喧騒へ向かう三十分前



「街へ行きましょう」


「突然ですね」


 朝。いつものようにティータイムを楽しんでいると、ルシファルさんはそう提案してきた。


「珍しいですね、ルシファルさんがそんなこと言うなんて」


 珍しいのは態度だけでなく、服装もである。昨日までのような裸エプロンではなく、胸元に赤い宝石のついた、高価そうな紫色のドレスに身を包んでいる。何かあるとしか思えない。


「あら、デートに際して御粧しするのは、女として当然じゃないかしら?」


「そう言われるとそうですけど、それって公務向けにジンが用意してた衣装ですよね。明らかに仕事ですよね」


「やっぱりバレちゃうわよね」


 舌をちろりと出して、悪びれる様子も見せずルシファルは微笑んだ。


「この前の式典に出席しなかったのをジンに咎められちゃってね。丁度人国の王が晩餐会を開くから、そこに顔を出してくるようにと怒られちゃったのよ」


「ふむふむ。で、そこに行くとルシファルさんは何が貰えるんですか?」


「そうねえ……美味しいご飯と夫とのデートと、それから人魔間の平和かしら?」


「前半二つは置いておいて、最後のは明らかに外行きの理由ですよね。ジンが入れ知恵した」


「……むー、なんでもお見通しね」


「貴女が読みやすいだけですよ」


 貴方に隠し事はできないわねと言って、ルシファルは珈琲のおかわりを注いだ。読心の魔術なんてものを使ってくる人には言われたくない。


「それで、ジンには何を?」


「ふっふふー、これよ♪」


 胸の中から、数枚の紙切れが取り出された。「一体これは?」と私。「素敵なチケットよ」とルシファル。


「えーっと……『マクロニア水族館一日見放題ペアチケット』『国立動物園一日ふれあい放題ペアチケット』『ユメノオカ展望台プラネタリウムペアチケット』……うん、なるほど」


「こういうところに一緒にお出かけしたことなかったから、してみたいなーと思ったのだけれど……嫌、だったかしら?」


「いやいや」


 照れ隠しに珈琲を口に運びながら、嬉しいですよ、と答える。


「それならよかったわ。今日は時間がないから水族館だけ行って、残りもいつか絶対行きましょうね!」


「そうですね」


 あのチケットってそんなに高くないはずだし、ジンから貰わなくともルシファルさんのポケットマネーなら余裕で買えるはずなのだが……まあ、彼女には言わないでおこう。その辺、ジンはを心得ているなと感心する。


「ふう。ご馳走様でした。珈琲も飲み終わったことですし、私も急いで準備してきますね」


「時間はたっぷりあるから、のんびりで大丈夫よ♪」


「はーい」


 思えば街へ行くのも随分久しぶりである。久々に、少しオシャレしていこうか。そんなことを考えながら服を選び始めた。

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