月と太陽
もちっぱち
第1話
月と太陽。私は、月。
誰かがいないと輝くことができない。
一人で輝けるところやものがない。
影になる部分が多くて、
満月になれず、三日月のまま。
ずっと未完成。
どんなに完璧さを求めても未完成。
満月にはずっとなれないと
思い込んでいた。
六月十一日、
梅雨入りが始まる前に
降り始めた雨の中、
病院で産声を上げた。
「おかあさん、がんばりましたね。元気な女の子ですよ。」
息切れをして、額に汗をたっぷり吹き出していた母、美智子は、笑顔を見せた 。普通分娩だったが、生まれる前に八時間もかかった。
とても、苦しい思いをしたはずなのに、母は笑っていた。
「やっと、お顔見れたね。ありがとう。」
はたから見たら、普通の元気な女の子だったのかもしれない。
誰も比べる対象がいなかったから、赤ちゃんを見ただけで可愛いと言う。
叔母さんもいとこのお兄ちゃんも、みんな素直に可愛いって、絶賛してた。
でも、祖母は違った。
抱っこしてすぐに私の顔を見て、こう言った。
「んー、あんまり可愛くないね。ここの、目離れたところとか、誰に似たんだろうねー。」
七十歳近いおばあちゃんだから、視力が落ちていたかも。
認知症が始まっていただろうと、都合の良いように解釈して、母は見てくれただけでもありがたいと黙って見守った。
出産を、経験したからか、母は強かった。
精神的にも肉体的にも、強くならねばなかった。
「可愛いよ。私が頑張って産んだ子なんだから。」
おやつの時間だからと、みんなすぐ帰って行って、母は私を抱っこしながらそうつぶやいたそうだ。
そんな祖母の尻目をよそに、母との時間を濃密に過ごした二年間。
私にとっての悪魔があらわれた。
ギラギラに輝いた太陽に、暑苦しいミンミンゼミの鳴き声が響き渡る。
そんな日にあいつは生まれた。
「元気な女の子ですよ。」
親戚みんなが産婦人科に集まった。
叔母さん、叔父さん、いとこのりょう兄ちゃんと弟のたけしくん。
私が生まれる時よりも大勢で赤ちゃんを出迎えた。
母は、二人目とあってか余裕な表情だった。
夏の暑さで汗はかいていたが平気そうだった。
破水からたった四時間で生まれたのは、私の悪魔のように思えた花鈴だった。
「ちょっとーーー、めっちゃ可愛いジャーン」
叔母さんは彼女を見て言った。
ハートの目をして、女の子が羨ましいアピールしていた。
まるで、女子高校生のようだ。
「ありがとう。華絵ちゃん。」
母は、少し疲れた顔で返事をした。
長い間、お腹の中の子を連れながら、過ごしてきた。
出産して、スッキリした分、疲れもあるだろう。
「美智子、あとは授乳とかで休めないかもしれないが、看護師さんに頼りながらやるんだぞ。紗栄のことは任せておけ。」
「兄ちゃんはこう言う時に役に立つからね。」
「はいはい。」
私は、勝彦叔父さんのところで、母が入院中、過ごすことになっている。
まだ3歳で母の存在が大きい心境で離されそうになる。
とっさにベッドのふとんにしがみついた。
「やだ。」
「紗栄、ごめんね。おかあさん、赤ちゃんのお世話で紗栄のことしっかり見れないのよ。退院したら、一緒に遊ぶから、ね?」
目から涙が溢れ出て止まらない。
黙って泣く。
母の妊娠中も我慢することが多かった。
切迫流産になりかけて、母は倒れて、私は入院するたびにいとこの家に置いて行かれた。
歳の離れたニ人は私に意地悪する。
持っていた私の大事なぬいぐるみを押し入れに隠された。
おもしろがってやってるのはわかっていたが、許せかった。
「絶対いやだ!」
完全拒否反応の紗栄。
いとこたちは、
笑いながらこちらを見てる。
「甘えっ子ー、甘えっ子ー」
「おい、たけし、静かにしろ。紗栄ちゃん、一緒に行こう。おかあさん、忙しいから、ほら、今日は紗栄ちゃんの好きなお好み焼きにするから、な。」
それでも断固として動かない私を見て、母はこう言った。
「兄ちゃん、ごめん。紗栄、しばらく離れてたから落ち着かないみたい。修ちゃんが仕事から帰ってきたらそっちに送るよう頼むから、先に帰っててくれない?」
いとこたちから、からかわれてる紗栄を見て、母はかわいそうに思ったらしく、短時間だけでも一緒に過ごそうと考えた。
父が帰ってきてからと聞いて、紗栄は嬉しかった。
「おう、美智子がそれで良いなら•••。紗栄ちゃんもおかあさんと一緒が良いもんな。よし、俺らは、帰るか。ほらほら、行くぞ。」
勝彦叔父さんは、家族みんなを連れて、静かに病室を後にした。
相変わらず、いとこたちは終始たたき合いのケンカをしていた。
紗栄はあの中には入れないといつも感じていた。
叔父さんたちはそのケンカを即座に静止させていたが、止める気配はいつもなかった。
親の隙を狙ってすぐにケンカしていた。殴る蹴るの叩き合いが多い兄弟だった。
病室が静かになって、ふと母は私の頭に手をやった。
横には小さなベッドに寝ている花鈴がいた。
生まれたばかりで目を開けられない。
そんな彼女の横で母を独占できている。
この上ない喜びで満たされていた。
「おかあさんいなくてさびしかった?」
「うん」
静かに頷いた。
長い時間、一緒にいたいと思った。
いとこたちにいじめられるくらいならここでのんびりゆったりとした時間を過ごしたかった。
でも、それは叶わなかった。
窓から橙色の夕日が差し込んだ。
まもなく、日が暮れようとしている。
どこか寂しさを感じた。
突然、火を吹くように、
花鈴が泣き叫んだ。
「あらあら、オムツかな。お腹すいたのかな。よーし、よーし。」
そそくさと母は花鈴を抱き上げた。
産後の身体をふらふらしながら、
体力を振り絞って動く母を見て、怒りを覚える。
どうして、困らせるの。
私はもう、大きくて、
お利口でいられる。
母をいじめないでほしい。
いや、これはもう嫉妬。
分かっている。
抱っこされているのに
まだ泣いている。
「これは、黄昏泣きかな。夕方だもんね。」
泣き声を聞くだけでうんざりしていた。
私と母の時間を奪われた気がして悔しかった。
可愛いはずなのに、小さくてまだ目を開けられないのに、どうしてこんなに憎いのだろう。
逃げ出したくなった。
私を見て欲しくて病室を大きな音を出して飛び出した。
ガンと開いた引き戸がゆっくりと閉まっていく。
「紗栄、どこ行くの?」
血相を変えて、母は泣き叫ぶ花鈴を抱っこしたまま、こちらを見ていた。
私は静かに泣いた。
声を出さずに、奥歯を音を立てて、噛み締めた。
自販機のあるラウンジに向かった。
病院の玄関から、こちらに来た人を見て、すぐ私は駆け出して、力強く抱きしめた。
「お父さん、今、来たのね。」
後ろから追いかけてきた母が言った。走ってきたのか、息切れしている父が、私の頭を撫でてくれた。
「ああ。さっき、仕事終わって帰ってきたところ。それで? 大丈夫なの?」
その場はカオスな状況。
花鈴は泣き叫ぶし、私は逃げ出すし、母こそ泣きそうになっていた。
「大丈夫なわけないでしょう! これ、見てよ。」
母の病衣は
クシャクシャのびしょびしょ。
赤ちゃんの花鈴の着ている服も紙オムツ丸見え状態。
それでもなお、泣き叫んでる。
さっきまで冷静だった母も父が来て、素を出し始めていた。
叔父さんたちの前では本音を隠していたようだ。
「もう、いや。なんで私ばっかりこんな目に遭わなきゃいけないの」
母は泣き崩れた。
素を出せる父の前で、
緊張の糸が切れた。
産後の情緒不安定だなと冷静に父が対応した。
泣いた母をまるで子供のように頭をなでなでした。
私は母が羨ましく感じた。
「わたしもなでなでしてー」
母は花鈴を抱っこして、父は母を腕で抱っこして、私は両親二人の手で頭なでなでされた。
至福の時だった。
花鈴は、状況を察したのか母に抱っこされてぐっすりと眠っている。
素を出せる家族で良かったとつくづく思う。
このまま、この時間が続けばいいなあと感じるが、現実はそう甘くはなかった。
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