第41話

「は、はじめまして。谷口遼平です! 俺、SAEさんの大ファンで、お会いできて光栄です。」




 顔がひきつって話していた。横目でチラチラアイコンタクトしながら、状況を合わせてほしいの言わんばかりだった。初めてじゃないのに『はじめまして』というのも恥ずかしいものだ。




「はじめまして。大ファンだと今、彼女さんからお聞きしまして、嬉しいです。」


 にこにこ対応した。



「こちらは、彼女の森野くるみ(もりのくるみ)です。」




 冷静に戻ったかと思ったら、遼平は何故か、彼女を紹介した。訳がわからなくなっている。





「え、遼ちゃん、なんでSAEさんに自己紹介するの?恥ずかしいよ、聞かれてもいないのに…。」



「あ、え、そうだな。緊張して、話しちゃった…ハハハ。」




 それは、バイト先の上司なら自己紹介はきちんとするべきだろうけれども、今は元モデルとファンという間柄で、ファンの名前はむしろ紹介しなくてもというところだろう。




 遼平はバイト先にSAEがいることは、くるみには話していなかったため、初めて会ったことにして、隠そうとしていた。従兄の坂本健太郎には色々話すのに彼女のくるみには言っていなかった。

 



 遼平は、大越さとしという存在を教えたくない気持ちでいっぱいで、すべて秘密にしておきたいと考えていた。


 

 彼氏としてのプライドだった。

 尊敬するからこそ、教えたくない。




「ありがとう。くるみさん。私も会えて嬉しいです。それじゃあ。」




 紗栄は2人のお邪魔はしてはいけないと、その場を立ち去ろうとしたら、するとくるみから声を掛けられた。



「SAEさん。もし良かったら、一緒にコーヒーでも飲みません? あ、でも、あまり混んでるところは難しい感じですか?」




 遼平は冷や汗をかいて、その場をくるみに任せた。



 隠し事をバレないようにするので必死だった。




「いえ、大丈夫ですよ。」




 紗栄はバックからサングラスを取り出して、装着した。




「あの、それでもバレると思いますけど…。」


 

 遼平はツッコミを入れた。



 クスッとくるみは笑う。



 明らかにサングラスをした方が目立っていた。



 幸いなことに近くにはくるみと遼平しないなかった。



「冗談ですよ。夫が車で待っていますので、失礼しますね。またの機会にお願いします。」




 さっと、その場から離れようとする。


 


 遼平とくるみは、立ち去る紗栄を見送ろうとすると、くるみは変な気遣いを思いついた。




「ねえ、遼ちゃん。SAEさんと連絡先交換するチャンスじゃないの?追いかけなくていいの?」




「え?なんで? 俺が? だって、プライベートでしょ?ほら、さっき夫って言ってたじゃん。いいよ、俺は。」




 既に仕事の都合で紗栄の連絡先を知っていた遼平は焦った。



 

 くるみは変なことを思いつく。




 確かに大ファンってアピールはしていたけど、彼女がどうして、連絡先をというのか分からなかった。



「え、だって、大ファンって言ってたじゃん。高校の時に写真集買って、肌身離さず持ってたのは誰だっけ? 愛しの人が目の前にいるのに何もしないのはおかしいでしょう。」




(何もしてないことはないけども…。)




 紗栄との関係を、頭の中であれやこれやと思い出すが、くるみには理解し難いものだろうと考えていた。



 紗栄はそのまま駐車場の方へと歩いて行った。



 遼平は、断固としてその場を動かなかった。


 

 これ以上関わるとボロが出そうで怖かった。



 くるみは納得していなかったが、せっかくのデートだからカフェラテでも飲みに行こうと促すとすぐにご機嫌になった。


 

 自然と手を繋いで、喫茶店の方へ向かう2人。




 その2人の後ろ姿を、出入り口の自動ドアから紗栄は遠くから眺めていた。




 自然にデートが出来て羨ましいなぁと感じていた。



 誰に何を言われることなくデートができることが自分にはできない。




 紗栄にとっての、見えない壁があった。


 ごく一般的な出会いで、ごく一般的な仕事だったら、自然に手も繋げるし、何も障害がないはず。




 どうして、私にはできないんだろうと下を向いて歩く。




 紗栄よりもくるみは身長は小さめで遼平との身長差がすごくあったが、お似合いのカップルだなと思っていた。




 ため息をついて、まともにさとしとデートするのは当分無理だなと外に出た。




 ブーツのかかとがカツカツと鳴り響いた。





ーーー


 スマホを見ると、さとしから何度も着信があったことに気づく。履歴が10件ほど表示された。電話以外にもラインでメッセージが届いていた。悲しみスタンプ

とともに



『今どこ? 車にいるから早く来て。』



と送られてきた。


 

 電話をせずにすぐに車の元へ駆け寄った。




 さとしは、後部座席に乗って帽子をかぶり、隠れて待っていた。



 それにしても、よくこの車の中に戻れたなあと思った。



 助手席側に座って、声を掛けた。



「ごめん。お待たせ。ねえ、でも、どうやってここまで来れたの? あんなにファンの人に囲まれて大丈夫だった?」



「うん。あの後、警備員さん達が来てくれてお客さんたち制御してくれたからどうにか逃げ切れて…ここに隠れて待ってた。やっぱり、買い物無理だったね。楽しめなくてごめん。」




 しゅんと犬のように落ち込んでいる。メガネがずり落ちそうになっていて、あげるのも億劫らしい。




 紗栄はそっとメガネを上にかけ直してあげた。




「仕方ないよ。それくらい、人気者になれたってことなんだから…でもまだ雑誌発売されてないのにSNSの効果は早いもんだね。お店も開いてる時はお客さん長蛇の列だったから、短時間営業でも来てくれて凄かったよ。その分仕事は大変だったけどね。」



 助手席から後部座席に話しかけていたため、体がひねっていた。



 紗栄は前に向き直すと、さとしは外に出て運転席にうつって、エンジンをかけた。



「そうなんだよね。お店も公表しちゃった訳だし、明日からの本格的営業は大変なことになりそうだな。」



 行くところがないなと考えながら唯一受け入れてくれそうな場所を思い出す。



憧れてる師匠の2人がいる、喫茶店マンチカンに行ってみることにした。



「善兄のところなら安全そうだから行ってみよう?」


「そうだね。今の時間なら尚更休憩時間だし、良いかも。」


 さとしは、ナビに目的地を設定して、マンチカンに車を走らせた。


 相変わらず、ショッピングモールには停めるところを探す車で溢れていた。満車と書かれている伝言掲示板が光っていた。


 こんな混むところに来るべきじゃなかったと後悔しながら、さとしは、変装では無く、日差しを防ぐためのサングラスを掛け直してハンドルを切った。


 時々、四方八方からの視線が痛かったが、気にしないことにした。

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