第11話
まだまだ電灯もついていない公園。太陽が雲ひとつない空で輝いていた。芝生に一つのサッカーボールが転がっている。そこにまだ言葉を覚えたばかりの男の子が小さな両腕を振って走っていた。よいしょと足で蹴ろうとしたら、コテンと転げた。後ろに倒れたので、泣き叫ぶと思ったら、ケタケタと笑い始めた。男の子の母親は、ヒヤヒヤしながら、駆け寄ってくる。遠くでボールを受けようとする男性が腕を大きく振っている。
「おーーい。こっちにボール蹴っておいでー。」
転んだことなどお構いなしに叫んでいる。
「ちょっと待ってよ。今、転んだんだよ? ねぇ、こうちゃん。大丈夫?」
こうちゃんと呼ばれた男の子は、笑いながらヨイショと起き上がり、
「あぁ、あ。ワンワン! ワンワン!」
突然、横を通りかかったチワワとダックスフンドのお散歩をしていた男女がいた。こうは、ボールなんてそっちのけで二匹の犬を追いかけた。ボールは寂しげに転がっていく。
「こうちゃん、サッカーしないの?」
「しない、しない。ワンワン! かあいいねぇ」
「可愛いねえ。」
散歩をしていたおそらく夫婦であろう2人に可愛いとこうが褒められた。犬より子供が可愛いということなのだろう。もちろん、飼い主であるのだから犬も可愛いと思うのだけど、他の子供や犬を見ると何故か可愛く見えてしまう。毎日一緒にいるとそうなるのか。母親である花鈴は、ため息をついて、こうを抱っこした。
「こうちゃん、ワンちゃん可愛いんだね。優しくしてあげるんだよ。」
「ワンワン、ワンワン。見る!」
「こうは、サッカーより犬の方が興味あるのかな。」
両脇に手をあてていう。こうは、花梨の抱っこから抜け出そうとした。
「裕樹は、気が早いんだよ。まだ2歳半なんだから、自由に公園で遊ばせようよ。サッカーに興味持つにはもう少し先でしょう。」
「……あ、修二。この人、あのモデルさんじゃない?」
2匹を散歩させていた女性が話し出す。
「あ、そうかも。すいません、プライベート中に。モデルのKARINさんですよね? 最近話題の逆輸入モデルって言われてる。」
「……あ……バレちゃいました?」
花鈴は、こうを抱っこからおろして、変装マスクとキャップ帽子を外した。こうは、裕樹のところに向かって抱っこをせがんでいた。
「変装してても、すぐバレちゃうんですね。」
「雑誌で同じ格好してるのありましたから、すぐ気づきましたよ。アメリカで活躍されていた時からずっとファンなんです。握手とサインしてもらってもいいですか?」
女性は、バックから手帳とボールペンを取り出した。花鈴は少し恥ずかしそうに承諾した。
「ありがとうございました。ご家族でおたのしみのところ、お邪魔してすいません。」
「いえ、大丈夫です。これからも応援よろしくお願いします。」
花鈴はお辞儀を丁寧にした。こうも手をふってお別れした。
「ワンワン、バイバイ!」
「バイバイ!」
笑顔で花梨のファンの飼い主さんは手を振り返してくれた。
「……良かったな。日本にあんな優しいファンがいてさ。渡米した甲斐があったな、やっぱ。」
しみじみ裕樹は言う。
「うん。そうだね。」
公園の遊具に行きたいと言うこうにトコトコの歩幅に着いて行きながら話し出す。
「でもさ、こうなったのも、あの時裕樹に会えたからできたことだけど。もし、会えてなかったらモデルはやっていなかったと思う。不思議だよね。まさか、あの電車オタクの裕樹がモデルのマネージャーするなんて……。」
「あれから十年か。俺だって、仕事辞めて無職になって危機感じていたんだぞ。マンチカンのマスターに提案されなかったらそのままホームレスだし。同級生の縁って大切だな。マジで良かった。俺にはマネージメント能力あるってことだね。」
裕樹は、胸張って自慢し始めた。花鈴はぷちっと切れた。
「は? 素材が1番に決まってるでしょ。調子乗らないでよね。」
痴話喧嘩が始まった。雪村花鈴と宮島裕樹は、仕事のパートナーでもあり、夫婦でもあった。あの、駅のホームで起きた事件は結局は冤罪でお掃除ロボットが原因だったが、それを訴えることは不可能に近かった。
さとしの行きつけでもあり家族のマンチカンのマスターは、宮島裕樹の中学時代の同級生だった。昔のよしみで意気投合し、仕事を辞めてきたというと、今の現状を脱却するには、日本ではないアメリカへ飛ぶこと。花鈴は元々読者モデルの仕事をしていた。その雑誌の編集者つながりでアメリカの編集者に仕事は無いかとお願いして、見習いモデルから始めた。今の日本ではSNSで非難され、モデル業も出来なくなっていた。モデルそのものの仕事には評判も上々だったため、見込みがあったそうだ。そして、その身の回りのお世話係に抜擢されたのは宮島裕樹だった。後に、アメリカでの仕事もどんどん請け負うようになり、個人事務所を立ちあげるまで成長した。そして、仕事でもプライベートでも四六時中一緒にいるのならいっそのこと結婚してしまおうと花鈴が20歳の誕生日に結婚することになった。裕樹はすでに38歳になっていた。彼にとっては2度目の結婚となる。そんなこんなで仕事しながら結婚生活を送り、2年目で洸(こう)が生まれた。ちょうど日本に帰国したばかりだった。
「まんま、まんま。あれ、あれ。」
まだ言葉にならない言葉がとても可愛いお年頃だった。ブランコを指差している。
「はいはい。ブランコね。」
花鈴は、抱っこしてブランコにのった。洸はゆれるのがすごく好きらしい。キャキャ喜んでいる。
宮島裕樹と結婚して宮島花鈴となった。2人の生活は、洸を中心にのんびりしていた。その頃、雪村紗栄はどうしていたのだろう。
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