相談と商談の二分前

 からんからん、と玄関のベルが鳴った。


「私が出ます」


 王自らに客人を迎えさせるわけには行かない。立ち上がりかけたルシファルさんを諌めて、そちらへ向かう。龍の装飾が施された小洒落た扉を開けると、爽やかな笑顔の貴公子がいた。


「やあ友よ! 久しぶり! 君の親友、高貴なこ」


 とりあえず扉を閉めた。途端何も聞こえなくなったので、いい扉だけあって防音性に優れているんだなと感心する。開き直す。


「…………十文字家十代目継承候補、十文字光己です。魔王殿の小耳に入れたい話があって参上した次第です」


「お待ちしておりました、十文字様。お入りくださいませ」


「ありがとうございます……ってやっぱりコレ、気持ち悪い! 友なんだから固い言葉使わなくてもよくない!?」


「いやでも、商談の場だし。っていうかお互い立場があるし」


 ちらりと光己の背後を見遣る。ガタイのいい黒服さんたちが五人並んでいる。目に見えているのがその人数ってだけで、今この城には護衛の方々が無数にいるはずである。つまり下手なことが出来ないのだ。多分、軽いボディタッチでも怒られる。


「お互い大人になってしまったということか……悲しいね、友」


「まあ、そうだね。悲しみを胸にしてそろそろ本題に移ろうか」


 部屋の中に招き、来客用の大きなソファに座ってもらう。ルシファルがお茶を運んできたところで、「で、私たちの大事な時間を奪うに足るお話って何かしら?」と例の如く圧たっぷりの視線を飛ばした。それに物怖じすることもなく「あるの話です」と微笑む。


「魔王城から南東、数百キロのところに鉱山が存在していますよね」


「ああ、ベレスタ鉱山ね」


 ベレスタ鉱山は有数の採掘地であり、国のレアメタルの二割はここで掘られたものというレベルの規模の場所である。古い魔族の領土であり、漏れ出た膨大な魔力が固まったことで生まれた鉱石が多い。大して有名な場所ではないが、かといって別に秘匿されているわけでもない、普通の土地である。あの場所がどうしたというのだ、と聞いてみる。


「や、本題はあそこじゃない。でも関係はあるんだ。王よ、べレスタ鉱山が生まれた理由は知っていますよね?」


「知らないわ」


「魔族内の戦争で多くの魔力が漏れ、魔力の源たる血が流れ、石の核となる有機物が山のように積もったからです」


 魔力という流動的なエネルギーは、決まった形を取りたがる。人や魔族の体内にある時は、形の中にあるが故に純粋な力として機能する。だが魔法や魔道具などで使用して空気中に漏れた魔力は、新たなを求めて、植物などに取りついて魔法生物になったり、単体でモンスターになったり、有機物に取りついて魔石になったりする。つまりまあ、そういうことだ。


「同じ論理で、多数の鉱石を内包してるんじゃないかと目してる場所がある。けれどその立地がよくない、故にお二人の協力を仰ぎにきたのです」


「鉱石ねえ。どうしましょう、アナタ?」


「利益云々は置いといて、埋まったままなのは勿体ないから掘り出したいよな」


「うん、友ならそう言ってくれると思っていたよ! で、その場所なんだけど──」


 ベレスタ鉱山から、更に東に数十キロ。そこに、ある悪魔の食事場とがある。


「ロザーズ・キャッスル、そこに恐らく無数の魔石がある」


「ローザのお城ね、なるほど」


 四地王の中でもキワモノたる彼女との交渉、一筋縄ではいかないだろうと嘆息した。


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