【WEB版(書籍化)】婚約破棄された悪役令嬢の第二の人生~侯爵家を去ったら美形エリート騎士に溺愛されました~
葵井瑞貴
1章:それでは皆様、ご機嫌よう――!
第1話 婚約破棄する場所、考えて!
純白の壁に金箔で装飾された、贅沢かつ広々とした舞踏ホール。
煌びやかなシャンデリアの灯りが、真夜中の会場を昼間のように明るく照らしている。
優雅なワルツの調べに乗って踊る男女。
楽しげに談笑する貴族たち。
今まさに宮廷舞踏会が開かれているホールのど真ん中で、男が高らかに宣言した。
「ビクトリア・フェネリー侯爵令嬢。貴殿との婚約を破棄する!」
場内が一瞬にして静まり返った。
人々の視線が、宣言した第二王子オスカーと、それを突きつけられた私――ビクトリアに集まる。
突然、婚約破棄されたにもかかわらず、私はこの場にいる誰よりも冷静だった。
「かしこまりました」
淡々と了承する私に、偉そうに胸を張っていたオスカーが一瞬たじろぐ。
私が取り乱す姿を想像していたんだろうけど、おあいにく様。
オスカーの浮気には気付いていたし、こんな政略結婚に未練はないのよ。
国王陛下と父が決めた結婚に口出しできないから、今までずっと我慢していただけ。そっちから破棄してくれるのなら好都合。
とはいえ、『はい、そうですか』と物分かりよく引き下がるのも癪だわ。
「恐れ入りますが、理由をお伺しても宜しいでしょうか?」
「ハッ、理由? よくもまぁ白々しい。お前のような冷血な女性は、王室には相応しくないからだよ」
「冷血……?」
「まだしらを切り通すつもりか? いいだろう! これまで貴様がエリザにしてきた血も涙もない悪行の数々を、ここで明らかにしてやろうではないか!」
オスカーは先程までとは打って変わって、猫なで声で「おいで」と少女を手招いた。
腕の中に飛び込んできたのは、ふわふわの髪に大きな目が愛らしい女性――宮廷侍女のエリザだ。
侍女といっても、宮仕え出来るのは貴族の子女ばかり。
エリザも下級貴族家出身のご令嬢だ。
「オスカー様……」
エリザが不安そうな顔で上目遣いにオスカーを仰ぎ見る。
男の庇護欲をかりたてる絶妙な仕草。キツい印象を与えがちな悪女顔の私には出来ない芸当だ。
「ほら、エリザ。怖がることはない。今までビクトリアにされてきたことを、正直に話しなさい」
「はい……。私はずっと、ビクトリア様に虐められてきました。挨拶を無視されたり、『オスカー殿下に近付くな』と罵倒されたり。その上、宮廷侍女長に命じて、私を辞めさせようと……」
「あぁ、可哀想なエリザ。泣かないでおくれ」
「ありがとうございます、オスカー様」
涙を流すエリザに、そっとハンカチを差し出すオスカー。
寄り添う二人はまるで恋人同士のよう……というか、実際恋人なのだろう。
本人たちは私を断罪しているつもりだろうけど、実際は、自分たちの浮気を公衆の面前でアピールしているようなものだ。
「侍女をいびるような女性は、僕の未来の伴侶には相応しくないと判断した。これが理由だ」
婚約破棄に異存はないが、やってもいない罪で裁かれるのは勘弁願いたい。
私は正々堂々と胸を張って、自分の無実を主張した。
「私はエリザを虐めてなどおりません。彼女は、立場をわきまえず殿下を敬称なしで呼び、言葉遣いも不適切。さらに、私という婚約者がいると知りながら、殿下と親しくなろうとしていました。これらの行いを正すべく苦言を呈したまでのこと」
「ひどい……。まるで私が悪者みたいな言い方……」
声を震わせて、さめざめと泣くエリザ。
ひとの婚約者を取っておいて罪悪感の欠片もない様子に、若干いらっとする。
私、何でも泣いて済ませようとする人が一番嫌いなのよ。
なんて心の中で悪態をつくが、もちろん顔や声には出さない。こういう場合、取り乱した方が負けだ。
と分かっているものの、やはり怒りは込み上げてくるもので。
必死に感情を抑えつけているせいか、さっきからストレスで頭が酷く痛む。
……もういいわ。早く帰らせてくれないかしら。
「ビクトリア。君はいつもそうだ。冷めた顔で人を見下しながら、感情のこもらない言葉を並べ立て、自分の行いを正当化している」
エリザの肩を抱き寄せたオスカーが、キッと私を親の仇のように睨んだ。
「君には、人情や愛情ってものがないんだ。婚約してから三年、君は一度だって僕を愛してくれなかった。その点、エリザは素晴しい女性だ。僕のことを『第二王子』としてではなく、オスカーという一人の男として愛してくれる」
「オスカー様……」
「エリザ。ここに誓うよ。僕は君を一生愛する。たとえ僕が第二王子じゃなくなっても、ついてきてくれるかい?」
「はい、もちろんです!」
見つめ合い、抱き合うオスカーとエリザ。
成り行きを見守っていた人々が
『おいおい、これ、拍手するべきところか?』
と、困惑顔で互いに目配せする。
パチ……パチパチ……と、まばらに小さな拍手が起こり、やがて遠慮がちに祝福ムードが広がっていった。
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