拒否と対話の八分前
「はい、到着しましたわ」
例のごとく転移魔法でひとっ飛び、ロザーズ・キャッスルに到達である。眼前に広がるのは小さな城下町──だったものの残骸だ。石造りの街並みには無数の蔦が絡み、一部の家屋は最早瓦礫の塊。かつての栄華は見る影もなし、といった印象を受ける。
「私は詳しく知らないんだけど、ここって一体どうしてこうなったんだっけ?」
「内乱だよ、兵の抑圧と民の反発の結果、この街は終わったのさ」
「なるほど、それだけ聞くと割とよくある話だけど──」
「そう、それに一枚噛んだ悪魔がいた」
「悪魔じゃないわ、吸血鬼よ♡」
「そう、吸血鬼の──え?」
得意顔だった光己は、間抜けな声と阿呆面を晒した。その背後にはいつの間にか、妖艶な女が立っている。
胸元の大きく開いたボンテージスーツに身を包み、全身をほとんど露出したその格好は、吸血鬼というよりはほとんどサキュバスを連想させる。
鋭く尖った八重歯を覗かせ、淡いグラデーションの入った、ショッキングピンクのツインテールを揺らして笑う。
「おひさ、ルシファルちゃん♡」
「そうね、久しぶり──ローザ」
四地王の一角、ローザ・アルベルフォンは、魔王に向けてぱちりとウインクした。
*
「狭いところだけど、適当に座って〜?」
「ええ、ありがとう」
彼女に連れられてやってきたのは街のシンボルマーク、廃城の中心──玉座。といってもマクロニア城や魔王城のような、皆が思い描くような物からはかけ離れている。玉座の前には、宝石の散りばめられた豪勢なテーブルが置かれ、部屋自体が小さな女の子のソレのようにファンシーに飾り付けられている。玉座それ自体の存在と、壁にかけられた宗教的な絵画が、部屋のノイズとなり辛うじて原型の存在を主張している。モフモフのぬいぐるみとかピンクのカーテンとか、自分で集めたのだろうか。集めたのだろうなあ。
「ねえアンタ、今失礼なこと考えたでしょう?」
「いやいや、とんでもない! 最高にキュートな部屋じゃないか!!」
ローザからの疑いに、目を輝かせて答えたのは光己。そういえばこいつは意外とカワイイもの好きだった。その言葉を聞いて彼女は少し引き気味に、「そ、そう? 意外と見る目あるわね」と反応した。まあ、私への疑いが逸れたのならそれでいい。
「で、ルシファルちゃん? いい男二人侍らせて、一体何の用?♡」
「用があるのは私じゃなくてこの男よ、私たちはただの付き添い」
ねえ? と可愛く小首を傾げて、腕を絡められる。小さく頷くと、彼女は頬杖をついて、欠伸を一つしてから言った。
「ふうん、まあいいわ。話くらいは聞いてあげる♡」
「ありがとう! 実はこういう話があってだね────」
説明を終え、採掘させてほしい旨を伝える光己。ローザは特に悩む様子もなく、「別にいいんだけど──それ、アタシに何か得ある?」と品定めするようにこちらを窺う。
「君の領地を漁らせてもらうわけだから、相応の見返りは提供するよ! 何か欲しいものはあるかい?」
「私が欲しいものはねえ──もう全部ルシファルちゃんにもらったからいらないの」
「あら、何かあげたかしら?」
「私がもらったのは、平穏♡」
ローザが手を叩くと、壁も天井も霧散し、西日の差す城下町が一望できるようになる。
「戦いと人間関係に疲れたアタシに、落ち着ける場所と立場をくれた。だからアタシは、めっちゃルシファルちゃんに感謝してるの♡」
「その程度、あげたうちにも入りませんわ」
仲睦まじく笑いあう二人。ルシファルと女の四地王は、とてつもなく仲がいい傾向にある。男性陣とは真逆である。
「安心してほしい、防音魔法や光学迷彩を駆使して最大限静かに掘るよ」
「イヤよ。どうせわかっちゃうし、何より自分の体を這いまわられてるみたいで気持ち悪ーい♡」
「弱ったなあ、交渉決裂ってことかい?」
「残念ながらそういうことになっちゃうカナー?」
ふむ、と光己は少しだけ考え込むが、すぐに顔を上げて「わかった」と頷く。
「どうやら暖簾に腕押しみたいだ、俺からの交渉は諦めよう!」
「それがいいわ、お利口さん♡」
「ということで頼んだ、友よ!」
「えっ」
肩を叩かれる私。いくら頼まれたところで私にできることなんてない。そもそも、友人のよしみがあるとはいえ、光己の商談を手伝うメリットが──
(……いや、それはないこともないのか)
「お婿くん? 確かに貴方よりは話せる相手だけれど、アタシの意思は変わらないわよ? ま、奥さんに泣きつかれたりしたら、流石にちょっと困っちゃうけどね」
「我が友にそんな卑怯な真似はさせないさ、ただちょっとお話すればそれで済む」
「へえ、じゃあちょっとお話してみましょうか?♡」
ちろりと舌なめずりするローザと目が合った。獲物を見るような眼差しである。やれやれ、と嘆息する。
ローザはその実力よりも、権力者を手玉にとっての謀略の方で有名だった魔族である。人魔老若男女関係なくその懐に潜り込み、一度目をつけられれば骨抜きにされ、搾り尽くされ捨てられるとかなんとか。さて、そんな人と話すことがあるのかどうか。
「大丈夫? 緊張してない?♡」
「ああいえ、別に大丈夫です。お気になさらず」
「そんなこといって、ほら……ここはこんなに硬くなってる♡」
肩を触られ、ぐにぐにと慣れた手つきで揉みほぐされる。やけに密着しているが多分マッサージである。どうも、と会釈して離れる。
「つれない反応ね、お姉さん寂しくなっちゃう♡」
お姉さん……? と少しだけ首を傾げかけたが、視線が突き刺さってきたのでやめておく。
「お婿くん、何か趣味とかはあるの?」
露骨に世間話チックな質問だった。色仕掛けによる籠絡が通じないと察されたからだろうか、それとももう私と話すのに飽きたのだろうか。
「そうですね……お茶を入れることですかね、あと読書かな?」
「読書、いいわね」
帰ってきた一言は、なんだか無駄に作っていないというか、飾り気のない色を帯びて見えた。
「ローザさんも、本を読まれたりするんですか?」
「そこそこよ。最近だと『よくわかる転生入門』『マントルよりも深い愛』『黎明』なんかを読んだわね☆」
「どれも最近話題の作品じゃないですか! ファンタジーに恋愛、文学まで網羅するとは、結構色々読まれるんですね?」
「流行に敏感なだけよ。あ、丁度いいからお茶いれてもらってもいいかしら♡」
「ええ、じゃあお借りしますね」
玉座の一角にはキッチンが併設されている。このワンルームで完結する生活構造になっているのは、中々便利だと思った。お湯を沸かして、ぬいぐるみを愛でる二人にお茶を渡す。
「ローザ、あとでこの子持って帰ってもいいかしら?」
「いくらルシファルちゃんの頼みでも、うちの子は渡せないわ♡」
「むう」
頬を膨らませたルシファルは、クマのぬいぐるみをギューッと抱きしめた。
「おまたせしました、どうぞ」
「ありがと♡」
砂糖を入れて一口飲む。うん、文句なしの美味さ。間違いなく茶葉がいい。
「お口に合った? 紅茶好きだから、結構こだわってるの♡」
「いいですね、とても香り高くて好きです」
「紅茶好きとは気が合いそうだね! 俺も、作業の友によく嗜むものさ! ローザ氏もそうなのかい?」
「──ええ、まあ」
微妙に間があった。何か気に食わないことでもあったのだろうか?
ローザはすぐに様子を戻して、「どうでもいいけど」と続ける。
「いくらお話しても、私の答えは変わらないわよ? お婿くんにも説得の気はないみたいだし☆」
「いやいや、そんなことはないさ。友の話は有意義なものだったし、これからが本番だからね」
意味深な反応に私は首を傾げる。「それはどういう──」と聞く間に、光己はファンシーな玉座の片隅、ぬいぐるみの山の中の、不自然に体だけ突き出たウサギを引っこ抜く。すると部屋の中は大きく振動し始めた。
「え、ちょ、アンタ何やってんのよっ!」
飄々とした態度から一変、ローザが焦った様子で光己に詰め寄る。光己は笑って「いやあ、俺は《目》──と顔と声と頭と性格がよくてね。こういうことが分かっちゃうのさ」
と、無駄に冗長で不快な、答えになってない答えを返した。光己の瞳、通称
「さあ御開ちょグフッ!!」
「返しなさいよ!!」
とはいえ本人の能力自体は至って普通なので、いざ戦闘となれば何の役にも立たない。脇腹を殴られ、ウサギをひったくられる光己。慌てて元の場所に戻そうとするローザだが、その腕の中にあるのは、いつの間にかクマのぬいぐるみに変わっていた。
「ハアッ!?」
「ごめんなさいねローザ、この子がかわいかったのが悪いの」
ちろりと舌を出すルシファル。胸元からウサギの耳が飛び出ている。呆気にとられる間に部屋の振動は終わっていて、二つに割れた絵画の後ろに隠し部屋が開かれていた。その先にあったのは──
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