第27話
社宅のシェアハウスにつくと、
今帰宅したであろう2人がリビングにいた。荷物を片付けていた。
「ただいま戻りました。今日、こちらで過ごしますモデル紗英も一緒です。よろしくお願いします。」
「雪村紗栄です。よろしくお願いします。」
ぺこりとお辞儀した。
「あれ。本名明かしていいんですか? 牧野あさみです。ヘアメイク担当なので、ご用命は何なりとお申し付けください。よろしくお願いします。」
「江藤龍二です。スタイリストやってます。いろいろ、服をこちらで預かってますので、いつでも言ってくださいね。よろしくお願いします。」
「頼もしいです。何度かお会いしたことは、あるかもしれないですが、慌ただしくて、きちんとご挨拶できてなくてごめんなさい。本当よろしくお願いします。」
紗栄は仕事で会っていることを思い出した現場は分刻みで動いてるため、まともに挨拶をする余裕がなかった。
事を済ますことができて安堵した。
さとしの部屋に荷物とともに入った。
「…あさみさん。歌手のaikoさんみたいで可愛かった。」
ボソッと呟く。
「身長小さいからな、あさみさん。紗栄は身長あるからモデルできるんでしょう。…あ、やばい。今の忘れてください。」
さとしは、素が出てしまったため、言い直した。余計なことを言いそうになった。口を塞いだ。
「べ、別に気にしてません! 可愛い人とご一緒のお家で良いですね。」
紗栄が嫉妬していることにさとしは気づいたが、あさみに彼氏がいることは黙っておこうと心に決めた。
沈黙が訪れる。
スマホの時計を見るとすでに23時をまわっていた。
急いでシャワーの支度をする。
「シャワー借りて良いんですよね。」
「時間ないですね。お先にどうぞ。」
慌てて、身の回りのものを確認した。
タオルがないことに気づくと黙ってサッとバスタオルとフェイスタオルを引き出しタンスから渡された。
「これ、使ってください。使い終わったらこのかごに入れてくださいね。洗濯しておくんで。」
さとしはテーブルにノートパソコンとスマホを置いた。
とりあえずはできる範囲の業務はこなした。
あとは、朝の時間に間に合うように起きるだけ。
寝る時間は支度と移動距離を考えると3時間あるかないか。
自分も一緒に寝たら起きられない気がすると感じた。
あさみと龍二に朝の支度の件で作業を頼んだ。
前もってできることは着る服の準備とメイクの色味を決めること。
3人で話し合って決めた。
メイク以外は手早くこなせた。
念入りに準備することはできたが、紗栄はベットに入っても寝ることはできなかった。
電気を消して、音がないようにしてても、目を瞑っていても頭は起きている。
ふとんの中から部屋をのぞくとソファでパソコンを開きながら、完全に寝てしまっているさとしがいた。
姿格好は仕事今でもしていますよなのに。
目は閉じてしまっている。
首がカックンとなっている。
紗栄は慌てて首を押さえに体を起こした。
「紗栄…。」
不意にハグされた。
いつもと違う呼び方だった。
寝ぼけている。
久しぶりに名前だけで呼ばれてドキッとした。
夢だと思っているのかもしれない。
仕事が恋人っと言っていたはずなのに寝言で自分の名前呼ぶってどういうことなんだろうと思いながら、そっとメガネを外してテーブルに置くと、頭を撫でてあげた。
たくさん自分の時間を犠牲にして仕事を頑張っているのを目の前で見てきていた紗栄は、申し訳ないと思った。
前のように元気に笑っていたさとしはどこに行ってしまったんだろう。
キラキラ輝いて周りの人を、元気にする人なのに今は何だか自分を押し殺して演技している。
まるで昔の私のようだった。
自分じゃない自分。
それでも私は周りを輝かさせる力持ち合わせていない。
誰かの力が無いとここまで這い上がれなかった。
今でもそう、花鈴と一緒に仕事をしないと、顔を覚えられないし、タクシー運転手にさとしの方が有名人って言われるくらいのオーラがない。
周りから崇められ、褒められて、知名度は上がってきてるはずなのに私は偽物なのかもしれない。
今は太陽であるさとしが皆既日食で隠れていて、私は輝き損ねている新月。
月として存在しているのに真から輝けていない。
そう感じてしまった紗栄だった。
ソファにさとしをそっと横に寝かせて、ベッドに戻った。
目をつぶってふとんに入ったけれど、眠れなかった。
酔いがすっかり覚めてしまった。
そのまま、起きる時間になってしまった。
ドアをノックする音が響いた。
「おはようございます。朝ごはん用におにぎり軽く作っておきましたよ。」
あさみが、気を利かせておにぎりを準備してくれていた。
ドアの向こうで朝食の準備していた。
龍二も起きていて、出かける準備をしていた。
「はい。今行きます。ほら、大越さん!」
体をゆすって、さとしを起こそうとした。
んーとうなり声を上げながら、さとしは紗栄の腕を引っ張り、体を寄せた。
まだ、眠っていたと思ったら、物音で目覚めていたようだった。
「…充電させて…。」
祐輔と会っている時から不安でたまらなかった。
本当は自分が心から癒したいと思っているのに仕事の事しか関われていないし、むしろ高ストレスばかり与えている。
休日もほとんどない。
本当は昨日が一緒に休みなのを、仙台東京の新幹線に遅刻しないようにという理由で実際は勤務ということになっている。
休日返上だと言うことを紗栄には明かしてない。我慢していたから、ご褒美がほしかった。
紗栄は、そっと肩を撫でた。
「おつかれさま。ありがとう。」
そう言われて、目をつぶり、ギューと強く抱きしめ直した。
黙って離れると、急いで、壁にかけておいたワイシャツやスーツに着替えた。
バタンとドアを開け、洗面所に顔や髪を整えに行った。
紗栄は、時間が止まったように体が硬直していた。
さとしよりも先に着替えていたが、何となく今日はこの服じゃないとさらに着替えた。
顔全体がうつる鏡を見て、ぼんやりしていた。
胸に手を当てると鼓動がいつもより大きく鳴り止まない。
自分自身の体を抱きしめた。
心が落ち着かなかった。
目の下にクマができていた。
あとであさみさんにコンシーラーを塗ってもらわないといけないなと鏡をしまった。
軽く基礎化粧をして、荷物をとりまとめた。
ある程度。部屋の中を片付けてから部屋を出た。
洗面所に黙って行ったさとしは、後悔していた。
オンオフを切り替えて、迂闊にも紗栄の前でオフの自分を見せてしまったことに焦っていた。
次この洗面所を出たときどんな顔をどんな言葉を交わせばいいんだと冷たい水で顏を洗って鏡を見た。
最近、まともに食事を取れていないため、マスクで見えない頬が少し痩せていた。
この仕事を続けてから、外食や弁当、カップ麺など、ろくなもんを食べられていない。
あんなに自炊して、料理していたのに、手をつけるスタミナも持ち合わせていない。
時々、ご馳走になる彼氏のお弁当のあまりをあさみのご飯で何とか力が出ていた。
忙しすぎて、食べる暇がなかった。
でも、紗栄のそばにいるだけで気持ちが満足していた部分もあった。
大きなため息をついて、タバコに火をつけた。
数時間ぶりに吸ったタバコは癒しになった。
ニコチン切れが解消した。
あさみがのぞいてきた。
「さとしさん! はい、メガネ。忘れている。それと、タバコはベランダでいう決まりですよね!」
メガネを受け取ってすぐに背中を押された。
窓を開けると冷たい風が吹き荒ぶ。
「ちょっと、今、髪整えようとしたんですが!」
と言いながらもタバコもスパスパ吸っていた。
ガチャと鍵を閉められた。
吸い終わるまで入って来るんじゃないと口パクで言う。
諦めて、ベランダの淵に両手をかけて、外を眺めながら、喫煙タイムを堪能した。
2階からのぞく景色はまだ午前3時だと言うのに、街のネオンがキラキラ光って見える。
朝日はまだ出ていない。
吸い終わると、窓をコンコンたたく。
ガラガラと龍二が窓をあけてくれた。
「龍二さん、ありがとうございます。あさみさん、厳しいっすよね。」
「ハハハ、俺には優しいよ? さとしくん、いじわるされてるんじゃない?俺、タバコ吸わないからかな。仕事柄、服に匂いつくのNGだから。」
「マジっすか。あれ、紗栄さんとあさみさんどこ行ったんですか?」
龍二は奥の方の部屋を指差して
「今、あさみさんの部屋でヘアメイク中です。昨日、洋服は準備していたので、先に着替えてもらいましたよ。あとは、化粧と髪型ですね。さとしくん、かなり無理しているよね、紗栄ちゃんに。」
「そ、そうですかね。そんなことないですよ。これが普通です。」
さとしはねぐせの髪をとかしながら、答える。
整え損ねた作業をやった。
「付き合ってたんでしょ?」
「な? なんでそれを?」
「裕樹さんからちょっと聞いてたよ。元カレカノで仕事するって大変じゃない?大丈夫?」
「あ。あのおしゃべり…まぁ、慣れましたよ。吹っ切れたって言うか。」
おしゃべりな裕樹にイラッとした。
「ふーん。あぁ、あと社長から聞いてたんだけど、君を本気で社長が売り出したいって話出てるらしいよ。何回も耳にたこができるくらい言われるから。さとしくんはマネージャーより表に出て働く方が向いているんじゃない?なんかもったいない気がする。」
「そうですかね。…考えておきます。」
そんな話をしていると、ドアを開く音がした。
紗栄が出てきた。
いつもより肌が白く、涙袋もキラキラして、外向きの顔になっていた。
髪型は、クルクルの内巻きスタイルになっていた。
「おまたせしました。やっとメイク終わりました。あとは、現場に向かってください。おにぎりは車の中でめしあがってくださいね。」
あさみさんは、バンダナにラップで包んだおにぎりをさとしの手に預けた。
冷蔵庫から水を2本取り出して、荷物を持って玄関に向かう。
紗栄は龍二からコートを着せられるとそのまま外へ行く。
さとしは、紗栄に一言もまだ話せていない。
沈黙のまま、ジャケットを着直して、靴を履いた。
「行ってらっしゃい。お気をつけて。」
あさみと龍二は手を振って送り出した。
紗栄は先に行くさとしに小走りでついていく。
「さとしさん、何かありました?私たちとは話すのに紗栄さんと全然話してないけれど、仕事大丈夫なんでしょうか。」
「昔のよしみで何とかなるんじゃない?テレパシーとかで通じるのかも。」
頭で腕を組みながら、龍二は言う。
「え? お二人ってどういう関係?仕事上の付き合いではない?」
「さーてね。俺も仕事の行く準備しないと…。」
さとしが怒りそうな顔を思い出して、それ以上言うのをやめた。
あさみはすごい気になった。
背中を押して、教えなさいと聞き出そうとするが、龍二はそのあと一切話さなかった。
車のトランクに荷物を乗せて運転席に乗った。
紗栄は、後部座席に乗り込んだ。
いつもの座る位置だった。
前に乗ると週刊誌に写真を撮られたら勘違いされるからという理由だ。
後ろなら分かりにくい。
現場入りまで、あと、40分。
移動距離的にはあと10分で着きそうだった。
「忘れ物…無いですか?」
「はい、大丈夫です。」
「シートベルト締めてください。出発します。」
エンジンをかけて、シフトレバーをDに変えた。
慌てて、紗栄はベルトをカチャとつけた。言葉数が少ない。
バックミラー越しに顔を見た。
窓の外を見つめていた。
今の仕事で唯一楽しみなのは話さなくてもいつも顔を見れること、しかも、ヘアメイクさんやスタイリストさんに着飾れた紗栄を真近で見られることが楽しみになっていた。
忙しさの中の小さな幸せを噛みしめていた。生まれてからずっと片想いという状況がなかったさとしにとって、この空気も良いなと噛みしめる。
仕事に夢中になれれば、それで良いと割り切れる。
初めて、朝のバラエティ番組で胸が高鳴っていた。
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