第26話


 「さとしくん、それ取ってもらえる?」



「これですか?」



 これとかそれとかで意思疎通ができていた。それとはボックスティッシュのことだった。



さとしは紗栄が休暇を楽しんでいる間、花鈴の家でくつろいでいた。花鈴本人は美容院とエステと買い物にでかけていた。



「そうそう。それ。洸が鼻水出ちゃってさ。風邪流行ってるのかな。優子さんたちにうつさないといいんだけど。」




 ちーんと、裕樹は鼻水をかんであげた。さとしは、出されたバウムクーヘンをフォークで喫茶店のごとく頂いた。



もちろん、コーヒー付き。



「え?優子さんってマンチカンの?」



「ああ、そうそう。東京での仕事がある時に、洸を預かってもらってたのね。結構土日関わらず長期間だから。普通の保育園ではまかない切れなくなって…相談してたら、良いよって心良く引き受けてくれてね。お礼代金と行ったついでに夕ご飯食べに行ってるよ。タダでやってもらうのは気が引けてね。親戚じゃないし…。さとしくんの従兄弟ではあるけど、俺らは違うからね。」





 コーヒーをずずっと飲んで小さな声で。



「いつかは本当に親戚になるかもしんないですけどね…。」



遠くの窓を見た。さとしの願望だった。



「え?何か言った?」



 さとしが話している間は、洸が突然テレビを見ながら、ダンスと歌を歌い始めたため、尚更裕樹は聞こえなかった。




「いえ、何でもないです! 優子さんと喜兄は元気でしたか?」




「ああ、もう、お客さんも前より大盛況で、バイト君を雇うくらいだし、何か不定期に子ども食堂を開いてるみたいで、小さい子を連れた親御さんとかもお客さんが来てくれるようになったみたいだよ。な?洸も優子さんのハンバーグ好きだよな?」




 ダンスに夢中になっている洸に問いかけた。後ろを振り向いて近づいてきた。



「ハンバーグしか食べない!」



「すごいね。優子さん、洸が懐いてるのか。俺には無理だわ。紗栄に怒られそう。」



 洸の顔をじっと見た。裕樹はコーヒーを入れ直しながら、様子を伺う。



「僕、さっくん。嫌い。」



「ほらー。嫌いとかいう。」



 洸を指をさして、泣きそうになる。



「こら、洸。嫌いって言っちゃダメだろ? さとしおじちゃんお土産買ってきてくれたのに…。」



 裕樹は廊下に置いておいたお土産を持ってきた。



 紗栄の仕事の都合でレゴランドの出演があった時に洸の好きなレゴブロックを買ってきてくれていた。目の色が変わった洸。



「僕、さっくん。好きになりかける。」



「その言葉、どこで覚えた??」



 笑いが止まらなかった。


 買ってきて良かったと心から思った。


結構、大きいお土産で持ってくるのも大変だったけど、洸に気に入られるためならと思った。



 さとしは急に廊下に洸を連れ出して、裕樹に聞こえない声で問いかける。


 コソコソ話だった。



「洸、紗栄おばちゃん好きか?」



「うん。大好き。前に、お風呂一緒に入ったもん。」



 何となく予想はしていたが、ふつふつと嫉妬心が湧き上がる。


 まだ小さな3歳の子ども相手に必死だった。


 お風呂に入ったことが羨ましいとさえ思う。



「洸、このレゴブロックあげるから。俺に紗栄おばちゃんをくれない?」



「だめ、いや。僕、紗栄おばちゃんと結婚するの!」



「え? けっこん? 洸、結婚って何か知っている?」



「ぎゅーってするの。洸、紗栄おばちゃん好きだから、ブロックいらない。」



 洸の決意は固かった。


 手で遠くにブロックの箱を押した。


 その場から離れようとした。


 裕樹にバレそうになる。



 おもちゃで釣るのはまずいなと思ったさとしは言い直した。


 

「待て、俺が悪かった。何も言わずにこのブロック受け取って。お願い。紗栄は洸に任せるから。な?」



「え?本当? いいの?分かった。遊んでいい?」



「もちろん。」



 洸は箱をすぐに開けて遊び始めた。


 円満に関係は良くなったようだ。


 さとしは洸の想いはそのままにしておこうと決めた。







その頃、紗栄はと言うと…





 カラオケで、祐輔とともに平成に流行った歌を熱唱していた。


 普段食べられないフライドポテトやからあげなどパクパク食べた。


 撮影などが重なると体型を維持するため、減量することが多かった。



「紗栄、食欲あるね。お腹、大丈夫?」



「うん。大丈夫。東京帰ったら、ヨガとピラティス行くから。我慢すること多いから許して。」



 からあげを食べてポテト食べて、お酒も飲んで、マイクを握って、歌って盛り上がっていた。


 普段できないことができて、嬉しかった。


 仕事もみっちり入れられて、結構負荷がかかっていた。


 飲みすぎて、ふらっと椅子に座って、祐輔の横に行く。



「ほら、歌いなよぉ。」

 

「紗栄、飲みすぎてない? お水、注文するよ?」



「ごめんらさやい。ふにゃー。」



 祐輔は、カラオケスタッフから受け取ったコップに入った水にストローを用意して水を飲ました後、膝枕をして紗栄を横に寝かした。



「あれ~前にもしてもらったかも。」



「違うよ。それ、多分、さとしだよ。俺は、今が初めてだ。」


「あ、そうだっけか。ごめんね。」


 酔っ払いの介抱に

 なってしまっている。



「…紗栄、俺じゃだめかな。」



「ほぇ?」



 ムクっと体を起こした。



「石川くんどったの?ダメって何が?」



 質問すると祐輔は不意に顔を近づけたかと思うと唇にキスをした。



正気に戻ったのか、びっくりした紗栄は壁に頭をぶつけた。



「いたたたた。石川くん?」



「俺、今までずっと言えなかったんけど、中学の時からずっとずっと紗栄のこと見てて、好きだったんだ。それは大人になった今でもずっと変わってなくて…俺じゃダメか?」



「そ、そうだったんだね。びっくりした。今まで全然気づかなかったよー。早く言ってくれれば良かったのにって私もいろいろあってさとしと一緒にいたけど、付き合ってたのって1年前だったし、恋愛ってまだまだわからないから。」




 ソファなのに、紗栄は正座に座り直した。一途な想いに応えたいという気持ちで



「こんな私でよければ、よろしくお願いします。」



「え?いいの?本当?」



 祐輔は振られるのを覚悟で告白した。思ってもいない返事を貰えて嬉しかった。


 自然と紗栄をハグした。



「もう1回、チューしていい?」



「う、うん。」



 いつも香っていたタバコの匂いがしないミントな味がした。


 きっとマウススプレーの味だった。


 祐輔は一切タバコは吸わない。


 紗栄は、なぜか、タバコの匂いを欲していた。


 これで良いのかなと納得させながら、惜しくももう、帰る時間になっていた。



本当に好きかどうかはわからなかった

が、好きになろうという努力するのもありなのかもしれないと感じた。


 スマホにセットしていたアラームが鳴った。



「あ、これはまずい。怒られちゃう。」



 一気に酔いが覚めた。


 紗栄は帰る準備を始めた。



「時間、だよね。うん、そろそろ出よう。今日はここの会計奢らせて。」



 祐輔は、伝票を取って、話す。



「うん。ありがとう。ごちそうさま。」



 テーブルの散らかったゴミを回収したり、食器を揃えて、部屋を出た。


 祐輔は、自然に紗栄の手を握って連れて行く。


 すると、フロントから聞き覚えのある声がした。



「すいません、こちらに…。」


 さとしはカラオケ店員に声をかけようとしていたが、こちらに気づいたらしく、さとしがこっちを見ていた。



 紗栄のスマホのGPSを使って検索したのか、さとしが追いかけて来ていた。


新幹線に乗る時間が迫っていた。


 GPSは了承の上だった。



「ごめんなさい。今、行くところでした。時間、間に合いますか?」



 ヒールの音を響かせながら、走り寄る。



 何でもない所で転びそうになる紗栄は、祐輔の腕で守られた。


 さとしも紗栄を支える仕草をしていたが、間に合わなかった。



「だ、大丈夫? 落ち着いて。」



「ごめん、ありがとう。」



 それを見たさとしは額に筋があらわれた。


 時間が遅れそうなことに腹ただしくなった。



「紗栄さん、新幹線、ギリギリなんで急ぎますよ。」



「はい。すいません。ごめんね、石川くん。お会計お願いします。」



 さとしは、祐輔に軽く会釈してそのまま立ち去った。


 紗栄は後ろをついていく。


 祐輔は、祭りの後の気持ちになり、寂しくなった。お会計を済ませておいた。



 お店を出ると、先に進んで駅に行っていたかと思ったさとしが出入り口のドア付近で待ち構えていた。



 

「なぁ、祐輔。悪い。何も言わずに殴らせて。」



 さとしは、嫉妬が強く出たらしく、頬を軽くグーパンチで祐輔を殴った。



 昔の部活以来、吹き飛ばされるのは久しぶりだった。



「つぅー。マジか。いたいなぁ。俺のターン!」



 祐輔はところ構わず、さとしの頬を同じようにグーパンチした。


 地下通路に通じる場所だったため、階段入り口の壁で周りには誰も見ていなかった。



 紗栄はトイレに行きたいと地下のトイレに行っていた。



「……お互い様で問題ないな。満足したか?」



 メガネを拾いながら、立ち上がった。


殴られた頬を拭う。



「祐輔、マジで仕事に影響するから、もっと早めに帰らせて。次からは気をつけてな。」



 交際することを知ってか、さとしは忠告した。



 仕事理由で殴ったのか嫉妬の心で殴ったのか。結論は出ていた。


 本当は恭子に会うって言っていたのを嘘つかれていたことにショックだった。


 落ちたバックを拾って、さとしは立ち去った。


 祐輔はため息をついた。


 生きた心地がしないくらいの心境だった。


 そんな紗栄を彼女にしたことに少しだけ後悔した。



 トイレを済ませた紗栄が駅の改札口で待っていた。



 犬のようにポンポンジャンプしているのを見て、ホッとした。


 

「すいません。お待たせしました。東京の差し入れお菓子を買っていました。行きましょう。」


 お菓子は元々買ってあった。


 

 祐輔と一緒だったことを黙っていた。



 午前4時に東京現場に入らなければならないため、夜のうちに移動となった。



 少しでも睡眠時間を長めに取りたかったため、新幹線仙台の19時31分発にした。


 あと10分で発車だった。


 キャリーバックの荷物をカラカラと引っ張った。


 紗栄のハイヒールがカツカツと響き渡った。


 さとしは、ねじれたネクタイを歩きながら整えた。


 紗栄は、さっきの出来事がまだ続いているかのように胸がドキドキしていた。



 鼓動よ止まれと言っても止まってくれない。



 それでも歩き続けてホームへ向かう。


 新幹線の座席に着いた。


 今度は紗栄が窓際で真ん中にさとしが座った。


 窓を覗くと外は積もらなそうな粉雪がチラホラ降っていた。



 日は出ていなくて曇っていた。



 雪がもっと降りそうな天気だった。


 

 さとしは慌ただしく荷物を片付けて、ノートパソコンとスマホを片手にメールチェックを始めた。



 スマホの充電が無くなりそうになっていたようで、紗栄は自分のモバイルバッテリーをバックから出して渡した。




「あ、ありがとうございます。こちらが準備する所、逆に用意してもらって申し訳ない。以後、気をつけます。」



 充電器にスマホを差し込んで作業をし始める。



「声、かけてもいいですか?」



「はい、どうぞ。」



 一度、パソコンのキーボードから離れて体を紗栄の方に向けた。


 真剣に聞かなければと気持ちを一瞬切り替えた。



「大越さんは彼女を作る予定はありますか?」



 飲んでいたコーヒーを吹いてしまった。


 思いがけない質問に少量飲んでて良かった。


 危なく前の座席の人にかかるところだった。念のため、慌てて謝罪に行った。



「…なんで、そんなことを聞くんですか?」



「いえ、ただ。聞きたくて…。」



「え、ああ。まあ、今は仕事が恋人で良いかなと考えていますが、紗栄さんはそれではご不満ですか?」



「いえ、それなら、問題ないです。ほら、仕事あるんですよね。続けてください!」



 それならってどういう思いがあって、聞くのか謎が残った。



 紗栄は、ただ単に彼女はいるか聞きたいだけだった。話口調で嘘ではないことを確かめると少し満足げだった。


 

 さとしは、複雑な顔をして、ノートパソコンに目を戻した。


 相変わらず、オファーメールがひっきりなしにたまっていた。



(俺にどうしろって言うんだろ…。何か祐輔とあったのかな。いや、俺は仕事に集中だ。)



 終始ご機嫌の紗栄は、祐輔にお礼メッセージとスタンプを送った。


 これで、落ち着いて眠れる。



 さとしには彼女を作って欲しくないと言う気持ちと自分は自由に祐輔と交際することを楽しむんだと考えていた。



 別れ話をした時の心情を逆に体験してほしいって言う気持ちが生まれた。



 倍返ししようと企んでいる。



 つまりはまださとしに未練があるのかもと自分のことなのに第三者目線で思ってしまった。




 新幹線はやぶさは静かで、そして早かった。



 21時04分には東京に到着していた。



「お客様、終点ですよ。」



 すっかり寝過ごしてしまったみたいで、2人とも熟睡していた。


 車掌に回送列車のため、声をかけられた。


 これが東京駅終点でなければどうなっていたことだろうとさとしはヒヤッとした。



 時刻はすでに15分になっていた。


 車掌は起きたことを確認するとまた忘れ物チェックに戻っていった。



「紗栄さん、着きましたよ。東京です。」



 メガネを付け直し、紗栄の体をゆすって起こす。


 お酒を飲んでいたため、こちらも夢さえも思い出せないくらい眠っていたようだ。


 ホームに出て、さとしは電話をかける。



「……は?何だって。卯野くん、どういうことですか、それ。もう、今から予約は無理なので、こちらで対処します。次から気をつけてくださいね。」



 紗栄は荷物を持ちながら、少し小走りで追いかける。何だかイライラしているさとしを見て肩を叩く。



「どうかした?」



「今日の泊まるホテル予約してないって言われました。いつも事務所の事務の卯野くんにお願いすることになっていたのですが、忘れてたとことなので、私が寝泊まりする社宅に行くことにしますがよろしいですか?」



「それは別に構わないけど…って一緒に寝るの?」



 紗栄は咄嗟に拒絶反応を示した。


 同じ屋根の下に一緒だと思うと、トラウマが蘇る。



「あ、いえ…社宅はシェアハウスになっておりますから、他のスタッフも一緒に暮らしてますよ。演者の皆さんはホテル予約しますが、いざという時はそのシェアハウスに寝泊まりしてます。ただ、部屋は私と同じですが、紗栄さんはベッドで寝てください。私はソファで寝ますから。寝るだけの部屋にしているので快適ではあると思います。綺麗な部屋予約出来なくて申し訳ありません。」



「シェアハウス? 何人で生活しているの?」



 少し安心をした紗栄はシェアハウスのメンバーが気になり始めた。



「えっと、私とヘアメイクの牧野あさみさんと、スタイリストの江藤龍二さんの3人です。それぞれの部屋があって、キッチンと洗面、お風呂は共同に使ってます。ちょうど2人がいるので、出勤前はメイクしてもらって、服も選んでから行けますね。まあ、寝る時間はそんなにないですが、タクシー拾います。」



 スマートに手を挙げてロータリーのタクシーに乗り込んだ。荷物をトランクに積み込み、目的地を言うと、すぐに運転手は走らせた。



「東京に間に合って良かったですね。私も眠っていたみたいで、焦りました。」

「え?眠ってたんですか?気づかなくてごめんなさい。」



「観光?」



 タクシーの運転手さんが話しかけてきた。



「いえ、仕事です。」



「今から?忙しいね。あれ?あなた、テレビ出てる?」



「いえ、まあ…。」



「いや、女の人じゃなくて、男の方よ。何か誰かに似てるのよね。」



 車内は気まずくなった。



 むしろテレビに出てるのは紗栄の方。



 さとしはマネージャーである。



 どちらかといえば若い人しか認知されていないのかもしれない。



 Instagramでバズっているはずなのに。



「他人の空似では?」



「そうかなあ?まあ、あんた、カッコいいからモテるでしょう!ハハハ。」



 さとしも何だか複雑な気分だった。



 世間の反応というのはこういうものなんだろうと小さくため息をついた。




「すいません、その角を右にお願いします。」



 街ではイルミネーションが嫌気がさすほど輝いていた。


 いつもなら綺麗と思えるはずなのに、今日は目障りに見えてしまう。



 紗栄の心は歪んだ。見せかけの人気者。


 内側から秘める輝きは備わっていないのかと落ち込んだ。



 職種の違うさとしの方が俳優業やったら顔だけでも売れるんだろうなとひがんだ。

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