リザーブ
猿も木から落ちる?
≪戦闘モード起動≫
無機質な機械音声が反響し、視覚情報が網膜に投影される。
全高10mのティタンが見渡す世界は、コンクリートの残骸と化した放棄都市。
倒壊したビル群に囲まれるハイウェイで、敵機と相対する。
「よし」
鋼の巨人を駆る者は鋭く息を吐き、敵機へ視線を注ぐ。
右腕に
両者は、同時にスラスターを噴射──前進する者と後退する者。
先制攻撃は、後退するトリコロールの中量級ティタンから。
左腕のガトリングが猛烈な速度でAP弾を吐き出す。
「墜ちろ!」
前進する敵機は、瞬間的な急加速で弾幕を飛び越えた。
ターゲットマーカーが頭上へ走る。
構えられたレールガン──その砲身は青い閃光を蓄えていない。
弾体の発射にチャージを要するレールガンは、構えただけでは意味がない。
それを理解した敵機は、弾幕から逃れんとビルの陰へ飛ぶ。
「逃がすか!」
即座にスティックを倒し、スラスターの噴射方向を反転。
≪エネルギー残60%≫
粉塵を巻き上げ、急加速したトリコロールの巨人は追撃に移る。
ビルの陰をガトリングの射線へ入れ──薄闇で赤い眼光が揺らめく。
迸る青い閃光が灰色の巨人を照らす。
知る人ぞ知るレールガンの射撃体勢で、敵機は待ち構えていた。
「しまっ!?」
視界が青い閃光に満たされ、DANGERの文字が躍る。
≪機体損傷≫
しかし、装甲を黒く焦がしながらも機体は健在。
レールガンもといXW155HRが産廃たる所以、それは火力にある。
中量級ティタンの正面装甲を貫けないのだ。
灰色の巨人は硬直する──明らかに動揺していた。
その隙を逃してはならない。
「す、隙あり!」
微かな罪悪感を殺し、ガトリングの掃射を浴びせる。
すかさず敵機は左へ跳躍──巻き上がる粉塵をAP弾が引き裂く。
林立するビル群を縫って飛ぶ影を、鮮やかな光弾が追う。
「その誘いには乗らねぇぞ…!」
射撃を中止してスラスターをカット、ハイウェイの路面へ着地。
左肩のレーザーキャノンを構え、敵機の未来位置を手動で照準した。
この機体が有する最大火力を投射する。
「当たれ!」
照射された光線が放棄都市を貫き、高層ビルへ風穴を穿つ。
しかし、そこに灰色の巨人はいない。
ターゲットマーカーが視界の端を走り、ロックオン警報が鳴り響く。
「くそっ」
鉛色の空より迫るロケットモーターの瞬き。
ペダルを蹴ってスラスターを再噴射、降り注ぐミサイルの傘から脱する。
爆発、爆発──ハイウェイを黒煙と粉塵が覆った。
これは敵機にとって絶好のチャンス。
レーダー上には、12時方向から急接近する赤点。
高度差は不明だが、間合に踏み込ませてはならない。
「パイルバンカーは使わせねぇよ!」
立ち込める黒煙をガトリングのAP弾で切り裂く。
跳弾の火花、そして青い閃光が黒煙の中で瞬いた。
≪左腕武器損傷──≫
「うっ!」
鈍い衝撃に襲われ、視界にノイズが走った。
高熱量を浴びたガトリングの砲身が溶融し、AP弾の供給ベルトが弾け飛ぶ。
灰色の巨人が紅蓮の光を纏って、すぐ眼前まで迫る。
「──もらったぁ!」
右腕に装備したフレイムロックの砲口が火を噴く。
その刹那、回避のため機体を傾ける敵機──しかし、スラスターは噴射できない。
レールガンは射撃時にエネルギーを消費する武器だ。
それは時として、ティタンの回避機動を制限する足枷となる。
「これでっ」
5発中2発のAP弾が胸部装甲を直撃し、その衝撃で硬直する敵機。
そこへレーザーキャノンの照準を合わせ、トリガーを引く。
明滅する視界の中、一筋の光線が敵機を貫き──
「っ!?」
否、大破したのは右腕。
レールガンの砲身から右肩までを盾とし、コクピットの直撃を逸らしたのだ。
紅蓮の光を背負って再接近する敵機は、パイルバンカーの杭を番えた。
「化け物かよっ」
ペダルを蹴って後方へ加速するも、間合から脱出できない。
以前であれば思考を停止する瞬間。
しかし、フレイムロックのシリンダーに1発を残すようになった今は、違う。
「まだだ!」
ターゲットマーカーの中心に灰色の影を捉え、砲口が追従する。
回避が不可能、それは相手も同条件。
砲火が瞬く──灰色の左肩に、赤熱した弾痕が穿たれる。
コクピットの直撃は躱した中量級ティタンも、さすがに衝撃は殺せない。
遠ざかる敵機を睨みつけ、スティックのトリガーを引く。
「いけぇぇぇ!」
右肩のランチャーから6発のミサイルが飛び出し、白い軌跡がターゲットまで伸びる。
倒壊したビル群を爆炎が照らし、視界をHITの表示が躍った。
そして、レーダー上から赤点が消失する。
≪トレーニング終了≫
機械音声が終了を告げ、スラスターの噴射を停止。
鋼の巨人は重力に従ってハイウェイへ落下し、しばし慣性で滑走する。
「や、やったのか…?」
戦塵舞うハイウェイを見渡し、絞り出せた第一声は驚愕に染まっていた。
勝者たるトリコロールの巨人だけが悠然と戦場に佇む。
◆
「負けた……」
ぴかぴかに磨かれた店内の床と俺は対話していた。
受けた衝撃は大きい。
オープニングに敗北した以来の衝撃──でもないな。
しかし、俺は敗北したのだ。
レールガンとパイルバンカーを装備した夢のロマン仕様機で!
「少年」
いつもより真剣な声色の師匠が、肩に手を置く。
だが、今の俺に顔を上げる資格なんてない。
「師匠……俺は、弟子失格です!」
「何事も必ず初めてがある。恥じることはない」
「師匠の背中を見ておきながら、何も分かってませんでした…!」
弾速は速いけど、チャージ時間があって即応できないとか。
めちゃくちゃエネルギーを消費するけど、威力は低いとか。
デザイン性は抜群だけど、重いから重心が偏るとか。
「まずは触れてみる、それが重要だ」
この不出来な弟子を見捨てないのですか、師匠!
心の汗が流れそうになるぜ。
「どうだった、レールガンの感触は?」
そんなの決まってる。
「最高でした…!」
全てのデメリットを差し引いても、レールガンは最高だった。
チャージを開始すると砲身が伸びるとか、専用の照準モードがあるとか、素敵性能の数々を俺は忘れないだろう。
「その初心を忘れてはいけないぞ、少年」
「……はい!」
師匠が差し出した手を力強く掴み、俺は立ち上がる。
そう、ここは通過点だ。
俺は必ず相棒にレールガンを持たせてみせる──
「しかし……なぜ、中途半端な間合で戦ったのかね?」
「そ、それは……」
パイルバンカーを捻じ込むタイミングを狙ってました。
だめだ、言えねぇ。
師匠のバケツ頭から視線を逸らす。
「J・Bの言う通りだ」
逸らした先には、メカメカしい狐の面を被った腕組みヘイズさん!
「エネルギー管理を怠り、回避も覚束なかった。お前らしくもない」
夢のロマン仕様機は、性能面で相棒を軽く凌駕している。
しかし、反応が若干鈍いくせ、加速が馬鹿みたいに高いスラスター。
出力は高いけど、エネルギーの回復が遅いジェネレーター。
衝撃の吸収力は高いが、跳躍力の低い中量級の脚部──
「ヘイズ……やっぱり、俺は相棒と一心同体だったんだよ」
まったく俺と噛み合ってなかった。
相棒こそが至高と再認識したぜ。
「慣れろ」
「うっす」
ぐうの音も出ねぇ。
まったくもって、その通りだ。
「はぁ……レールガンなどに現を抜かして、お前は」
「ヘイズ、ここは素直に賞賛すべきと私は考えます」
溜息を漏らすヘイズの隣で、砲火魔ことアルが小さく拍手してくれる。
しかし、無表情だ。
表情筋を動かしてくれよ、クールビューティー。
「イロモノ一式を装備しながら、あの立ち回りは驚異的です」
「ほう……イロモノだと?」
「詳しく聞こうじゃないか」
アルの何気ない一言で、空気が緊張感を帯びる。
まずいぜ。
店内で局地紛争を起こさせるわけにはいかねぇ。
悲壮な覚悟を固め、3人の間に──
「感覚は掴めましたか?」
「良い感じだと思うが…あのガトリングには手が届かねぇな…」
「ダンはガトリングに頼ると回避が疎かになるので、ライフルのままが良いです!」
「疎かって……まぁ、そうか」
そんな俺たちの元へ歩いてくる2人組。
サイドテールを揺らすゾエ、そして何とも言えない表情のダンだ。
地方都市B17に着いてから師弟関係みたいになってる。
マスターゾエだ。
「お疲れ、ダン」
「お、おう」
軽く手を振っただけで、ダンは露骨に身構えた。
敗北したからって逆襲のストリートファイトを仕掛けたりしないぞ?
それを察したダンは身構えた手を上げ、頭を掻く。
「シミュレーターに付き合ってくれて、その…ありがとな」
申し訳なさそうに言うことじゃないぜ、まったく。
「気にすんなよ。仲間だろ」
戦友の肩を小突いておく。
俺とダンは対戦した──VRシミュレーターを用いて。
いきなりパーツを購入して後悔する前に、動作を確認する機材なんだそう。
B17にも出店中のシムラは、そういうサービスも提供していた。
相棒以外のティタンに触れられて良い経験になったぜ。
「先日の戦いは良い経験になったようだ」
「ああ、着実に伸びている…まだ荒削りだが」
腕組みしながら頷く師匠とヘイズ。
何かと助言してきた2人は、ダンの成長を見て感慨深そうだった。
「ダンは一つの壁を乗り越える事に成功しました!」
ダンの両手を取って喜びを表現するマスターゾエ。
かわいい。
しかし、言葉の意味が分からない俺たちは首を傾げる。
「ゾエ、壁って?」
「Vという壁です!」
ヘイズには壁って言っちゃだめだぞ?
しかし、ゾエの言うように、俺は敗北したのだ。
戦友が成長する糧となるなら本望さ──嘘つけ、めちゃくちゃ悔しいわ。
実力が出せなかった、などと言い訳する気はない。
ここからは全力で戦わせてもらおうか。
「いや、あれはノーカウント──」
「ダン、もう一回やろうぜ。次は相棒と」
「こ、こいつ目がマジだ…!」
勝ち逃げ?
そんなものはない。
オープニングを撃破した俺の執念を嘗めるなよ!
「目的を忘れるな」
「うっす」
ヘイズの冷え冷えとした声を聞き、大人しく従う。
俺は空気が読める男なのだ。
──本日の目的はシミュレーターではなく、ティタンのアセンブル。
つまり、ダン君の乗り換えイベントだ。
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