第25話

ピロロロロロ


 どうにか発車時間に間に合った。



指定席に予約していたため、座ることが出来たが、自由席のお客さんで乗り入り口を間違えたらしく、席まで何車両も前に進まないといけなくなった。



 すいませんと言いながら進む。



 途中で、気づかれてSAEさんのファンなんですと声をかけられ、握手の代わりのグータッチをした。

 

 風邪の感染対策になるためだった。


 20代くらいの女性2人だった。


 

 マスクと帽子もかぶっていたのに気づいてしまったらしい。 


 オーラがだんだんと出てきてしまったのかなと思いながら営業スマイルで対応した。



 どんなに疲れていてもファンには優しくしておかないといけないと社長からのアドバイスだった。



 今や、SNSで良くも悪くも拡散されてしまうので、広まるなら良い情報ところだろう。


 昔、広まるSNSは経験済みのため、慎重に行動した。



 軽く会釈をして先に行く。



 後ろからついていくさとしもジロジロと見られた。



 

「あれ、マネージャーさんかな。何か、かっこよくない?」


 

「メガネ外したらどんな感じなんだろうね。いいなあ。かっこいいマネージャーさんと仕事できるってていいよね。」


 

 キャキャッと若い2人は盛り上がっている。



 さとしは心の中で自己肯定感が上がりまくっていた。


 それに伴い、(自分はマネージャー、裏方、裏方)と言い聞かせていた。


 紗栄はそんな様子も気づかずに指定席の座席に座っていた。


 相変わらず、周囲を気にしなかった。さとしは、バックからノートパソコンを取り出した。



 社内メールの確認と出演や仕事メールをしっかりと確信した。


 早急に必要なメールの返信文章を作成した。



 相手に失礼のないような言葉を作らなければならないため、とても神経を使った。


 本日もしくは明日の予定は、電話で確認しないといけないが、今は電車の中のため、メールもしくは付き合いの深いスタッフにはラインでお知らせした。


 やることが多すぎて、手帳に書いたTODOリストを確認してはボールペンでレ点チェックをした。



 紗栄はその作業をじーと横で見ていた。作業して、暑くなったのかジャケットを脱いで腕まくりをしたさとしの腕の筋が気になった。



 筋肉というか骨骨しいというか女の人にはない腕なんだろうなぁと頬を赤らめていた。


 ふと、その仕草を見つけたさとしはこちらを一瞬見た。


「?」


 

 作業していた手を止めた。


 

「な、なんでもないです!続けてください。」



「お腹空きました?」


 仕事の邪魔したと思ってぐるんと首を右に向けた。


 さとしは、朝ごはんを食べていないだろうとコンビニでクリームパンとお茶を購入していた。


 袋からさっと差し出した。



 さとしの分は無いようだ。


 

「どうぞ。まだ、東京着くまで時間あるので、食べといてください。」



 またじっと見つめる紗栄。



「あぁ、私は家で食べてきたんで大丈夫です。このコーヒー、ありますから、お気にせず。あ、甘いものじゃ無いほうがよかったですか?」



 メガネをかけなおして、横に置いておいたコーヒーを見せた。



 言葉にせずに首を横に振った。



「なら、よかった。すいません、まだ、返信メール作成中なので、何かあったら声かけてください。」



 集中してまた作業に戻る。


 紗栄はふぅとため息をついて、お茶を飲んでからパンを食べた。


 少し、ペットボトルの蓋が開けやすくなっていた。



 さりげない優しさだと驚いた。



 小さなことだけど、嬉しかった。


 でも、首をブンブン振って正気に戻った。


 今は仕事だと言い聞かせた。



 いつも行くコンビニの好きなクリームパンだった。



 カスタードクリームが甘くて好きだった。


 朝に何も食べてなかったことを思い出す。



 紗栄はクリームパン好きなこと言ったことない。


 たまたま大当たりだったってことだったのかもしれない。


 

「食べているところ、すいません。社長から、言われていたんですが、食レポの仕事があるから、好きな食べ物と嫌いな食べ物をこの紙に書いてくださいとのことです。記入お願いします。」



 バインダーに用紙をつけて、ボールペンを用意した。


 書いてある内容はアレルギーはあるかないか、好きな食べ物と嫌いな食べ物。


 コンプライアンスが厳しくなってきた世の中のため、しっかりしておかなければいけないところだろう。



 紗栄は口についたクリームを拭いて、書き始めた。


 横から自然にウェットティッシュを差し出してくれた。


 拭いたものも無言で預かってくれた。



「紙、汚さないように気をつけてください。」


「す、すいません。」



 手際良い動きで圧巻されてしまう。


 記入している間、また、パソコンに目をうつす。


 早速、食レポありのテレビ出演オファーが来ていたようだ。


 メールに食べ物関連のことが書いてあった。


「いえ。良いですけど。食事のテレビに抵抗はないですか?出演依頼が来ていますが、承諾の返事してよろしいでしょうか。」


「あ、はい。大丈夫かと。珍味とかは苦手ですが、他は普通に食べられます。」

「え?珍味って…。」


 若干、素が出たさとし。


「何かの肝とか、なまことか、そういうのがダメで。たこは良いけど、たこわさは嫌かなぁ。」


「は、はぁ。酒のつまみってことですね。お酒は飲めますよね。」


「まぁ、嗜む程度なら。」


 パソコンに今聞いた情報を打ち込んだ。

 お酒を飲んで、トークする番組を徐々に出ているため、飲めることも提示しておかなければならなかった。


「まぁ、記憶無くすまで飲みすぎなければ、大丈夫でしょう。飲めるからはいに丸っと。」


 会社に提出用紙のお酒を飲めますかの質問にはい・いいえの欄、はいに丸した。


「タバコは吸うんですか?」


「若気の至りで大昔にタバコを少々吸いましたが、やめました。ハッキリ言って吸えませんでした。」


「はぁ。まぁ、女子は印象が悪くなるので、できれば吸わない方がいいですが、健康チェックも兼ねて答えなくてはいけないので、吸わないに丸で大丈夫ですね。ちなみに、どの機会で吸うところがあったんですか。」



 ボールペンをくるくる回しながら、気になった さとしは聞いてみた。



「……あまり答えたくないのですが、お、おじさんに…吸ってみろって言われて、吸ったら、思いっ切りむせてそれ以上は吸えなかった。」


「あー、すいません。聞かない方が良かったですね。大丈夫です。それ以上は。この話は終わらせましょう。次は、既往歴はありますかだけども…。無しでいいですね。」


 さとしは過去の出来事を思い出して、母親から電話で聞いていた事実と心療内科で通っていた過去を知っていたが、あえて、触れなかった。


「え……。そうですね。探偵のように別に調べられるわけじゃないし、それくらいはなしってことの方がいいかもしれないです。」


「心臓疾患とか内臓関係の手術の経験はないですか?」


「そうですね。特に健康体です。骨折もしたことないので。」


「まぁ、そういうのは問題なしってことで大丈夫ですね。あと、会社に伝えておくこととか質問はありませんか?」


「オフの日はいつですか?」


「直近ですと、来週の月曜日と金曜日です。それ以降はほぼ、お仕事入っておりまして、お休みは来月くらいになりそうです。分かり次第、ラインで送ります。あと、その他にありますか?」



 スケジュール手帳をペラペラと開いて確認する。紗栄は横でスマホのラインを開いて、メッセージを送ろうとする。祐輔に連絡しようとした。



「どなたかとお会いになるのですか? すいません、プライベートなことですが、新幹線のチケットを取る関係でいつ、どこで会うか教えていただけます?」



 さとしはスマホを取り出して、JRのホームページを開いた。



「え…言わなくちゃダメなんですか?」



「ええ。ちなみに直近の日曜日は東京の予定なので、仙台にてお会いになるのであれば、新幹線の往復チケットを手配しますが、どちらですか?」



「えー、えっと。月曜日に会うから、前日の夜に仙台行きたいです。」



 スマホの画面にて素早く検索し、指定席を選んだ。選んでいる時に確認した。



「火曜日はまた、東京に戻る形ですが、私は同行しなくても大丈夫ですか?遅刻…しないですよね?ご友人とお会いしている時は時間潰ししておきますが…。」



「え? 往復のチケットなんですよね。何時入りの現場ですか?」



「朝のバラエティ番組のちょこっと出演ですが、午前4時です。夜には東京に着いていた方がよろしいかと思いますが、どうします?」



 紗栄は少しイラッとしてきた。仕事がハードすぎると感じてきた。



「それって私はいつ寝ればいいの? 新幹線の中の2~3時間くらい?」



「…そうですね。私が仙台にいて、時間把握しながらなら多分睡眠時間確保できると思いますが、ご自分でそれをこなすとなると、難しいのでは。」



 顎に手をあてて、考えた。紗栄は仕方ないと思い、


「わかった。やっぱり一緒に来て、時間連絡してほしいです。新幹線チケット2人分手配してください。」



「承知しました。手配しておきます。」



 スマホでJRのホームページを確認、確定ボタンをタップした。


 さとしはまだ仕事を始めたばかりで業務に慣れていなかった。


 淡々とこなすだけで手一杯だった。


 裕樹は家事や育児の合間にオファーメールを返していたとは尊敬の域を超えていた。


 よく、花梨と夫婦としてやっていけるなぁとも感じていた。


 あの2人は世間的に夫婦と理解あるため、どんな会話しようと何も責められない。


 紗栄とさとしはどちらも独身で紗栄が売れっ子になってしまったため、交際しようもんなら隠し通さないといけない。


 週刊誌に撮られたら大変になる。


 今のさとしにはそんな余裕はなかった。ビジネスとして一線を置いておいた方が業務としてやりやすい。



 四六時中一緒にいることに変わりはないのだが、その扱いに不満を多少感じてしまう紗栄だった。


 紗栄自身もどうすればいいか対応に困っていた。


 優しくされているけれど、これは仕事で恋愛ではない、過去のこともほとんどお互いに知っているけど、壁がある。



 素の自分を出さない演技をしているようなもんだった。


 さとしにとって、どこで曝け出すかと言うと、とあるマンションの30階の宮島家の中だった。



 仕事の愚痴も言えるし、素の紗栄も知っているし、自分のことを理解してくれている。


 今の拠り所は、裕樹だけだった。


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