第12話
冬だと言うのに連日雨が降り続いていた。真冬用に買ったダウンジャケットがびしょ濡れになった。オシャレもオシャレにならない。おかしいなあ、防水ジャケットじゃなかったみたいだ。バーゲンセールで買った安物だからかな。傘もささずに家路を急いだ。思っている以上に土砂降りになってきて、閉店でシャッターが閉まってるお店の屋根で雨宿りすることにした。昔ならここで、路上ライブやってただろうにと懐かしんだ。隣にも同じように雨で濡れた黒のトレンチコートを着た男性がバックを傘がわりにして雨宿りにやってきた。
「雨、急に降ってきましたね。」
「あ、そうですね。」
街の電灯が遠くて光っていて、少し暗かった。いつまで雨宿りしようか。初めて会った人とは思えない対応をしてしまい、恥ずかしくなった。明後日の方向を向いた。
「…終電間に合うかなあ。」
「た、確かに、今22時半だから、あと1時間あるかないか…。」
腕時計の時間を見て、現状確認をした。終電は確かに23時30分発の電車だったはずと頭の中で思い出した。丸メガネが少し曇った。
「さ、紗栄だよね?」
横顔を確認して男性は言う。あまりにも唐突に驚きを隠せない。
「え?」
返答を待たずに、ハグをされた。動揺を隠せない。
「ちょちょ……ちょっとやめてください!」
両手でどんっと押した。持っていたそれぞれのバックが水溜まりに落ちた。
「おっと…力強すぎ。ごめんごめん。久しぶりすぎて感動しちゃって…悪かったよ。」
「だ、誰ですか?」
メガネを付けたり外したりして頭から足の先まで見倒した。視力が落ちてきていたようだ。
「そんな俺のこと忘れた?」
「申し訳ないんですが、どなたか分かりません。」
「え?! マジで人違い? 申し訳ありません。本当に高校の同級生に似ていたので声かけてしまいました。」
血相を変えて、慌てて、その場でびしょ濡れの中、土下座している。その様子を一部始終見つめていた。
「……ふふふ。」
(ん? 笑ってる?)
土下座をした格好から上を見上げた。さっきまでメガネしていた彼女は、メガネを外していて、ポニーテールの髪をほどいた。
「忘れるも何も…この姿見られたくなかった。この辺に来てるなら前もって連絡入れてよ。」
「なんだよ! 謝り損じゃん。何、さっきの演技?びっくりしたんだけど。」
さとしは安堵した。黒のスーツにビシッとコートを着て、サラリーマンな格好になっていた。紗栄は、厚化粧にストッキング、ヒールの高いパンプスを、履いてOLな格好をしていた。ゴムをほどいた髪はサラサラしていた。お互いに会うのは高校卒業以来だった。結局のところ、2人は交際まで発展することなく、学校でも放課後や休日に会う同士のような存在になっていた。周りから見たら付き合っているでしょうと勘違いされていたが、付き合うには定番の手を繋ぐことをしなければ、それ以上のことはなかった。身近に駆け落ち同然でアメリカへ旅立った花鈴と裕樹の行動が大胆すぎて拍子抜けしたのか両親の目もあり、事を荒立てたくなかった。個人が輝くことを恐れていて、光を灯してくれるさとしの存在で平静を保っていた。花鈴は、まだ、中学2年生で学校での居場所がなくなり、自宅では塀に落書きをされ、後ろ指さされることも珍しくない。そんな中で宮島裕樹というどこの馬の骨か知らない男にアメリカへモデルの仕事をさせますと雪村の両親に懇願された日には、紗栄も戸惑いを隠せなかった。両親は迷いながら決断できず、帰宅させたが、2人はそのまま承諾も得ずに、荷物をまとめていつの間にか飛行機に乗って旅立っていた。宮島裕樹には、仕事を辞めるまで働き詰めであったため、一時的に結婚していたが、お金を使う場面が少なかった。アメリカで生活できるくらいの資金はたくさんあった。両親の力を借りずとも行動することができたのだ。人生を花鈴へ投げ打ってでも行動する原動力は何だったのか。それは、本人も未だに具体的な理由は検討もできなかった。そんな環境が間近で行われており、突然の2人がいなくなったショックで尚更紗栄とさとしの存在は近くなっていたが、兄妹のような感覚になっていたのかもしれない。
「ねぇ…せっかくだから、明日、土曜日で週末だし、飲みに行かない? 終電なんて気にしないでさ。」
「お、おう。俺はまださっきの嘘で許せないけどな。お詫びにおごってもらおうかな。」
「は? やだよぉ。こういうのは男が出すんだよ。」
「それは男女差別だよ。人類みな平等!」
紗栄とさとしは27歳でそこそこ良い大人になっていた。荒波の社会に出てから5年が経ち、それぞれの人生に油がのって来ている頃だった。
小洒落た居酒屋の暖簾をくぐると、もう22時だというのに活気に溢れていた。
「ここのお店、俺の行きつけなんだ。ほら奥のほうに行こう。」
紗栄の腕を掴み、新しく手に入れたおもちゃにはしゃぐような子どものように前に進んだ。久しぶりに再会したのが凄く嬉しかったようだ。席に着くとすぐに
「紗栄、ビール飲める?」
「うん。1杯なら…」
「んじゃ、あと適当に頼むね。」
さとしはこのお店の注文に慣れているのか率先して店長のところにメニューを持って指差しながら頼みに行った。もどってくると
「ここって、タブレットで頼むんじゃないんだね。古風な感じだね。」
「そうそう、小さな居酒屋だからね、今日はホールスタッフが休みだから店長に直接注文するのよ。来慣れてるから任せてよ。注文したの来るまで待ってて。」
さとしはおしぼりを片手にお店を見渡していた。紗栄は、おしぼりで手を拭いていた。
「仕事、順調?」
「まずまずね。俺、今中間管理職みたいに上司と新人の間取り持つのに大変なんだよ。スムーズに仕事勧めるには愚痴聞き役も必要なんだよね……そんな俺にも愚痴聞き役が欲しいところ……なんてね。紗栄は?」
「ふーん。さとしは、うまく立ち振る舞いしてるんだね。私は、いつも嫌な仕事尻拭いする役回りで本来の仕事出来てないことばかりだなあ。お給料頂いてるから不満言わずにとりあえずがんばっているよ。」
ビールの入ったジョッキが2つ運ばれて来た。
「まずは、乾杯しよう。久しぶりの再会に。」
カツンと綺麗な音が鳴った。ごくんと飲むとため息をついた。
「やっぱ、おいしいわ。……紗栄は昔から我慢することが多いんだなあ。自分のやりたいこと隠して陰キャラで三年間高校通おうとしたって言ってたけど、俺がそれをぶち壊したからなあ。素のままで生きてた方が楽だって、大人になったら周り伺うことも多くなるけど、学生時代は自由で良いと思うけどなあ…ま、俺もそこまで自由には生きられなかったけど。」
口の周りについたビールの泡拭って話し出す。
「ぶち壊したって…別にあれは…。さとしじゃないと思うけども…確かに学生時代に自由にやっておけば良かったなって後悔することは多いけどね。まあ、それが私の生きる道だし、過去は変えられないから。」
ふと目を下に向けると、ビールジョッキを持つ左手中指にシルバーリンクがキラリと輝いた。さとしの手の骨筋にらしくもない指輪を見て、咄嗟に手が出た。
「ねえ、これって…。」
右手の人差し指で指輪をさした。慌てて、さとしは後ろに隠そうとする。
「指輪だよ。ただの指輪。」
「えー、さとしらしくない指輪。アクセサリーなんて、つけたことなかったじゃない。」
「俺だって、おしゃれするの。良いから。気にするなって。それより、花鈴、日本に帰って来てるって?」
ちょっと不審がる紗栄、そのまま話を続ける。
「ああ、うん。分からないけど、そうみたいだね。私、連絡取ってないし、メディアでしか情報知らないよ。」
「え? 姉妹なのに、1回も連絡しないの?」
「当たり前だよ。さとしも知ってるじゃん、花鈴たちが親と勘当同然で家出て行ったの。あれから一切親子でも私でもラインの連絡さえ知らないよ。」
さとしはため息をついた。スマホをぽちぽちと触り始めて、Instagramの写真を差し出した。
「んじゃ、紗栄の甥っ子も見てないわけだ。ほら。」
「え? え? うそ、花鈴に子ども? 相手は誰よ?」
さとしのスマホをガン見した。紗栄は興味津々だった。
「めっちゃ可愛い。まつ毛長いし女の子みたいで、目も大きいし鼻も高い。こりゃ、アイドルになる顔だわ。」
しみじみおばちゃんみたいな発言をしている。目に入れても痛くないように溺愛しそうだった。
「そりゃ、加工してるでしょ。一応。有名人だもん。騙されすぎだよ、紗栄。悪い男にひっかかりそうだよ、その発言。」
スマホを返されて、ぼやく。苦笑が止まらないさとしだった。連絡は取らずともInstagramやTwitterなどのSNSで花鈴の情報が垣間見れる。一昔前はこのSNSを幾度となく恨んだことか。こうやって活用できることに安堵している。
「…花鈴、元気そうで良かった。」
写真の隅に甥っ子を抱っこする花鈴の姿を見て紗栄はそっとつぶやいた。そんなこんなでいろんな話しながら、ビールから始まり、焼き鳥を食べながらレモンサワー、麦焼酎、ワイン、たくさん、飲んで眠くなって来たのか、紗栄はその場で顔を埋めてしまった。さとしは、それを見てやれやれとジャケットをそっとかけてあげた。飲んでも平然とできるらしい。残った焼き鳥や枝豆を寂しく食べた。
「すいません、そろそろラストオーダーです。」
「あ、はい。もうお勘定で大丈夫です。」
テーブルにあった伝票バインダーを店長に渡した。いつの間にか賑わっていた居酒屋もさとしと紗栄だけになっていた。時刻は午前2時を過ぎていた。
「珍しいですね、同い年?くらいの子と飲みに来るの。いつもマダム?の方と一緒なのに…。」
行きつけの店長と言うこともあり、さとしの素性を知っていた。恥ずかしさが込み上げてきた。
「あ、ああ。あの人は職場の先輩で先月、退職したんです。一緒に飲みに来てたんですけど、他県に異動になってしまって…。あ、別にすぐ乗り換えて彼女って訳じゃなく、高校の時の同級生で、たまたま近くで会ってそれで。」
「そうだったんですか。閉店まで飲むの初めてですよね。よほど、気が合う方なんですね。良いですね、そう言うの。私にもそう言う方がいれば…。」
店長が泣きそうになっている。ずっと独身で彼女がいないことを悔やんでいる。お釣りを渡す手が震えている。
「店長、今度、女の子連れて来ますから!泣かないでください。その代わり、今日のお会計安くしてください。お願いします。ついでにタクシー電話してもらってもいいですか?」
「さとしさん、それは本当ですか? 絶対ですよ。そしたら、この端数の分はおまけしますから、タクシー電話ですね。承知しました!」
長くこの居酒屋通ってて良かったなと思ったさとしだった。店長も気さくに話しかけてくれる優しい人で1人でも通える居酒屋だった。さとしは酔って寝ている紗栄を背負ってタクシーに乗せた。荷物を店から取りに行って、後部座席の紗栄の隣に乗り、膝枕をした。寝ぼけている紗栄はどこか懐かしさを覚えた。この膝枕どこかで…。
「んー、ん? ここどこ?」
「ごめん。起こした? お店閉店時間だったから今タクシー乗ったよ。紗栄、家が遠いなら始発時間まで俺の家寄って行きなよ。今向かってるから。着くまで寝てて良いよ。」
寝ぼけ眼で状況が読み込めず、子どものように寝てて良いよの言葉にすぐに寝ついてしまった。さとしは、紗栄の頭をそっと撫でながら窓から外をのぞいて、いまだに光るイルミネーションを眺めて、夜景を楽しんでいた。このまま時間が止まってしまえばいいのにと感じながらーー
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