変化を感じる一分前
「大変だった……」
「まったくですわ」
誰のせいだ、という言葉を飲み込んで、籠を抱えて歩くルシファルさんを見遣る。中身は先程の魚たちである。私の反対も水族館員の制止も押し切り、彼女はこの魚たちを晩餐に出すことに決めたらしい。根本的にこの子達は水族館の展示物であるわけだし、観賞用であって食用ではないのだから食べても不味いに決まっているし、実際制止する職員さんも「この子達は骨が多めで身が少ないですし、味も上等とは……」って困り顔で制止していた。しかし私たちの必死の反対も押し切り、ルシファルさんはポケットマネーでこの魚たちをお買い上げしたのだ。
不幸中の幸いと言うべきか、この子たちは魔界出身の種であるため、供給は容易である。帰ったら同じ種を早急にお渡しすることを約束し、職員さんに三回くらい謝罪して、お持ち帰りが決定した。
「さて、それじゃ少し急ぎましょうか。モタモタしてると、晩御飯にするのに間に合わないかもしれないものね?」
「えっ」
食べる気か。マジで食べる気なのか。アレだけ忠告されたし、私も警告したのに。下手するとお腹壊すレベルですよ、と。
「ふふふ、そこは一工夫よ。例えばこの骨ぎすの魚、これなんか出汁に使えると思わない?」
「最近は多少、料理についての学もついてきたから知っているわよ。肋骨である鶏ガラからはいい出汁が取れるし、大体の魚からはいい出汁が取れるのだから、骨だけの魚なんて極上の出汁が出るに違いないわ。まとめて煮込めば美味しく頂けそうよね♪」
これには骨魚だけでなく
「ルシファルさん、ダメですよ。ダメダメですよ」
「あら、傷つきますわ。何がダメなのかしら?」
「魚を煮込むなら長時間、じっくりコトコト煮込まなきゃ。今日の夜ご飯になんてしたら仕込みが中途半端になるし、彼らの苦しみも微々たるものになりますよ? それでいいんですか?」
何よりあんなものを調理して客人に振る舞わさせられるシェフが気の毒である。私の言葉にルシファルはハッ、とした表情を浮かべ、「流石あなた……! そうね、その方が大変素晴らしいと思います! よかったわね、畜生共は明日、私がしっかり煮込んであげるわ」と、瞳をキラキラ輝かせながら言った。やれやれ、恐怖の晩餐は過ぎ去ったようだ。私の言葉の後、観念したのか魚たちは静かになった。
「それにしても、あなたも随分いいことを言うようになったわね。ザラキアが見ても、『魔王の婿に相応しくなってきたな』って言うんじゃないかしら」
「……そうですかね」
微妙な表情、微妙な気持ち。一度表に出してしまったそれは引っ込められず、隠すことも誤魔化すこともできなかったが、ルシファルさんはそれに反応することなく「やっと着いたわね」と一言。どこに着いたかと言えば、例の車を停めてあるデッドスペースだ。流石に魚を持ってパーティに赴く訳にはいかないので、車内に放置していこうという訳である。
「……あ」
「あら、どうしたの?」
「えっと私、鍵持ってなかったなって」
鍵は運転手であるグレラくんが持っている。これでは車内に魚を放置することが出来ない。
「荷物を運び込む程度であれば、鍵を開ける必要はありませんわ」
ルシファルさんが空に「えいっ」と手を掲げると、空間が手を中心に歪み、穴のような亀裂が生まれた。そこに魚籠が吸い込まれる。よく見るとそれは車内の後部座席にも発生しており、そこから魚籠が現れた。高位魔法たる空間魔法の贅沢な無駄遣いである。
「これで問題ないわね、パーティーに向かいましょうか♪」
「そうですね」
空いた手を取り、ゆっくり歩き始める。間違いなく目立つだろうなぁ、目立ちたくないなぁ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます