現状を報告します
ガレージの一角で照明を浴びる相棒は、損傷した装甲を外して涼しげな格好だ。
脚部のフレームは新品と交換なんだそう。
無茶させたからなぁ。
「そうか……あのバトルジャンキーに捕まったか」
ベンチから相棒を見上げるヘイズは、小さく溜息を吐いた。
その膝ではゾエが寝息を立てている。
「強引な人だったけど、楽しかったよ」
アリーナ1位ことジョンさんは、強敵だった。
残念ながら連絡先を交換してなかったせいで、あれから話はできてないけど。
次に会う時は、ぜひ愛機と対決したい。
どれだけ強いんだろう?
「…お前は、そういう奴だったな」
「うん?」
「あのバトルジャンキーは勝つまで永遠に追ってくる。覚悟しておけよ」
「負けたら、今度は俺が追っかけるぞ」
その時はアリーナに乗り込んでもリベンジするぜ。
勝ち逃げは許さねぇ!
「ほう……」
なんだろう、狐の面から放たれるプレッシャーが増した気がする。
「まぁ、いい」
いや、良くないが?
もしかして、勝手にアリーナ1位と勝負して怒ってらっしゃる──
「それよりも、ゾエだ」
ベンチ周囲の空気が、重いものへと変わる。
今日は本当に、色々と──密度の濃い日だった。
一歩間違えれば、大惨事になっていたかもしれない。
「無人兵器工廠の有人機に、フラグシップの襲撃…そして、ノーヘッドのFCS介入か」
「まぁ、見事に無人兵器ばっかだな…」
義手の指を握り、あの時と同じ安らかな寝顔を浮かべるゾエ。
エリア13の研究施設で眠っていた時点で、無人兵器と無縁ではいられないと分かってた。
「ティタノマキアとやらも臭いが、今は無人兵器だ」
「次も襲ってくるよな、間違いなく」
「ああ」
ノーヘッドはゾエ以外を照準していた。
偶然じゃない。
無人兵器の狙いは、ゾエを奪還することだ。
「その件について、可能な範囲で説明を求めたいのですが」
傍らに佇むアルは、相変わらず無表情だ。
ただ、どこか困惑しているような気配を感じる。
「プレイヤーではないと思っていましたが、ゾエ様は何者なのですか?」
「…聞いてどうする」
突き放すような口調だが、ヘイズの声色は険しくない。
護衛として体を張ったアルに、話しても良いか迷っている。
「それは……」
アル自身も視線を泳がせ、言葉を探す。
踏み込むべきか、迷っている感じ──
「すみません、忘れてください」
それを飲み込んで、アルは背を向けようとした。
いつもの強かさがない。
調子が狂うぜ。
「傭兵が詮索するものではありませんから」
「いや、仲間だろ」
ぽかんとした表情で見られても困る。
連絡先を交換するってフレンド登録みたいなもんだろ?
それに、同じ釜の飯を食ったじゃん。
「……何も考えず、好きに生き、好きに撃つ」
傷だらけのティタンを見上げ、アルは独り言のように呟く。
「そのために傭兵をやっています。深入りはしません」
そう言い切ったアルは今度こそ背を向け、立ち去った。
他人のプレイスタイルに口出しするもんじゃない。
頭では分かってるけど、なんだか寂しい話だ。
「教えても良かったんじゃ?」
「……そう、だな」
歯切れが悪いぜ、ヘイズ。
アルはトリガーハッピーで赤字を量産するけど、根は信頼できる。
というか、居候を許した時点で認めてるんだろ?
「おーい!」
声のした方向には、こっちへ走ってくるダン君の姿。
俺とダンは、ヘイズお勧めのプレイヤー経営のガレージを利用していた。
「悪いな、ヘイズ」
「いい…労ってやれ」
鼻を鳴らすヘイズに小さく手を合わせ、俺は本日の準MVPを出迎える。
「お疲れさん。機体は修理できそうか?」
ガレージの中央付近で膝をつくダンの愛機は、ぼろぼろだった。
トリコロールカラーの装甲は無事な面が見当たらず、左腕は欠損し、右脚からは液体が噴出している。
「いや、これを機に新しいパーツを試してみる」
「そっかぁ……」
あの中量級のデザイン、ヒロイックな感じで好きだったんだけどな。
いや、待てよ。
これは乗り換えイベントなのでは?
おいおい、燃えてきたぜ。
「ダン、俺も一枚噛ませてくれ。クレジットは出す」
「何言ってんだ、お前」
「そんな余裕があるなら自分に投資しろ」
「うっす」
常識人のダン君とヘイズに諫められ、俺は渋々引き下がる。
でも、乗り換えイベントってロマンだぜ?
「って…そんなことよりっ」
そんなことだって?
ロボットアニメなら一大イベントだろうが!
「これ見ろよ、V!」
「おん?」
ダンが差し出した端末には、2機のティタンが荒野で相対するサムネイルの記事。
間違いなく俺とジョンさんの勝負だ。
似たような記事が、ずらりと並んでる。
「わぁ……すごいな」
さすがアリーナ1位だ。
「他人事みたいに言うなよ!?」
そろそろ驚かなくなってきたぜ。
慣れってのは怖いもんだな、ダン君。
サインの練習でもしちゃう?
「騒ぐな……ゾエが起きるだろう」
「うっす」
「す、すんません」
すよすよ眠るゾエちゃん、若干眉を顰めてらっしゃる。
安眠妨害よくない。
◆
≪とうとう出会ってしまったか≫
≪ドリームマッチの実現早かったな≫
≪あいつら人間なん?≫
ストーリーイベント開幕を目前に控える中、とある決闘にプレイヤーたちは注目していた。
≪V、危なくなかった?≫
≪チャンピオンの異常性が分かった≫
≪本気のクラッシャージョンには勝てねぇな≫
≪初期機体なら最強かもしれんが、そろそろ頭打ちか≫
≪ま、俺らじゃ勝てないけどな!≫
アリーナの頂点に君臨するジョン・ドゥとオープニングを打倒した初心者V、その勝負は前者の勝利とする者が多かった。
チャンピオンは手加減したのだと。
≪節穴か、こいつら≫
≪ヴィクセン戦見てねぇわ、絶対≫
≪あいつの狙撃避けながら、産廃ライフルとキックオンリーって人間か?≫
≪アリーナ1位様、2機相手だと余裕なかったな≫
Vの総合的なプレイスキルに注目する者は、異なる見解を出す。
アリーナ1位は、1対1において最大のパフォーマンスを発揮する。
しかし、それはアリーナ外では通用しない。
≪負けは負けだろ≫
≪間違いなく負けてるな、チャンピオンが≫
≪は?≫
≪初期機体で負けただけ! 予防線ばっちりだね!≫
≪こいつらアンチかよ≫
殺伐とした空気が漂い始めるチャット。
アリーナで見られる不毛な場外乱闘が始まろうとしていた。
≪ヴィクセンは何がしたかったんだ?≫
≪威力偵察じゃね≫
≪フラグシップなんて投入して威力偵察とか豪勢じゃん≫
≪ストーリーイベント始まってる感じ?≫
≪世に銀蓮の祝福と安寧を≫
場外乱闘に興味のないプレイヤーは、ストーリーイベントとの関連がないか考察を続ける。
≪なぁ、ノーヘッドの基本ルーチンってティタン優先するよな?≫
≪正確には高脅威目標な≫
≪うん?≫
≪あれ?≫
≪なんで生身のプレイヤーを狙ってる?≫
異変に気が付いた一文が流れ、一時的にチャットが途絶える。
無人兵器の基本ルーチンにない挙動。
それはアルジェント・メディウムとの戦いを控えた今、無視できない要素だった。
≪おい、またイレギュラーかよ!≫
≪Vいるところに事件あり≫
≪イベント前にやめないか!≫
≪あの場に居合わせた野次馬を探すしかねぇ!≫
≪特定急げ!≫
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