思い返すのは数年前



「相変わらず騒々しい人だったわね」


「そうですね」


 夜。ザラキアは帰ったので、三人で騒いだ後片付けを二人で行う。久々にこの部屋が賑やかになったし、いい時間だったと思う。散らばったトランプをまとめて箱に閉まっていると、ルシファルがため息を吐きながら言う。


「ごめんなさいね、いい加減私じゃなくて、私の夫である貴方の方を敬うようにと言い聞かせてはいるのだけれど……ザラキアも、聞き分けが悪くて困りますわ」


「別にいいですよ。誰を敬うかなんてその人の自由ですし、私より、ルシファルさんが尊敬されてる方が、私も嬉しいです」


 夫として、誇らしいですよ――と伝えると、ルシファルさんは「まったく、謙虚なんだから」といって、嬉しそうに頬を赤らめた。


「しかも尊敬してくれてるのが、あれだけ立派な部下とくれば尚更です」


「そんなに立派かしら?」


「ええ」


 ザラキア=ラーズヘルト――魔族の中でも有数の公爵の家に生まれ、裕福でありながらも、立派な公主となるべく厳しく育てられ、若くして知らぬ者のいない有名魔族となる。領主としても優秀で臣民の期待も厚く、将来を嘱望されていたが、ある一つの戦いで彼の未来は潰えることになる。


「私からするとそこら辺の負け犬、って程度の印象しかなかったのだけれど……貴方が言うならきっと立派なのね」


「ルシファルさん、他人にビックリするほど関心ないですよね……」


「有象無象なんて気にする必要ないもの」


 まあ前に比べれば見どころも増えたわね――と、満更でもなさそうにルシファルは呟く。


 ――領主になって一年ほどして、彼は新興魔族に戦を挑まれる。魔族同士の戦は領主の命を懸けた真剣勝負だ。敗者は勝者に絶対服従、大抵の場合見せしめに処刑されるらしい。まだ若いとはいえ、名家であるラーズヘルトの当主、ザラキアに挑むなんて命知らずもいいところだ、と民衆や、当のザラキアさえも、新興魔族の無謀さに呆れていたらしい。


 ――無論、そんな魔族たちの予想は覆されることとなる。ラーズヘルト家――いや、ザラキアは惨敗したのだ。


「ルシファルさんがザラキアさんに勝った時って、ルシファルさん達の軍って何人ぐらいいたんでしたっけ?」


「ええと……百人とかそのくらいだったかしら? 既にジンもローザもルーティもいたけれど」


「その三人がいる時点でザラキアさんに勝ち目ないですよね」


 仮にラーズヘルト家に五万の軍勢があろうが、彼女達がいる時点で万に一つも白星はありえない。雑兵を容赦なく蹂躙し、苦もなく歩を進めるのが魔王とその軍勢なのだから。


「で、ルシファルさんは百人の軍勢と共にザラキアさんたちをボッコボコにして、おぼっちゃまだったザラキアさんのプライドをズタズタにしたんですよね」


「あまり覚えてないけれど、どうでもいいくらいに弱くて眠かったことだけ記憶していますわ。あ、確か戦ってる最中に欠伸しちゃって、ザラキアが『神聖な戦いの中であろうことか欠伸をするなど……ッ! 貴様、私を愚弄しているのかッ!!』ってキャンキャン吠えるから、愚弄する必要がないほどどうでもいい、って教えてあげた覚えがあるわ」


「ほうほう。すごくザラキアさんっぽい」


「それを伝えたら怒って短絡的に攻めてくるものだから、返り討ちにして適当に遊んであげてたのよ。そうしたらそのうちにジンたちが彼の領土の制圧を終えてて、私たちの勝ちが決まったのでザラキアにも教えてあげたの。そうしたら」


「お呼びですか、我が魔王ッ!!」


 ドタバタバッタン、と扉の開く音と、聞き慣れた大きな声が聞こえてきた。見るまでもなくザラキアだ。


「呼んでないわ。土に帰ってくれる? 貴方ごときに私と夫のプレシャスでプライベートな時間を奪う価値はないのだけれど」


「申し訳ありません、魔王! しかし、ここに一つ忘れ物をしてしまったもので……」


「もしかして、変な人形がついてた鍵のこと?」


「そう、それです! 魔王様のストラップがついたその鍵です! して、どこにございますでしょうか?」


「旦那様の物じゃないってことを確かめた後に捨てたわ。今頃ダストシュートじゃないかしら?」


「わかりました、拾って参ります! 貴重な時間を拝借して申し訳ございませんでしたッ!!」


 あの不細工なデフォルメ人形ルシファルさんだったのか。その事実に衝撃を受けつつ、走り出した背中を見送る。鍵を捨てられたというのに怒り一つ口にしないとは、大した人である。信者という言葉が悲しいほど似合う。


「話の続き、聞いてもいいですか?」


「貴方が望むのならいくらでも♪ ええと、どこまで話したのかしら」


「ザラキアさんに敗北を教えてあげる辺りです」


「あー、その辺りね」


「見つかりました魔王様ァァァ!」


 またまた慌ただしい音とともに、ザラキアが帰還した。見つけるまでが早い。ルシファルの表情があからさまに曇る。


「ザラキア。死にたくなければ私の夫に、貴方が下僕になった時の話をして差し上げて」


「貴方に殺されるなら本望ではございますが、この男にあの時の素晴らしい話を自慢してやるため、話させて頂きましょう」


 オホン、と小さく咳払いしてザラキアは話し始めた。


「魔王の熾烈なる攻撃の前に私は膝をつき、丁度魔力も底をついた。聞けば、我が民達も敗北を喫したとのこと。我は胸底から滲み出る絶望感とともに、言葉を漏らしたのだった……『くっ、殺せ……ッ!』と」


 何処ぞの女騎士か、と思うほどに見事な死の懇願だった。少し面白くなってしまって、必死に笑いを堪える。


「で、殺されたんですか?」


「違うわッ! 殺されてたら今ここにおらんだろッ!! 慈悲深き魔王様は私を見て、『貴様如きの命など奪う価値もない。どうでもいい。ただまあ、おめおめと生き延びるのなら、私の役に立ってもらおうか』と凄みのある声で仰られたのだ。そのなんと慈悲深いことか……ッ! 惨たらしい死を覚悟していた私は魔王様の心遣いに感激、感謝した。今までの私はその時死んだのだ。そしてそこからの私の人生は、魔王様に尽くすためのものに生まれ変わったのだ……ッ!」


「私に尽くすなら夫にも尽くしてほしいのだけれど」


「いや、私なんかに尽くす必要はまったくないので、今まで通りルシファルさんだけに尽くしていただければ結構ですよ」


「言われるまでもなくそのつもりだァァァ!!」


 む、とした様子のルシファルさんが、ザラキアさんを昼間の如く串刺しにし始めた。折角生き延びた命なのだから、自分の好きなように使えばいいのになと思う。まあ彼女のために使うのが好きなら別にいいのだが、殺されかけた相手のために使うなんて相当クレイジーだよな、と現在進行形で殺されかけてる彼を見ながら、ワインを口にするのだった。

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