第42話
テーブルを拭いているとcloseにしていたはずのドアがガラガラとベルを鳴らして開いた。
玄関と同じ入り口のため、鍵を閉めることは無かった。
マンチカンのお店は現在休憩中だった。
「すいません、今、休憩中なんですが…。あれ? もしかして、さとしくんと紗栄ちゃん? 久しぶりじゃない? 元気にしてたの?」
ぞろぞろと2人は中に入ると、優子は温かく迎え入れてくれた。奥の部屋に喜治もいた。
「なんだ、なんだ。結婚式以来、全然顔見せないで、仕事忙しかったのか?」
さとしは申し訳なさそうにはにかんだ。
「おかげさまで、仕事で忙しくしていましたよ。俺はお店もですが、東京で仕事することになったんで…。」
「うん、知ってる。テレビつけてもCM出てたりするじゃない? 雑誌やスマホのInstagramにも結構SATOSHIジャックしてるよね。知らない人いないって。」
まさか、そこまでのメディアの露出をしてるとは思わなかったさとしはテーブルのソファに腰掛けて、うなだれた。
「もう、気軽に外、出られなくなりましたよ…。」
「それは有名になれば致し方ないことではないの? まあ、うちの店は未だ閑散としてるから時々来ると良いよ。本当に常連さんだけ。」
喜治は、コーヒーを淹れ始めた。
優子はさとしの横に座って、背中を撫でた。
紗栄は向かい側の席に腰掛ける。
「たまに来ても良いですか? 本当に安らぐ場所無くて…家に居ても何か落ち着かなくて。」
「何、言ってるの。いつも聞かなくても来るじゃない。遠慮しないで、気が向いたら来たら良いのよ。」
優子はニコニコと歓迎した。
「ありがとうございます。俺にとって、このマンチカンはホームポジションだから凄く落ち着きます。」
喜治は2人にコーヒーを差し出した。
「あ、いただきます。」
紗栄は、ペコっとおじきをしながらコーヒーをいただいた。
「そういや、2人に紹介しておきたい人がいてね。おーい、ちょっと来て。」
奥のキッチンから目を隠して帽子をかぶり、コックコートを着た1人の男性がやってきた。
「新しくうちでもバイト入れててな。コックの見習い中なんだ。挨拶して。」
喜治は彼の背中を軽く押した。
「佐々木たけしです。よろしくお願いします。」
特に周りの顔を見るわけでも無く、ぼーと自己紹介をする佐々木たけし。
紗栄は背中に鳥肌が立ち、何も話すことはできなかった。
「よろしくお願いします。善兄がまさか他の人にキッチン任せるとはね。なんかあった?」
「最近ね、年齢のせいか病院に通うことが多くて、その時は集中的に店を任せてて、すごく助かってるのよ。な?たけし。」
「いえいえ。そんなことはないですよ。」
話を聞くとごく普通に聞こえるが、紗栄にとってはどの会話を聞いても恐怖でしかなかった。
幼少期の苦い思い出が蘇る。
従弟の度重なるいじめがフラッシュバックする。
会話の途中だったが、いたたまれなくなってた紗栄は外に飛び出した。
マンチカンのドアのベルが鳴り響く。
「紗栄、どうかしたのかな。」
さとしが紗栄の様子がおかしいことに気づくが、たけしが話し出す。
「ちょっと見てきますね。」
さとしと優子、喜治は気にせず、話し出す。
たけしは出て行った紗栄の方に駆け寄った。
紗栄はマンチカンの入り口ドア付近に震えながら佇んでいた。
「よぉ、紗栄。久しぶりだな! まさか、ここで会うとはねぇ。モデル、やってるんだって? いいご身分だねぇ、大して可愛くもないから整形でもしてんだろ。お前が俺の家をぐちゃぐちゃにしてから大変でさ、…なあ、何のことか分かってるんだろ?」
たけしは紗栄の顔を至近距離で睨みつけた。
「私は悪くないから…。悪いのはあんたのお父さんでしょ。」
「は? お前の方だよ、俺の親父に媚び売って、家庭をバラバラにして、責任取れよ。500万、それで許してやるよ。絶対明日持ってこいよ、いいな?」
家族をバラバラになったのは、むしろ紗栄の家族の方のはずだった。
勝彦叔父さんの家族は何の変化もなかったはずなのに、どうして紗栄がお金を渡さないといけないのか。
「誰にも言うなよ。お金を用意できなければ体で払え!いいな?」
たけしはそう言い残すとマンチカンのお店に入っていった。
(ちくしょ。あのチビでブスがなんで結婚して俺より幸せになってんだよ。旦那も芸能活動とかして、荒稼ぎしてんじゃねえかよ。俺より不幸にしてやる。)
紗栄の従弟である佐々木たけし。
母、美智子の兄の次男だった。
紗栄が高校の時に一時的に避難という形で同居していたが、勝彦叔父さんからレイプを受けていたことは紗栄の両親以外知らなかったはずだった。
たけしはたまたま離れの部屋を覗きに行って行為に及んでいるのをしっかりと見てしまったが、年齢が既に大学生だったため、騒ぎ立てずに誰にも言わず隠していた。
未だに独身で卒業してからも大して大きくない会社に就いてもすぐ辞めて、フリーター状態。
今は、調理師目指してると嘘ついてこのマンチカンにバイトしてキッチンに立っていた。
「あ、すいません。紗栄、大丈夫でした?」
戻ってきたたけしにさとしはすぐに聞いた。
「ああ、何だか、貧血? みたいで、外で休んでるみたいです。多分、大丈夫じゃないですか?」
「ありがとうございます。優子さん、休憩室借りて良いですか?」
さとしは慌てて、休憩室の方へ行くと…
「休憩室は…。」
ギャーギャー子どもの泣き声が休憩室の方から聞こえてきた。
聞き覚えのある声だった。
「もしかして、洸?」
「そうなのよ。今、お昼寝中だったの。」
「ちょっと行ってみてくるね。」
さとしは優子さんの行く手をはばんだ。
「俺が行くよ。優子さん、ごめん、紗栄のところに行って話聞いてくれない?」
何となく、自分が行くより女性である優子の方が話しやすいこともあるだろうと促した。
さとしは洸がいる休憩室へ向かう。
喜治とたけしは午後のオープンに向けての調理の仕込みの作業を始めた。
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