第14話

空には

白鳥とマガンそれぞれに

5羽が寒さを求めて、飛んでいた。


冬だと言うのに今年は雪は少ない。


マフラーをしなくても、

耐えられる寒さだった。


さとしは、駐車場に停めていたSUVの

青い車の運転席に座った。


機械音のエンジンが鳴る。



「ちょっと、

助手席乗って待っててくれない?

忘れ物取りに戻ってくるから。」



「うん。わかった。」


 さとしは慌ててアパートの部屋に戻って

何かを取りに行った。


その間、紗栄は助手席に座り、

車の中の散策をした。


ダッシュボードにボックスティッシュが

あるか、女性ものは無いか、

芳香剤は臭く無いか、ゴミ箱はあるかを

まるで探偵のごとく、チェックした。



「…紗栄?何してるの?」



「あ、ごめん。

暇だから車の中チェックしてた。」


 さとしは話を聞きながら、

座席の横のドリンクポケットにコーヒーが

入ったタンブラーを2つ置いた。



「疑り深いね。何も無いよ。

浮気調査でもしてるの?

もちろん彼女はいたけど、

別れたの3ヶ月前だから…

ほら、今朝淹れたドリップコーヒーだから飲んで落ち着きな。

ブルーマウンテン!」


「やったぁ。贅沢ぅ。ありがたい! 

というか、3ヶ月前に彼女って

スパン短すぎだよ。

私なんて10年もいないんだから。」


 ブツブツ呟きながら、コーヒーを飲む。

横顔をじぃーと見つめて微笑むさとし。


「なによ!」



「一途?」



「……。」


「本当に誰も付き合ってる人いなかったの?」


 車のドアとシートベルトを閉めて、

音楽をかけた。

上の小物入れケースからサングランスを

取ってかけた。



「うん。付き合う人はいなかったけど、

飲み友達は何人かはいたかな。」



「そっか。んじゃ、とりあえず出発するから。その話、ちょっと待ってて。」


「うん。」



 ナビに目的地を登録した。

所要時間は通常で約40分と表示された。



「時間を有効に使おう。有料道路行くか。」



 ルート表示を5種類から選ぶ。

30分と変更になった。

その作業を横で見てドキドキした。


車の免許は持っていた紗栄は都会暮らしで

ほぼペーパードライバーになっている。


地下鉄やバスを使うことが多くなっていた。


さとしの助手席に乗るのは、

初めてだったため、さらに緊張していた。



「こういうのも、家庭で落ち着いたら、

安易に走れなくなるから今のうちだな。

贅沢できるのは若いうちだからね。」



 さとしはハンドルを回して、

高速道路のインターにむかった。



「へぇ、きちんと考えてるんだね。

私なんて、先のこと考えるのも難しいし、

今を生きるのでいっぱい。

でも、今、大事に生きてるかは…

分からないなぁ。」



「何言ってるの、こうやってドライブするのも今を生きてる証拠だよ。

時間をお金で買うのは若い印だよ。

若さゆえの行動力ってこと。

家庭持って、あらゆることにお金がかかったら大事にするところがピンポイントで変わってくるから、今の俺は、紗栄と少しの時間でも一緒にいて、いろんな所に行きたいんだ。

目的のためなら移動時間も惜しいもんね。」


 頬をほんの少し赤めた。


「んで? 

その飲み友達って男なんでしょ?」



 意外と嫉妬深いさとし。

自分はいろんな女性と関わるくせに

相手は束縛するような人だった。


「まあ、そうだけど。

大学のサークルの友達とか、

職場の同僚とか。」


「それってさ、紗栄が気づかないだけで

相手は好意があるじゃないの? 

そう言う話にはならなかった?」


「うん、別に。とりあえず、飲みに行こうよとか、暇だから、来てよとか、都合の良い時にしか、呼ばれなかったよ。私から誘うことは無かったけども。」



 さとしは、相手の男性に慰めたかった。

これほどの鈍感だとは思わなかった。

思い返すと自分自身の時も様子が

おかしかった。



「あのさ、聞くけど、俺たちは高校の時、

付き合ってはいなかったのか?」


「え? 付き合ってないよ。

一緒にいただけじゃん。

だって、手だって繋いで無かったし、好きだって言われたことないもん。」



「紗栄、手繋いだりしないと付き合ってないとかはないよ。気持ちが同じでずっと一緒にいたらほぼ交際してるに等しいって。

特に男女関係は。

俺は、あの時付き合ってると

思っていたけど違うのか?」



 紗栄は目を丸くした。

これまでのことをゆっくり振り返ってみた。学校に登校するのも一緒、

クラス替えで別の教室ではあったけど、

昼休みのご飯食べるのも私を含めた女子に混ざって一緒にいたし、

食べ終わった後は2人で図書室にいて何でも無い話をしたり、

ラウンジで好きな飲み物の話をしたり、

帰りは一緒に帰って好きな音楽の話で盛り上がって、週末には喫茶店マンチカンで一緒に夕飯をご馳走になってた。


それが毎日で、土日でも都合が合えば

一緒に買い物したり、クレープ食べに行ったりした。でも、手を繋ぐことはないし、

キスなんてしたことない。


高校2年から3年まで同じペースで同じ空間を過ごしてたはずだけど、

3年の受験勉強に取り組んだ時期だけは

記憶が定かではなかった。


もう消したい過去だったのかもしれない。

その消えていた過去はさとしにとっても、

思い出したくない時期で消せるなら消したい過去だったが、

最近の紗栄の母から電話で聞いた勝彦叔父さんとの真実で多少納得できるようになった。


「…うん。結構家族よりも一緒にいる時間は多かったかもしれないね。でも…手も繋げたなかったし、何も言ってくれなかったじゃん。」


 さとしは、運転しながらは左手で、紗栄の右手をしっかり握った。


「今、繋いでるよ。ほら、きっちり。」


 全部の指を絡める手繋ぎをした。

繋いでることをアピールするために

2回振った。


「むー、今じゃなくて、過去の話! 

学生デートがしたかったのに。

みんなに羨ましいって思われたかった。」


 土日は一緒に出掛けていたのに、それはデートじゃ無いと思っている。


当然のように、当時大越さとしは女子からかなり人気があり、いろんな人から声をかけられるのを横にいた紗栄も気づいてたはずだった。


 さとしもそれを知った上で紗栄とずっと一緒にいた。人気がある上に、不安がたくさんあったのかもしれない。当時の学校の生徒からはもちろん、手を繋いでなくても、

あの2人は付き合ってるよねという

噂は飛び交っていた。


羨ましいなんてことは、

付き合うって言ってなくても思われてた。


紗栄本人は自信がなかったのかもしれない。


「へぇ、羨ましいって思われたかったの?」



「うん。だって、さとしは学校ですごい人気だったし、みんなから良いよねって聞いてたから私が付き合ってるんだぞって堂々とアピールしたかったなあと…。」


「俺が人気ねぇ、言い寄られた女の子も頬叩くくらいヤダって言ってた時もあったけどね…別に全員に好かれた訳じゃないと思うよ。」


 紗栄の女の勘が働いた。


「え、さとし、その女の子っていつの話?」


「え。えっと…いつだったかぁ。

 まあ、良いじゃない。

 とにかく、俺は紗栄と一緒にいたくて

 いたから、その、好きとかどうは

 高校の時、言えなくて

 さっきやっと言えたところあったけど、

 なんか一緒にいすぎて言えなくなったんだ

 よね。

 それが当たり前になってたから。

 ずっと会わなくなって、

 空虚感を味わったというか、

 どの女の人と会っても紗栄ほどに、

 心落ち着く人はいなかったから、

 やっぱ、

 俺には紗栄必要なのかなあって、 

 今日改めて気づいたんだよ。」



 車ではUruの『それを愛と呼ぶなら』が

 流れていた。

 ちょうどその歌詞には、

 やっと気づいたんだというフレーズが

 あった。

 

 たまたま流した音楽がピッタリと

 心情に一致した。

 歌を聞いて感動にはならない紗栄がいた。


「……他の女の子には手が早いんだよね、

 きっと。」


 何となく話を聞いて納得できない

 行動もちらほら、見えてくる。


 心と体のアンバランスってことを

 説明されても、

 手を出す出さないはどう受け止めれば

 良いのか分からなかった。


 なおさら、自分自身は好きではない

 男の人と事を済ましてしまったため、

 さとしの気持ちを受け入れなかった。


 それが男と女の違いなんだろうか。

 そんな話をしながら、

 目的地のショッピングモールに着いた。

 

 土曜日ということで、

 家族連れやカップル等のお客さんで

 駐車場は混み合っていた。

 時間はお昼に差し掛かっている。


「ごめん、1回手を離すよ?」



 さっきの、話をスルーして運転に集中し始めた。紗栄の右手から離れていく。

 温かさが消えて、寂しさを覚えた。


「はい、着きました。って、

 話の続きなんだけど、

 俺はまるで女たらしのように

 思っているようだけど、

 全然違うから。

 一人一人の人間として向き合っているし、体の相性悪かったですねってすぐ捨てる男じゃないし。

 むしろ…最後は振られていることの方が多いんだよ。彼女のこと大事にしているつもりが、重いだの、全然好きじゃないでしょって言われたりして…はっきり言って女性恐怖症なりつつあるんだよ、俺は。」


 半分泣きそうな表情で話し始める。来るもの拒まず、去るもの追わず精神で来ていたようだが、さすがのさとしも恋愛というものお手上げになりそうだった。



「モテる男は辛いね。」



「本当にそう! …って自慢するわけじゃないけど、女子を全員敵に回したら末恐ろしいもんだよ。ま、とりあえず、買い物行こう。ここなら、知っている人いないと思うから。」


 さとしは助手席側に移動して、右手を差し出した。段差があったため、パンプスでは動きづらそうだろうと予測していた。男気がここで出るんだろうなと感じてしまう。女性はこういう態度をあらうる女の人にしているかと思うと、嫉妬してしまう。それを含めて嫌になる女子もいるだろうと紗栄は考えた。



「ほら、手繋ぎたいんでしょう。寒いからポケットね。」


 車のドアを閉めると、左手を差し出した。紗栄は素直に受け止める。人前で手を繋いだことがなかったから、恥ずかしさが片耳の色にあらわれた。うさぎの目にみたいに真っ赤になった。


「ん? 寒いの?」


「べ、別に。大丈夫。行こう。」


「そう。そういや、紗栄って、ピアスする人だったんだね。高校の時、耳の穴開けてなかったよね。」


 耳を指差して言う。紗栄は両耳に穴が開いていた。左耳は2つ。右耳は1つ開いていた。


「なんで3つ?」


「んー、人生割り切れないからかな。」


 笑いながら、答えた。理由なんてなかった。耳に穴開けると人生変わるってジンクスを信じてたから。そんなのは本当は無いんだろう。



「んじゃ、ピアスも探そう。10年ぶりの再会記念にプレゼント交換ってことで、俺はZIPPOライターが欲しいかな。」


 おもむろに右ポケットから100円ライターを出してみせた。



「え?さとし、タバコ吸うの?優等生が吸っているイメージ無いけど…。」



「寝る前とか、お酒飲む時とかね。人前では吸うところ見せないけど、愛煙家は肩身が狭いからね。会社でも禁煙だしさ。って、今は電子タバコを持ち歩いているけど、タバコの方が落ち着くのよ。」



「まぁ、男子はタバコ吸うのかっこいいってどこか思ってるよねきっと。体に悪いってわかってて吸うもんね。私は嫌いじゃないよ、フレーバータバコなら…。」


 歩きながら、さとしは幾分安心した。取り繕って吸うことを隠すことが多かったため、理解してくれて嬉しかった。



「でも、いちばんの目的は、恭子の結婚祝いだよ。その後に、プレゼント交換ってことで別行動しよう。」



「了解。んじゃ、先にお店の地図見ていい? ここのモール広すぎてどこにあるか分からないだよね。かいしゃのショップは…南側かな」


 インフォメーションセンターの近くにある大きなテレビにお店の地図が表示されていた。フロアガイドをチェックした。


「結構歩くけどいい?」



「まぁ、パンプスだけど、良い運動だから。大丈夫。」


「無理するなって、パンプスの長距離は靴擦れになったりするから途中で靴屋にも寄ろう。家出る前に確認しておけばよかったな。気づかなくてごめんな。」


 紗栄自身が選んで決めた靴だったが、長距離を歩くなんて予想はできなかったから、さとしが謝るなんてと拍子抜けした。


「ううん。大丈夫。私は平気だよ。靴擦れくらい絆創膏貼ればいいし、そんな新しい靴買わなくても……。」


 足元さえも気にしてくれるやさしさが嬉しかった。


「絆創膏は俺持ってるから、痛くなったら言って。んじゃ、あっちだから行こう。」



 絆創膏と言っておいて持っていたバックには財布とスマホとハンカチティッシュしか入ってない女子力の低い紗栄。小さな黒い斜めかけバックに絆創膏が入ってるとは予想だにしなかった。


女子より女子力あるさとしだった。さとしは、これでもかってくらいに手を繋いでくれた。建物の中に入ったからか今度はポケットじゃなく、指からめ手繋ぎだった。手を繋ぐだけでも、鼓動が止まらなかった。


目的地のショップまでは、600mほどあった。人々は行き交う通路で手を繋ぎながら、進んでいく。時々、小さな男の子や女の子がチラチラとこちらを見ているのが恥ずかしかった。カップルが物珍しいようだ。 


 すると、向こうからカツカツとハイヒールを履いたポニーテールのバリバリのキャリアウーマンの女性がこちらに向かって歩いてきた。鬼のような形相でやってきた。


 バシン!


 その女性はさとしの頬を突然叩いた。


「仕事を失敗をそっちのけでデートしてる場合なの? 大越、今すぐ発注ミスの謝罪に行きなさい。本社に戻って確認しなさい。」


 頬を叩かれて、体ごと吹っ飛んださとしは、起き上がって、最敬礼した。


「申し訳ありませんでした。スマホの電源を落としておりましたので、気づきませんでした。今すぐ、対応いたします。失礼いたします。」


 天国から地獄に突き落とされた気分だっ

た。目の前にいるのは、さとしの上司だった。どうやら、商品の発注ミスが生じていたらしい。休日だと思い、スマホの電源を押していたが、電源を入れた瞬間、鬼電着信が10件以上入っていた。休日返上で取引先に謝罪に行かないといけないようだ。事の重大さに改めて気づく。


「紗栄、ごめん。買い物改めて、約束するから、家戻って良い?」


 顔の目の前で両手を合わせた。紗栄は致し方ない事だと諦めた。


「うん。仕事なんでしょう。仕方ないよ、すぐ戻ろう。」


「あ、貴女、あまり、大越に仕事の邪魔しないでいただける?メールチェックしたらすぐに本社に連絡しなさい。」


 そう、投げ捨てて、ポニーテール女性はハイヒール音を立てて立ち去った。


「…私、邪魔ですか?」


「違う違う。あれは嫉妬だから気にしないで。」


「え?嫉妬?」


「ごめん、あれ、元彼女。上司でもあるんだけどね。別れてから昇格して尚更、俺の風あたりが悪くなってて…なんでこっちの店舗に来てるんだか……。」


 額を抑えて落胆した。せっかくのデートができなくなったことがすごく残念がっている。


「え?? さっきの人が彼女だったの?」


 紗栄は驚きを隠せずにいた。せっかく来たショッピングモールを車まで寂しく戻った。ウキウキして車から出た気持ちが一気に冷めてがっかりしてしまった。

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