花の奥
くもまつあめ
ハナの間の新メ
長い冬が終わり、暖かくなってくるこの季節。
多くの植物が芽吹き、花を咲かせる。
いい季節だとみなが喜び、庭園や公園に足を運び、プランターや地植えの花々に顔をほころばせる。
赤、白、黄色、桃色、紫・・・・
美しい様々な形の花たちは、それぞれの表現方法で自分が一番だと言わんばかりに咲いている。
花を長持ちさせるために水をやり、肥料を与え、この美しさがいつまでも続くように人々は手をかけ、目をかける。
「本当にきれいですね」
「見に来てよかった」
「こんなにキレイに咲いてくれて嬉しい」
花が咲いてくれて本当によかったと人々が褒め、喜び、春というこの季節を楽しんでいる。
・・・花が咲いて嬉しい?
キレイ?
とんでもない!
花なんて見たくもないし、笑われるかもしれないが近づくことすらできない。
タンポポや、ビンボー草の類ですら恐怖でしかない。
みんな花がどれだけ不気味で恐ろしいのかわかっていない。
いや、わかろうともしていないのだ。
私はこの春という季節が大嫌いだ。
みなどうして気づかないのだろう。
なぜ見ようとしないのだろう。
気付いていて、それも含めてあぁやって喜んでいるのだろうか?
思い出すのも嫌になるが・・・
私がこんなに春・・・いや花が嫌いになったのは2年ほど前。
あの頃は、私も周りと同じように花に心を奪われ、心の底から花を美しいと思っていた。
その日も、朝の散歩の時に隣の家の壁に掛けられたプランターに目を奪われた。
(今年は紫か・・・・)そう心で呟いて目を細める。
思わず立ち止まり、美しい紫のサフィニアに顔を近づけた瞬間・・・
ヒッ・・
思わず悲鳴に近い声を上げそうになり、口を手でふさぐ。
後ずさりして躊躇した後、目の錯覚かと思いサフィニアのプランターにもう一度顔をゆっくりと近づける。
(ウワ・・・ッ)
また声を上げそうなるのをぐっとこらえる。
そこには・・・
プランタ―に咲いている、サフィニアの花の奥。
よく目をこらさないとわからないが、花の奥に小さな子どもの手のようなものがある。
しかも両手で何かを包むような形で、不規則に指を動かしている。
(なんだこれは・・・・)
あまりに信じられない光景に、思考が止まる。
はっと我に返ると、目の錯覚でないことを確認するため、他の花も覗いて見る。
他の花はほとんどが普通の花で(普通の花・・・という表現はおかしいのだが)両手が入ってる花は見つけられなかった。
(そんなバカなことがあるわけないよな・・・・)
花をジロジロ見ていると、隣の家の奥さんがゴミを出しに玄関から出て来た。
「あら!おはようございます!うちの花、見て下さってたんですか?
今年はどうしようかと思ったんですけど、やっぱり無いのは寂しくて・・・。」
「あ・・・あぁ。えぇ・・・とても・・・キレイですね。」
「ありがとうございます~。今年も綺麗に咲いてくれて嬉しいです~。」
正直、花の中が気になって花がキレイに咲いて・・・なんてことは頭からすっぽり抜けてしまったが、
『花から手が生えている種類なんてあるんですか』
なんて聞けず、適当に挨拶をしてその場を後にした。
それから片っ端から、咲いてる花の中を覗いてみた。
花の中には、両手が入っているもの、入っていないものバラバラだった。
花の奥にこどもの両手が入っているのはタンポポだろうが、ドクダミだろうが、花のクモの足が絡まっているのかとも思った。
でも、どう見てもこどもの両手だった。
ぎゅっと握っているもの、片手を握って片手をパラパラと動かしているもの、
どれも不気味で恐ろしかった。
だけども、こんなことがあるのかと確かめずにはいられなかった。
あまりの出来事に不安と興奮を覚えながら、花を巡り眺め帰宅するとどっと疲れて座り込んでしまった。
本当にこんなことがあるのか?
みんな気が付かないものなのか?
図鑑を調べても、ネットで調べても花の奥に両手が入ってるなんてことは書いていない。
あまりに不気味で、自分がおかしくなってしまったと思われても嫌なので、このことは考えず、花も見ないようにした。
・・・数日後。
花の奥のことを忘れよう、夢だったんだと控えていた散歩を再開しようと思い立ち、散歩を再開することにした。
花の盛りはあっという間で、数日見ないだけで花は落ち、新芽が顔だす様子が見られた。
若々しい空気を胸いっぱいに吸い込んで、意気揚々と歩こうと足を踏み出す。
すぐまたお隣のプランターの前を通りかかった時、あのサフィニアが目に入った。
満開だったサフィニアは時期を過ぎ、萎れている花もチラホラあった。
・・・あの日の事を思い出し、なんとなく不安と好奇心に駆られる。
やめておこうと思うが、恐る恐る両手が入っていた花の辺りをかき分けて覗いてみる。
何個目かの花を覗いてみると、萎れかけた花の中に小さな両手が見えた。
(・・・やっぱりあった・・・)
ドキっとする感覚があったが、萎れた花を指で開いて目をこらしてよく見てみる。
小さな両手はぎゅっとお互いを握ってこの間のような不規則な動きはしていなかった。
花の奥の両手に触れてみるべく、指で突いてみようと思った瞬間・・・・。
両手がゆっくりと指を開く。
「ギャッ!!!」
私は今度は思い切り悲鳴を上げることになった。
開いた小さな両手の爪の部分にびっしりと目がついていて、私のことをジロリと睨みつけてきたのだ。
転がるように走って逃げて汗だくになって家に帰り、その後どう過ごしたか覚えていない。
以降花を楽しむことはない。
この時期、花を楽しむ人はよく見てみるといい。
花を、その奥を・・・新芽をその新芽の中を・・・よく、よーく・・・。
花の奥 くもまつあめ @amef13
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