第39話


 「いいですねー。そのままでお願いします。」



 カシャカシャとカメラのシャッターを切る音が鳴り響く。




 撮るとすぐにピピピという音も続けて鳴った。





 撮った写真はすぐにパソコンに保存され、マウスのクリックをすると画像を確認することができる。





 スタジオには秋のファッションに身を包む、花鈴とさとしの姿があった。






 背中合わせになったり、赤いボックスが用意されてそこに足をかけて、格好を決めたりと様々なポーズを決めて撮影する。






「OKです。写真チェックも終了しましたので、本日の雑誌の写真撮影は以上となります。皆さまお疲れ様でした。」






 ADの掛け声が響いた。






 さとしと花鈴は、差し入れのお菓子が置かれた場所で休憩していた。






「まさか、一緒に仕事するとはね。よく、許可出したよね。あんなに断固拒否してたのに、お兄さま。」





 

 カフェラテを飲みながら、花鈴は話し出す。横にいた裕樹も賛同する。





「確かに。紗栄ちゃんには俺はやらないって駄々こねたって話聞いてたよ。なんでやるって話になったの?」





 ブラックコーヒーを飲んでいたさとしは、何とも言えない顔をする。





「紗栄に怒られたから…。」






 花鈴と裕樹は目を丸くする。





 2人同時に




「何で怒るの?」





「お金を稼がないと、お店もすぐ潰れるんだから、わがまま言わずに行ってこいって。宣伝も兼ねてるんだから無駄じゃないって言うんだよぉ。」





 口を尖らせ、両手の人差し指をツンツンして言う。




 まるで子どものようだった。





「なるほどね。確かにお店にお客さんが来なくなるよりはってことね。でも、今さとしくんいない間はどうするの?」





 仕切り直して、姿勢を正した。





「最近、バイトの男の子を入れたんですよ。大学生の…って今休学するくらい仕事させてますけどね。こっちに来てる時だけ、代わりに調理に入ってもらってて。」





「ふーん。んじゃ、今姉ちゃんはバイトくんと2人きりなんだね。ライバル出現な訳だ。さと兄、ピーンチ。」





 花鈴は意地悪なことを言った。





 本気で怒りを見せる。





「は? んな訳ないだろ。今、Twitterで噂が広がりすぎてお客さん増えてきてるから、仕事しかできないって…多分。」




 

 花鈴はさとしの横に立ち、小声で




「仕事以外のことってなんですか?」




 かまをかけた。




「なっ?」



「焦ってる?」




「ちがっ。って、違くないけど…。」




 動揺を隠せないさとし。スマホを取り出し、紗栄にラインしようか悩んだ。

 


 花鈴と裕樹は声を出さずに笑いを堪えて、震えが止まらなかった。





 そこへ、坂本健太郎がやってきた。





 今回は仕事を紹介したスタッフということで顔を見せに来ていた。





「おはようございます。本日はお仕事に来ていただいて、ありがとうございます。大越さん。まさか、やっと来ていただけるとは嬉しい限りです。」





 軽く会釈をした。




「おはようございます。いえ、お仕事頂けるだけでも光栄です。こんな素人をいきなり大役で…。」



 さとしは謙遜した。



「おはようございます。私も呼んでいただいてありがとうございます。東京で仕事をするのは久しぶりだったので、緊張しました。」



「全然、気になりませんでしたよ。さすが慣れてるだけありますよね。お2人とも期待しておりますので、今後ともよろしくお願いします。」




 坂本健太郎は、個人事務所を設立し、会社として大きくしてきた。




 以前、紗栄と花鈴がモデル業として所属していたジェマンジは紗栄の失踪騒動により違約金が発生し、立ち行かなくなり、倒産した。


 

 小笠原社長は、紗栄に責めるようなことはなかった。



 そういう環境のもとで働かせてしまったと後悔していた。




 所属していたモデルや俳優はすべて、坂本が経営する事務所に吸収されて、小笠原社長は坂本の会社SKIPの副社長となった。


 

 以前とは違った働き方となり、辞めたり、逃げたりするものは誰もいなかった。

 

 事務員で働いていた卯野も、同じようにSKIPへ移り、心機一転し、真面目に淡々と仕事をこなすようになっていた。



 坂本は、若手育成のため、新人モデルや俳優をスカウトしに行くこともあるようだった。




「お世話になっています。こちらこそ、今後ともよろしくお願いします。この後は、雑誌取材で記者からのインタビューですよね。ほら、2人とも準備して。」




 裕樹は2人に場所移動を促す。




「はい!了解です。」



「宮島さんですね。2人のマネージャーをされているってことで、お手数をおかけしております。本来ならば、1人に絞るべきなんですが、2人の信頼度数といいますか、なんせ、ご家族なので、気が知れているということで、仕事を増やしてしまって申し訳ないですが、何かありましたら、遠慮なくお申し出ください。」




「お気遣いありがとうございます。今のところ、大越の方は、これ以上、仕事を増やすことは本人も毛嫌いしておりますので、できる範囲で対応していこうと思います。花鈴の方は、久しぶりに東京の仕事ができて、喜んでいるところですが、2人の育児も抱えておりますので、様子を見ながら主に仙台の方の帯番組のリポーター業務を中心というところです。」


 裕樹と坂本が話している間、ずっと花鈴はさとしをしずっていた。スマホをのぞきながら、ラインの文面チェックしていた。


「そのお仕事の詳細は、宮島さんにお任せします。ご夫婦で、活動されているので、臨機応変に対応していただいて構いません。大越さんには、できれば、説得していただいて、写真集の宣伝兼ねて、朝の情報番組などその期間だけ頑張っていただけると助かるんですが…後は単発の仕事だけにしてもらうよう会社にて会議決定しようと思います。稼ぎ頭になりそうなモデルさんですからね、評判がいいんですよ。まだ、正式公表してないのにCMのオファーが来まして…。」


 目を見開いて頷いた。


「やっぱり、大越の評判はそれくらいだったんですね。新幹線で乗っていても芸能人じゃないのに横で見ててわかりましたから。ところで、社長。紗栄には今回声はかけなくてよかったんですか?」



 裕樹は、社長である坂本に話を振る。


 スタッフ一人一人の顔と名前を全て覚えていて、人として尊敬できる存在だった。モデル業を、するだけでは本当にもったいない方だと、社長業がとてもあっていると感じた。


「ああ。紗栄さんね。お誘いしたんですが、今回はさとしさんの方だけでお願いしますとのことでした。お店を守らなくちゃいけないからとおっしゃっていましたね。」



「そうでしたか。親戚共々、ご迷惑をおかけして申し訳ありません。」



「いいんですよ。さとしさんの許可がい

ただけただけでも我が社は即戦力ですし、今後の雑誌売り上げも期待できそうです。頑張っていただきますよ。」

 


 坂本は裕樹の背中をポンと叩いて、その場を後にした。


 

 スマホのSNSを一通り確認すると、SAEマネージャーがついにモデルデビューか?!の文字が浮かび上がる。

 

 炎上になりそうなくらいに盛り上がりを見せていた。


 

 裕樹は花鈴とさとしの背中を押して、インタビューが行われる取材の会議室へ向かった。



 その頃の、紗栄と遼平は…



「紗栄さん。これお願いします。」



 調理場に入っていた遼平は、慌ただしく注文の入ったメニューを次から次にこなしていった。



 紗栄は、調理補助をしながら、ホールへ出来上がったメニューをお客さんに運んでいく。



「はい。ハンバーグプレートだね。」


 今日は、遼平がさとしに教わっていて許可がおりた得意のもののみ、今日だけ限定ランチということでメニューを書き直した。


 日替わりデザートはマスカットサンデーで、どうにか間を保つことができ、お客さんにも好評だった。


 さとしがいない間は、ランチのみ営業としていた。


10時から14時30分の短時間営業だったが、モデルSAEの働く場所として、Twitterや SNSでばれてから、興味本位で来店してくれるお客さんでたくさんになった。サインや握手を求められることも少なくなかった。そして、目を光らせてファンは元マネージャーさんはいないんですかとも聞いてくる。


 私よりもさとしかと、イラッとすることもあったが営業スマイルで対応した。


 モデルの仕事をしていることはまだ公表してないため、遼平が影武者となって、調理していますと嘘を言っていた。



 顔出しはもちろんしないように努力した。


 お客さんは中をのぞこうとしたが、見せないようにバレないようにごめんなさいと謝りながら、隠すのに必死だった。


15時 最後のお客様をお見送りして、お店の看板をCLOSEに変更した。ドアの鍵を閉めると同時に部屋あガラガラと鐘の音が鳴る。


 やっと終わったと安心して、紗栄はコーヒーを淹れる。


「遼平くん。今日もお疲れ様。影武者、どうにか大丈夫だったよ。今、コーヒー淹れるね。」

 

 エプロンを外して、ひきたてのコーヒー豆をスプーンで入れた。


 沸かしたてのお湯を注ぐとコーヒーの香りがお店全体に広がった。


「お疲れ様です。はい、ありがとうございます。」


 かぶっていた帽子を脱いでカウンターに置いた。


「短時間だけど、今日もお客さんいっぱい来てくれたね。」


「そうですね。紗栄さん、大丈夫でした?ファンとか言う人に声かけられてたんじゃ?」


紗栄は泡立てたミルクを持ってきて、コーヒーに絵を描き始めた。



「見て! 練習中なんだけど、上手くできてるかな?」


ラテアートに挑戦しようと、何度も夜な夜なやっていたようで、木のような模様が浮き出てきた。



 話の途中だったが、遼平は笑顔が溢れる。



「すごいですね。うん。大丈夫です。上手にできてますよ。ぜひ、商品化しましょう。さとしさんに相談しないといけないですね、」



「……これ、商品にしないよ。遼平くんために飲んでほしくて作ってみたの。」



 紗栄の表情が暗くなってきた。



「紗栄さん?」



「誰かに喜んで欲しくて、出すんだよね。私は今、頑張った遼平くんに出したんよ。美味しい??」


 ごくんと飲んで、口の周りに泡をつけて


「美味しいです。ごちそうさまです。」


「泡、付いてるよ。」



 紙ナプキンを手渡した。

 遼平はすぐに口の周りを拭き取った。

 この状況、前にもどこかで、紗栄は思い出して、赤くなった。



「あれ、前にも口拭いたりしていたね。あの時は本当にごめんね。若い男子に申し訳ないことしたなぁ。こんなおばちゃんのなんか嫌だよね。忘れてね。」


 恥ずかしそうにキッチンに行き、後片付けを始まった。いつもなら、ホールの片付けをするはずが、逆になっていた。



 遼平は何も言わずに機転を効かせて、ホールの片付けを始めた。



突然始まった片付けだったが、ホールの掃除を終えてから、やり残したことがあったと遼平はキッチンの方へ行く。


「紗栄さん、俺、おばちゃんなんて思ったことないです。素敵な大人の女性です。」


「あ、そぉ? ありがとう。」


 そう言い残すとテキパキとやり残した業務を行った。


 紗栄はそう言われて、ドキッとして、緊張し始めた。


ぼんやりとコルク板にかけていたロケットペンダントを取って写真を見つめた。


それは、昨年亡くなった子どもの超音波写真だった。


「何、見てるんですか?」



 遼平はてっきり、さとしの写真でも見てるんだろうかとのぞいてみた。


「宇宙人だよ。」


「え?うそ。」


「嘘でーす。冗談です。これは昨年亡くなった子どもなの。私のお腹の中で亡くなってね。この世に産まれる前に亡くなったから、超音波写真しかないんだ。」




 冗談を言いながら、話し出すが、だんだんと笑いながら、頬に涙を伝う。その流していることを忘れてしまうくらいだった。



 遼平は、紗栄の肩を体に寄せた。




「紗栄さん。無理しないで、泣きたい時は泣いて良いんですよ。自分に嘘をついちゃいけない。」


 紗栄は錯覚した。目の前にいるのは、さとしだったかなと。


 背格好も同じくらい少し遼平の方が高い、髪型も同じ、顔もそこまで違いが無いが、眉毛の角度が違うくらい。



 ふと、ごく自然に熱い胸板に顔をくっつけて、泣いた。


 子どもの命日は今日だったことを思い出す。そんな時に父親であるさとしはそばにいない。



 自分で送り出したのに。


 安らぎが目の前にあることに癒されていた。

 


 このネガティブな気持ちを和らげてくれるならもう良いと浅はかに流れにそってしまった。


 

 こんな自分を受け入れてくれるのかを感じて、遼平に体を委ねた。



 気がつくと、そのまま、2人は、休憩室で朝を迎えていた。服は全部はだけた状態で、2人の体には分厚い毛布がかかっていた。


 横になりながら


「これ、ものすごく悪いことしちゃっている気がするんですけど…。」



「うん。こんなこと私が言うのも変だけど、今回限りにしようか。遼平くん、確か彼女いたよね。何だか申し訳ない。」


 毛布で隠しながら言う。


「はい。でも、今、彼女、車の免許合宿中でして、他県にいて近くにいないからセーフって言うか…やっていることはアウトですけど、すいません。」



「ま、そんな時もあるよね。ってそうそうないけどさ。今日も仕事、頑張ろう。明後日、さとし帰ってくるって。」


 

 近くに置いてたスマホのラインを見て、ハッと現実に戻る。 


 紗栄は毛布に隠れながら、着替え始まる。遼平も同じように毛布の中で自分の服を探し始める。


 今度は、額同士がぶつかり合った。


 照れながら、流れ的に濃厚なキスを交わした。これで終わりと頬をぱちんと両手でおさえて強制終了させた。


 

 若い頃に戻ったようなドキドキがとまらなかった。



 悪いことしていると分かっていても、でも、見つかったら、これはただごとではないことは十分に感じていた。



 

 仕事の服にあわてて着替えて、首を犬のように振り、気持ちを切り替えて、今日の仕事の準備を始めた。





 花鈴がさとしに言っていることは、冗談では済んでいなかったことに後々、知ることとなるだろう。

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