絶叫の聞こえる五秒前





「そういえば、残りのお二人はどうされたんですか?」


「……ハア…………」


 私がそう聞くと、ザラキアさんは深い溜息を吐いた。


「アイツらは許せん、絶対に許せん」


「な、何があったんですか」


「ローザは『えー、今日はダメよ☆ ルシファルちゃんに顔向けできるような、いいコーディネートが出来ないもん♡』だとか何とか抜かして、謁見の約束を反故にしたのだ……ッ!」


「あー、なるほど……」


 拳をプルプル震わせながら、強く握り締めるザラキアさんを見て、四地王ってメンバーの中で真面目なのはこの人だけなんだよなと思い出す。大変苦労人である。


「……聞くまでもなさそうですけど、ジンは?」


「『まだその時じゃないさ』とか意味の分からないことを言っていた。なら何故提案した時頷いた……ッ!!」


「本当にその通りですね」


「あの子達らしいわね」


 ふっ、と慈母のような微笑を引っ提げて、ルシファルさんは机上に皿を置き始めた。


「お待たせしましたわ、お昼ご飯ですよ」


「おお……ッ! これが……ッ!!」


 見てるこっちがびっくりするほど目を見開くザラキアさん。その目は昼ごはんを見据えている。そしてその表情のまま固まっている。

 まず三つのコップに入った麦茶。そしてその隣にも、麦茶のような色をした液体。そしてドン、と大きな器からはみ出すほど盛られた、白く細長い麺の集合体。つまりは冷麦の山。「ザラキア、結構大食いだったのを思い出したから、奮発して茹で過ぎちゃったわ」とルシファルさんは言った。


「ま、魔王……これが本日の昼食でごさいますか?」


「ええ、そうだけれど……ザラキア、冷麦は嫌いだったかしら?」


「い、いえッ!!!!! 滅相もございません、好物にございます!!!!」


 大方彼女の手料理が食べられると期待していたのだろうが、どっこい残念、ここ最近の昼食はずーっとこれである。私が夏バテ気味で普通の料理を食べられないのが原因なので、ザラキアさんには少し申し訳ないことをしたかなーと思いながら、内心でちょっと笑った。表情には出さない。


「そう、ならどんどん食べてね?」


「いただきます!! うむ、魔王様が茹でてくれたという現実だけでいくらでも喰える!!!」


「そのまま食べるんですね……つゆに浸けた方が美味しいですよ?」


「貴様に言われなくともわかっている! 最初は素材の味を楽しみたかっただけだ!!」


 器から直接、冷麦をバクバクすごい勢いで食べているザラキアさんにそう助言すると、彼は大量の冷や麦を薄茶色の液体につけ、ズルズルと一気にかきこんだ。と同時に噎せた。そっちはお茶である。


「ゴホ、ゴホ、ガハァー! む、婿貴様!!!! さては謀ったな!!????」


「いや、まさか引っかかるとは思ってなかったですし……」


「うふふふふふふふふふふふふふふふふ」


「ま、魔王様!?」


 ルシファルさんはそんなザラキアさんの様子を見て、楽しそうに笑い始めた。目は少しも笑っていない。


「ザラキア、よくも私が貴様如きのために直々に用意した昼食を台無しにしてくれたな……?」


「い、いえっ!!! 滅相もございません、大変美味しゅう冷麦でございガフォアっ!??!?」


「ずずずずず」


 食物が喉を通らなくなる前に、急いで冷麦をかき込む。やはり夏の昼食はこれに限るな、と断末魔をバックに思った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る