第6話
「ふぅ……不快な暑さ」
庭先の木陰にしつらえたテーブルセットで楽しむティータイム。
「本当にテオドラ様の言う通りですね。まだ六月だというのに……」
マリューは媚びるような笑みを浮かべ、扇であおぐ。
「ええ、マリュー様の仰る通り、今年の夏は去年よりもさらに暑くなりそう」
「――テオドラ様、ルイーザ様、遅れて申し訳ありません」
モタつきながら侍女と共に現れたのは、ルイーザ。
ようやく来たのね。これだから金だけの庶民は。
時間も満足に守れないなんて
「ルイーザ様、そのようにスカートの裾を乱して走るのはレディーとして相応しくないわよ」
「も、申し訳ございません、テオドラ様」
マリューがひっそりと笑う。
本来ならルイザーのような人間が、私と同席するなどありえない話。たかが商人の娘だ。
それが共和国だかなんだか知らないけれど、庶民だけで国を動かす国の元首の娘だとかで一緒の空間にいれられて、一緒の空気を吸わなければいけないのはただただ不快。
同じ妃候補だというのも、ありえない。
「いいのよ。突然のお誘いですもの。予定がおありだったんじゃない?」
「いいえ、まさか!」
「みんな、ありがとう。下がっていいわ」
侍女たちは深々と頭を垂れ、下がっていく。
私はカップをソーサーに置く。
「それで、処分はしたの?」
ルイーザは「え、ええ」と頷く。
「上出来ね。それにしてもあの吸血鬼、ハラハラさせてくれますよ。三日も意識不明になるなんて」
「まったく」
毒を盛ったのは戯れだ。
ルイーザの家から届けられた彼女宛の品物の中に、植物があった。美しい花を付けるそれは、根っこを煎じると毒物になるらしい。
主に使うのは狩猟の時。
そんな面白いものなら是非効果が見たいと思い、戯れに使ってみようと提案した。
マリューは動物では面白くない、人間で試してみようと悪ノリをした。
そして、あの吸血鬼に試しに盛ってみたのだ。
それだけのこと。
殺したいほど憎んでいるわけではない。
たまたまあの髪色が目に付いただけ。
「本当に。少し大目に盛っただけだというのに。危うく殺してしまったのかと思ったわ」
「でもそうなったらそうなったで、わたくしたちが吸血鬼を退治したとイーリアスの宮廷から褒美をもらってもいいほどですものねえ。それより、あのヤブ医者にあんな高価な宝飾品を渡して良かったのですか? もっとどうでもいいものでも、あの男は喜んで受け取ったのでは?」
「あの程度のもの、私の元にはいくらでもあるもの」
「さすがはテオドラ様!」
マリューは笑う。
あぁ、この下品さは一体どういうことなのだろう。
仮にも彼女もコンラード王国の王族に連なる一人だというのに。
国は違えど、同じ王族ということが信じられない。本当に鳥肌が立つくらい不快。
「あ、あの……」
そこへ私の侍女がしずしずと近づく。
「今、大切な話をしているのだけど」
「申し訳ございません。先生がお会いしたいとのことで……」
「先生?」
顔を上げれば、あのヤブ医者が少し離れたところで突っ立っていた。
一体何のようなのだろう。
「いいわ、通して」
「かしこまりました」
こちらに媚びを売るような卑屈な表情で、マグマンが近づいてくる。
あいかわらず馬鹿みたいに香水をつけている。
午後のティータイムも楽しむ余裕がなくなるほどの悪臭に辟易してしまう。
「先生、どうなさったんですか?」
「……オリヴィエ様ですが、大変なことに……」
その場の空気が凍り付く。
「……オリヴィエがどうしたの?」
「先程、オリヴィエ様付きの侍女に呼び出され診察したのですが……亡くなりました」
私たちは顔を見合わせる。
「原因は?」
「……おそらく、毒かと。ひとまず侍女には口止めを」
「て、テオドラ様……」
「まさか、そんな……」
マリューとルイーザは顔を青ざめさせ小刻みに震えている。
「とにかく行くわよ」
ついてこようとする侍女に控えているよう命じ、私たちは取る物もとりあえず、マグマンと共にオリヴィエの部屋へ急ぐ。
私たちを、顔を青くしたオリヴィエ付きの侍女とは名ばかりの田舎娘が出迎える。
しかしそんなものなど気にしている余裕などなく、私たちは寝室へ入る。
ベッドの上に、オリヴィエはいた。
まるで眠るように横たわっている。
扉が背後でゆっくりと閉められる。
ガチャという音に、マリューとルイーザの肩がぴくんと小さく跳ねた。
「……このことを知っているのは?」
「今は私と侍女だけです」
マグマンは呟くように言った。
「彼女を買収してすぐに口を塞いで」
「ですが……」
「何?」
「いつまでもこちらにはおいてはおけません……」
「……というか、先生、本当に亡くなっているのですか? 眠っているだけでは……?」
ルイーザは顔を青くし、小刻みに震え、ベッドの眠り姫に手を伸ばす。
「なりません、ルイーザ様」
「っ!」
それを厳しく、マグマンが咎める。
「下手に触れれば遺体の検分の際、何かが残ってしまう可能性が」
ルイ-ザは慌てて手を引っ込め、後ずさった。
「私たち、あぁ……そんな……本当に殺して……?」
ルイーザは口を手で覆い、腰が抜けてしまったみたいにうずくまる。
「私たち? あなたの持って来た植物でしょう」
「!! て、テオドラ様、それはあんまりです。あなたが試そうと仰せに……」
「私がいつそんなことを? どのような効果か知りたかっただけ。鳥でも何でも良かったのよ。それを人に試したのは……」
私とルイーザの視線は、マリューに集まる。
「わ、わたくしですか。やめてくださいっ。テオドラ様もノリ気だったではありませんかっ。楽しそうだって……」
私は硬い遺物のようになった唾を、苦労して飲み込んだ。
「……先生、遺体はどのように処理を?」
「おそらくですが、遺体は王国へ送り返されるでしょう」
マリューが安堵したように息を吐き出す。
「では、良かった。そのまま火葬に……」
「いいえ。王国はおそらくオリヴィエ様の遺体を解剖し、何故亡くなったかを明らかにしようとするでしょう」
「まさか。王族の亡骸を解剖なんて聞いたことがないわ」
私は自分の声とも思えず震える声を出してしまう。
「通常はありえません。しかし王国はこれを外交の道具に使おうとするかもしれません。自国の姫が不審死を遂げた……。その責任は帝国にあり、と。ですから通常しないこともするかもしれません。その際に毒の痕跡が発見されるかも……」
「……遺体をすり替えるしかないわね。先生、できますよね。見た目の似ている遺体を用意して……」
「わ、私……もうこれ以上は……!」
ルイーザは悲鳴じみた声を上げ、扉の前に立っていたマグマンを突き飛ばし、部屋から飛び出そうとするのを、私は慌てて腕を掴んで引き留めた。
「今さら逃げることはできないわよ!」
「触らないで! あなたの口車になんてのるんじゃなかった!」
「黙りなさい!」
冷静にと思っているのに声が大きくなり、上擦る。
動揺していることを信じたくなかった。
でも恐怖心のせいで感情をコントロールできない。
「私たちは一蓮托生! 先生も含め、全員でこの難局を乗り越えて……」
私は目顔でマリューに手伝うよう命じ、マリューもルイーザの腕を掴んだ。
「――そんな大声を出しては、外にまで響きますよ」
私たちが背を向けたベッドから声がした。
「ひ……っ!」
誰が漏らした悲鳴か。自分の声か、それともそれ以外か。
「うそうそうそ……!」
私たちの目の前で死体が動いた。
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