第7話 不満と不安
遠くで呼んでいる声が聞こえる。
「谷津田様、谷津田様」
貴美子叔母さんと俊哉さんが立ったので、僕も続いて立った。声が聞こえた受付の方を見ると、さっきまではいなかった看護服姿の女性が座っているではないか。
僕らが立ったのを見ると、彼女は受付から出る。安物のつっかけのゴム底が擦れる音を響かせながらやってきた。
「こちらへどうぞ」
奥へと先導して行く姿を見るに、受付は既に済まされているようだ。僕が考えに浸っている間にだろう。
看護師は『診察室』と、プレートがぶら下がっている部屋の前で立ち止まる。
「中へどうぞ」
僕らが部屋へ入るのを見届けると、最後に部屋へ入り扉を閉めた。そこまで大きな部屋ではないので、看護師が僕らの後ろに立つことになる。それが、まるで出口を塞いでいるように感じられて、妙な胸騒ぎがした。
「君が譲くんだね」
奥に座っていた白衣姿の40代と思わしき男が気さくに話し掛けてくる。
「私は精神保健指定医の西野です。西野先生とでも気軽に呼んでくれればいいよ」
「精神保健指定医?」
聞きなれない言葉に譲はオウム返ししてしまう。それについて西野先生は詳しく説明をしてくれたが、難し過ぎて殆ど理解できなかった。
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本当に理解出来ない。
エルフという種族が。
「僕は魔法使いをお願いした筈ですよね」
ここは北の森の奥に位置するエルフ族の街にある、人材紹介所だ。種族柄か大木の上のツリーハウスとなっている。
ここから更に進んだ真鉱石の採掘場へ行くには、現状の3人では厳しそうだった。よって、エルフの魔法使いを雇うことにしたのだが。
「『能無し』の職業は、間違いなく魔法使いだ」
職員が冷たい声で言いながら差し出す紹介カードには、確かに『職業=魔法使い』と書かれている。
「た、確か、この紹介カードは、エルフの特殊な魔法で作られていて、嘘は反映されない筈です」
ビルトゥスが、恐る恐るといった感じで教えてくれた。
「わかったら、さっさと行ってくれないか」
邪魔だと言外に含んでいる。
「でも、彼女は魔法が使えないと、言っているではないですか」
僕の言葉を聞いてt、エルフの少女は身を縮めてしまう。
「まあ、『能無し』だからな。お前は最初に魔法の使える魔法使いとは言ってないし、そもそも人族ごときと共に旅に出てもいいなんて馬鹿な奴は『能無し』ぐらいしかいなんじゃないか」
職員は帰れとジェスチャーで示す。それに合わせるように、ギャラリーが笑い声を上げる。少女は涙目で俯いてしまっている。
「もう、いい! 失礼する」
これ以上は、少女を傷付けるだけだ。
高い金を出して紹介依頼を出したのに、こんな扱いをするなんて。エルフのことが嫌いになりそうだ。
「まいどあり~」
嘲笑の職員に殴りかかりたい気持ちを抑えて、紹介所を後にする。とにかく、ムカつく。
そんな僕の態度が余計に、『能無し』と呼ばれている少女を怖がらせたようだ。
「あの、すみません」
長い耳がしゅんと垂れてしまっている。彼女は、ウールド=アリマスス。エルフ族の少女だ。元来エルフ族は魔法との親和性が高く、魔法使い以外であっても簡易な魔法であれば使える者が殆どだ。
それなのに、魔法使いでありながら一つも魔法を使えないアリマススは、同族から『能無し』と呼ばれて蔑まれているらしい。
「いえ。受けて頂いて、ありがとうございます」
イラついていても、アリマススを傷付けるだけになってしまう。気持ちを切り替えて、とびっきりの笑顔を向ける。
別に魔法が絶対に必要なわけでもない。ただ、3人ではちょっと厳しくなりそうなので4人目を欲したのだから。
傲慢なエルフを無理矢理仲間にしても上手くいかないのは、あの職員を見ていればわかる。だったら、行くと言ってくれているアリマススを大切にした方がいい。
「これから、よろしくね」
「はい、よろしくお願いします」
アリマススが困ったような笑顔になる。それを見て、心から笑えるようにしてあげたいと思った。
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