第8話
それから二日後、私とアンネは第三皇子ウィレムの館に向かっていた。
目と鼻の距離だというのに、わざわざ馬車を使っての移動には辟易させられたけど、オリヴィエ曰く、王族というものは自分の足で外をみだりに歩いたりはしないらしい。
館の前の車止めで下りると、待っていた従者に連れられ、館の客間に通された。
テーブルセットにつくと、メイドが現れてお茶とクッキーを出してくれる。
ちなみにアンネは侍女用の控え室だ。
【――ユリア、くれぐれも失礼のない様に……】
「分かってる。私だって上流階級の獲物に近づく為に相応のマナー教育は受けてるんだから」
【……それは分かっているんだけど】
「オリヴィエこそ落ち着かないわね」
【だ、だって相手はウィレム様だもの……。『帝国の刃』『帝国の黒い狼』と呼ばれ、戦場では自らも多くの敵兵の鮮血を浴びたという方なの。不用意な発言で逆鱗に触れてしまったら……】
「仮にも妃候補よ。そんな馬鹿なことはしないでしょ」
【……でも今まで一度だってちゃんと話したことがないのに】
その時、扉が開かれ、長身痩躯の男が部屋に入ってくる
一番印象に残るのは、狼のように鋭い眼光。灰色がかった瞳は感情というものを一切悟らせない。
そして浅黒い肌に短い黒髪。
仕立てのいい服ごしにも、鍛えられた身体つきなのが分かった。
「下がれ」
「はっ」
従者は主人の命に従い、部屋を出ていく。
「今、誰かと話していたか?」
向かい会うように、ウィレムは椅子に席に着く。
「私、独り言のくせがあるから」
【ユリア、そんなぞんざいな口を聞いてはいけないわ!】
「そうか」
オリヴィエは慌てるが、ウィレムは気分を害した様子ではない。
というか、まったく興味関心がないみたいだ。
「……初めて会うわね、ウィレム様」
「そうだな。生活に不足はないか?」
「ないわ」
「今日、来てもらったのは先日の毒殺未遂に関してだ。マグマンはじめ、ルイーザとマリューは自白した」
「テオドラは?」
「自分は関係ないとわめきちらしているらしい。速やかに皇帝に報告したところ、俺に処分権限が与えられた。そこでオリヴィエ、お前の意見が聞きたい。あの三人の王女たちだが、どうしたい?」
「マグマンは?」
「あれはこの国の人間で、他にも余罪が出て来た。あいつはこちらで処分する。だが、王女たちのほうがより悪質だ。危うく殺されかけたお前の意見が聞きたい」
「この国の法では、あの三人はどうなるの?」
「外国の王族へ危害を加える罪は死刑だ」
「じゃあ――」
【死刑はダメ。処刑してしまえば、それぞれの国々の帝国への感情が悪化して、大きな戦争が再び起こってしまう可能性がある】
「……そうしたら、私の居場所が失われる」
「居場所?」
私が思わず漏らした言葉に、ウィレムは眉をひそめた。
「あら、ごめんなさい。つい考えごとをすると独り言が出てしまって……」
私は考えるように顎に手を添える。
【あの人たちを許すつもりは毛頭ない。でも、あの人たちのせいで、折角手に入れたこの誰にも煩わされない世界が壊れるのはもっと嫌】
「……死刑は望まないわ」
ウィレムの表情がかすかに変わる。
と言って、むすっとした無表情にさざ波が走る程度の、目を凝らしていなければ見逃してしまう、ささやかな変化。
「何故だ? お前を戯れで殺そうとした連中だ」
「処刑してしまえば、彼女たちを送り出した国の帝国への感情が悪化して、再び戦争が起こってしまう可能性がある。そんなことは望まない」
「ならば、どうする?」
【罪を明らかにした上での国外追放】
私はオリヴィエの提案を言葉にする。
「分かった。では皇帝にはそう伝える。わざわざ済まなかったな」
「待って。一ついい?」
【ユリア、何を言うつもり?】
うろたえるオリヴィエのことは今は無視。
「何だ?」
部屋を出ていこうとしていたウィレムは立ち止まる。
「どうして私たちに一度も会いに来ないの? 仮にも妃候補よ。ご機嫌伺いに一度は会いにくるべきじゃないの?」
「妃はいらないからだ。妃候補など皇帝が勝手に押しつけてきたにすぎん。他には?」
「もういいわ」
ウィレムは言うだけ言うと、さっさと部屋を出ていった。
入れ替わりに従者が現れ、私を館の出口まで案内する。
玄関では、一足先にアンネが待っていた。そして来た時と同じように馬車で帰る。
部屋に戻るなり、
【どうしてあんな事を聞いたの?】
オリヴィエは少し怒っていた。
「どうして怒るわけ? どうして一度も会いに来なかったのか、気にならないの?」
【そ、それは確かに気にはなるけど……。でも不用意な発言はしないで】
「分かった。今後は気を付けるようにするから」
私はベランダに出る。
今日もとても穏やかに晴れ渡っている。
明日以降も特別何かをしなければいけないという予定は入っていない。
こんなこと生まれて初めてだ。
まだ慣れないけど、何もしない時間を過ごすことにもいずれは慣れていくのだろうか。
【――ユリア】
「ん? 何?」
【これからもよろしく】
「こっちこそよろしく、オリヴィエ】
王女殿下は双つの顔を持つ 魚谷 @URYO
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