第2話
母が花鈴を産んで、翌日の入院二日目
「美智子さん! あまり抱っこしすぎると抱き癖がつくからやめなさい。あとね、ミルクは栄養たっぷり入ってるんだから無理しておっぱい飲ませなくて良いのよ? わかった?」
(古い考えだなぁ・・・助産師さんからいっぱい抱っこしてとか、母乳をたくさん飲ませてとか言われてるのに)
美智子は病室のベッドの上で、花鈴を抱っこしながらぼんやりしていた。
「美智子さん、聞いてる?」
義母の芳子は、
身の回りの片付けや掃除をしながら、
言う。
とても忙しない。
顔の目の前まで来て覗いて
「あ、はい。そうですね。気をつけますね。あれ、そういえば、お義母さん、今日フラダンスの日じゃなかったでしたっけ? 大丈夫ですか?間に合いますか?」
芳子は、専業主婦で、習い事をしている。
毎週火曜日水曜日にフラダンスに通ってる。
地元の奥様たちの井戸端会議の場所でもある。
「あら、そうよね。忘れてたわ! 美智子さんが赤ちゃん産まれたからあわててきたのよ。
はい、お祝い。ベビーグッズって今はたくさんあるわよね。なにかと物入りでしょ? 子育てがんばってね。」
芳子は、そう言うと、金色の鶴が飾られたお祝儀袋を美智子に手渡した。
豪華なご祝儀で気合い負けしそうだった。
「わざわざ、すみません。ありがとうございます。花鈴も喜びます。」
「そうそう、お返しはいらないからね! 必要なもの買うのになんでお返しをするのか分からないわ。絶対用意しないでね。」
額にしわ寄せて芳子は言った。
黙って頷いた美智子は、冷や汗が止まらなかった。
(逆にこう言われるとお返ししなきゃと思ってしまうんだけど・・・)
高級なブランドバッグを抱えて、芳子は、手を振って立ち去った。
病室の引き戸が閉まると、美智子はふぅーとため息をついた。
気疲れがたまっている証拠だった。
良い嫁を演じるには疲れるなとしみじみ感じる。
花鈴が静かに眠っている。
母乳をたっぷり飲んで満足しているようだった。
二人目となると母乳の出も早いようで、頑張って飲んでくれる。
それだけで安堵することもある。
義母のことや、育児、家事そして旦那のことで、様々な出来事をこなしていけるのかと出産する前から不安になることが多かった。
いざ、こうして出産してみると、意外と体は自動的に動いていて、疲れは後から気づくことがある。
周囲の助けがなければ、毎日が蟻地獄の中にいるかのように埋もれてしまう。
そんな気がしてままならなかった。
二人育児という名の戦いの火蓋が切られた。
母はそう、私に常々お説教のように言ってくる。三十を過ぎ私に未だ子供扱いすることも少なくない。
花鈴が生まれて、
三年の月日が流れた。
私は、小学校に入学し、妹は保育園に入園となった。
母が、育児と家事をしながら、やっとの思いで見つけた新しい仕事。
そして同時に保活。
就職先を見つけないと保育園には入れないこの制度。
幾度となく、世の中の母親に難易度の高いミッションを与えようとするのか、母はどこに怒りをぶつければいいのかストレスはたまる一方だと話す。
新しく決まった仕事はデスクワークで、書類をとにかく作るところらしい。
体力は、さほど使わないが、視力とコミュケーション能力が必要らしい。
フルタイムでこれなら必ず保育園に入れるという理由で決めた。
保育園に入るには、いくらでもポイントをあげないとはいれない。
入園申込書の説明書には
●両親共に就労していること。
●パートタイム保育時間制限あり。
フルタイム優先。
●同居の祖父母がいるかいないか。
と 書かれていた。
この条件でないと
保育園には入れない。
もちろん、放課後児童クラブ(学童)もおおよそ同じ仕組みで入る。
母は、必死で頑張ろうとした。
長く仕事を続けながら、私たち姉妹育てようとした。
でも、あの出来事が起きなければ、続けられたかもしれない。
人生は、当たり前の日常があることに気づいた時、きっとしあわせを感じるはず。
「美智子、俺の靴下しらない? 昨日穴あいててさ。ストック無いんだけど。」
父はいつも自分の服の管理をしていない。すべて母が管理していた。
「あのさ、子どもたちは大きくなって服の管理やり始めてるのにどうして、あなたは私にきく?」
そう言いながらも母はすぐに靴下を準備している。
なんだかんだで優しい。
そんな様子を見ていると、私は長女だからしっかりしなきゃと思い、母に頼るのを自然と少なくなっていた。
まだ、小学一年生、甘えたい盛りだったはず。
私は、無理していたのかもしれない。
子どもながらに、大人のような考えで、そう言いながらも黙って母に頼ることが多かった。
素直にお願いなんて言えない。
そんな複雑な気持ちでいっぱいだった。
それとは反対に妹の花鈴は、お構いなしで毎日毎朝、母にわがまま言いたい放題、駄々をこねるのも日常茶判事。
どうして、そんなに甘えるの。
ずるいって思う。
甘えられない原因は妹にもあったかもしれない。
「んじゃ、いってきます。」
「はい、いってらっしゃい。」
母はブツブツ文句を言いながら父を送り出す。
毎朝のことだった。
私は慣れっこだった。
文句の内容は、『私は働きながら家事してるのに!』だった。
どうして、働いている家事の分担はいつも女の人が多いのだろうか。
原始時代でいうと、女はお家と子どもたちを守り、男は狩りという名の仕事をしてくる。
それが、動物のお猿で言うと、それは自然の流れで成り立っているが、現代の人間の男は、草食系男子と言われる人が増えて、女子はオス化になっているというネットニュースを見た。
確かに料理のできない女子が増えているとも、ガツガツ仕事ができない男子もいる。
それはきっと進化しているのでは無くて、退化しているのではと感じてしまうが、母はまだ昔ながらの奥ゆかしき女をこなしている気がする。
それも、少し今の時代には損している考え方かもしれない。
古き良き考えは、無駄に体力を使い、頭を使う。
料理もレトルトにしてしまえば、買って温めて食べるだけだが、だしから作って材料切って鍋で煮てをすると、レシピを考えて材料揃えて作る工程も考える。
一品の料理で脳をフル回転させないとできないことだ。
仕事をしていたら、なおのこと、かなりの労力を使う。
ましてや、子育てとなると、保育園や学校のお便りを見て、図工の準備で牛乳パック用意するとか、運動会で白のシャツ用意するとか、毎日の生活送るだけでも頭を使うのに、さらにって、どれくらいのヒットポイントがあればできるんですか。
できることなら、マジックポイント使いたいですって勢いですが、そんなの現実的には無理です。
それくらい世の中の母というのはいろんなことを考え、相当の体力を消耗して生きているのだと、私は三十歳になって身に染みて感じていた。
時代に合わせた生き方すれば、楽に生きられたかもねと、母は孫見てその時のことを思い出すように言っていた。
話を戻すと、子育て最中の母は、そんなこと考える暇もなく、毎日ミッションをこなすので精一杯だった。
私のこともかわいそうとか、思うことできなかった。
大人になってあの時寂しかったとか辛かったと伝えるとごめんねといわれたが、何故かその言葉に私は納得できなかった。
妹みたいに嫌だったら嫌って伝えれば良かった。
どうして静かにしていたんだろう。
ごめんねって言わせたいんじゃない。
たくさんの我慢していたことあったから頑張ってた、いい子にしてた。
ありがとうって言ってほしい。
そんな大人になってから言われても、言ってほしいことも受け止められない私になる。
どうして、目が大きい猫みたいに妹ばかり可愛いの?
私はそばかすたくさんあって、目もこんなに垂れ下がって小さいし、体も無駄に大きくなって誰も私を可愛いなんて言ってくれなくなった。
劣等感のかたまり
学校でも誰一人話しかけてくれなくなった。
休憩時間は図書室で借りた本をずっと読んでいた。
あえて誰も興味持たなそうな難しそうな文字だらけの芥川龍之介の『蜘蛛の糸』や『鼻』話しかけられたくないから、本にもブックカバーつけて、タイトルを隠す。
今は小さい子にも読めるようにふりがながついて解説付きもあるから助かる。
私にとって、本は、友達だった。
本読めばどんな世界にも行ける。
気分転換になっていた。
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