。


 思い返せば、物心ついてから今まで、まともに休むことなく走り続けてきた。


 幼い頃から侯爵令嬢として厳しく躾けられ、毎日習い事に追われる日々。

 

 三年年前。十七歳の時にオスカーの婚約者に選ばれてからは、王族の一員となるべく、さらに自分自身に磨きをかけてきた。


 年相応に遊びたい欲求も、無邪気にふるまいたい気持ちも抑えて。

 

 そうして一生懸命がんばってきた結果が、これだ。


 

 私の人生なんだったんだろう……。


 

 目を閉じると、まぶたの裏にじんわり涙がにじむ。

 

 ズキン、ズキンと、頭が割れるように痛んだ。


 堪らず私はきびすを返し、舞踏ホールの出口を目指し歩き出す。


 すると様子をうかがっていた野次馬たちが、私の行く手を配慮してか、左右の壁際に寄った。


 まるでモーセの十戒に出てくる海割りシーンみたいに、人波の中に真っ直ぐな道が出来上がる。そこを足早に歩き去り、会場から廊下に出た。


 

 ……ん? モーセの十戒? って、何だっけ。


 

 ふと頭に浮かんだ意味不明な言葉。どこで聞いたのかしらと、私は思わず首をかしげた。


 その時、背後から「ビクトリア!お前なんてことを――!」という父の怒鳴り声が飛んできた。

 

 あぁ、顔を見なくても分かる。相当ご立腹だ。

 

 きっと、かなり叱責されるに違いない。


 私は何も悪いことをしていないのに。


 頑張ってるのに、どうして報われないんだろう。



 あぁ、こんな人生、いやだなぁ――。



 そう思った瞬間、ガンと殴られたように頭が激しく痛んだ。


 平衡感覚が狂い、立っていられずふらりと倒れ込む。


 

 走り寄ってくる父の姿を最後に、私は目を閉じた。



 まぶたの裏に、見たことない光景が走馬灯のように駆け巡る。


 

 川の水がせきを切ってあふれ出すように、記憶の波が頭の中に流れ込んでくる。



「これ……なに……?」

 

 

 呟きとほぼ同時に、私は徐々に意識が薄れていった。




◇◇ 


 

 照明器具の明かりが、眩しいくらいに私に降り注ぐ。

 

「カット! ハイ、OK!」


「お疲れ様です。麗華さんは、このシーンをもちましてクランクアップとなります! おつかれさまでしたー!」


 花束を手渡され、拍手で見送られながら楽屋へ戻る。


 ドラマ撮影の真っ最中ということで、スタジオ内は演者やスタッフなど、人でごった返していた。



 夢の中の私は、女優だった。

 

 デビューはたしか三歳の頃。

 キッズ用品のCMに起用されたのがきっかけだ。


 ステージママの母親に言われるがまま、私は芸能活動に人生のすべてを費やした。


 仕事を理由に学校は行かず、恋人はおろか友達も殆どいない。


 周りの子が当たり前に経験する恋や青春を、私は何も知らなかった。


 だからだろうか。ドラマで学生役を演じると、監督に『なんだか、嘘っぽいなぁ〜』と言われることが多くなった。


 SNSで自分の名前を検索すれば、スマホの画面に映るのは『演技下手』『オワコン』の文字ばかり。


 学生らしい自然な演技、瑞々しい青春の雰囲気をかもし出せない私に、事務所はプロデュースの方向性を決めかねていた。


 

 そんな時、事務所の社長がこう言った。


『この子って、外見的に清純派より【悪女】って感じだよね。美人だけど印象キツいし、可愛らしい雰囲気ないしさぁ』

 

 ハラスメント一歩手前の何気ない言葉に、私の担当マネージャーが「それだ!」とひらめく。


 

 程なくして、私の元には主人公の成功を邪魔する、いわゆる『悪役』のオファーが大量に舞い込むようになった。

 

 この路線変更がまさに大当たり。


 主人公をいじめ抜く、嫌われ悪女を演じたドラマが大ヒット。

 

 私は一躍『悪役女優』として有名になった。

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