脅威を排除します

 荒野を切り裂いた青い閃光には、見覚えがあった。

 師匠のレールガンだ。

 ただ、その威力と弾速は桁違いで、掠めた相棒が悲鳴を上げている。


「さすがレールガンだぜ…!」

≪おい、大丈夫なのか!?≫


 左腕が吹き飛んだ以外は、おおむね無事だぜ。

 つまり、レーザーブレイドを失ったわけだ。

 さすがにまずいか?


≪あれはレールキャノンか…厄介だね≫


 レールガンじゃないらしい。

 アリーナ1位と射点を睨んでいると、再度閃光が瞬く。

 反射的にペダルを蹴って、後方へ急加速。


「チャージに3秒ってところか」


 荒野を青い光線が走り、舞い上がった砂で視界が赤く染まる。

 奇襲でなけりゃ、回避できるな。


「武器、飛び道具が欲しいぜ…」


 襲撃犯のティタンから武器を奪えないかな?


≪くそっ…逃げるって選択肢がねぇのか、お前は!≫


 視界の端で、トリコロールカラーの機体が急接近してくる。

 何をする気だ、ダン君!


「まだ見物人が避難してないぞ」


 こっちへ来るより崖上の見物人を避難させるんだ。

 まだ悠長に双眼鏡を覗いてるが、状況が洒落にならない。


≪あいつら、聞く気がねぇ! それより──≫

≪2人とも狙撃が来るよ≫


 スティックを倒し、スラスターの噴射方向を変える。

 俺とダンの間をレールキャノンの射撃が突き抜けていく。


≪エネルギー残10%≫


 スラスターをカット、荒野を慣性で滑っていく。

 幾分か軽くなった相棒は停止までの時間が伸びている。


≪あ、危ねぇな…くそっ!≫


 悪態を吐きながら、それでもダンは接近を止めない。

 左腕を突き出し、見慣れたライフルを相棒に


≪V、こいつを使え!≫

「なんだって?」


 それを手放したら、武器がフレイムロックと左肩のレーザーキャノンだけになっちまうぞ!

 相棒のカメラが9機の輸送ヘリコプターを捕捉する。

 来やがったか。


≪俺よりも上手く使えるだろっ…早く!≫

「……分かった。後で必ず弁償するからな!」


 時間がない。

 ライフルを右腕で掴み、表示されるデータに目を通す。

 使い慣れた、いつものライフルだ。


≪壊すの前提──かよ!?≫


 地平線からの狙撃を、飛び退いて回避する。

 悪いな、ダン。

 大事に使うつもりだが、いざとなれば躊躇なく壊すぜ。


≪では、2人とも行こうか≫

「うっす!」


 輸送ヘリコプターから降下するティタン9機を捕捉。

 連中をスクラップにしてから狙撃手へ御礼参りだ。


 ノーヘッド頭のない巨人の一団が荒野へ着地──同時に両肩から炎が噴き出す。


 垂直方向へ発射されるミサイル、合わせて100発に届くか。

 ご挨拶だぜ。


≪う、嘘だろ!?≫

「落ち着け、ダン」


 狼狽えても仕方ない。

 空になったランチャーをパージし、ノーヘッドが一斉に突進してくる。


「引き付けてから躱す」

≪難しく考える必要はないよ、ダン君≫


 砂塵を巻き上げて迫ってくる光景は砂嵐みたいだ。

 レールキャノンを警戒しつつ、跳躍の予備動作に移る。


≪いや、無理だって…!≫


 ロケットモーターの閃光が迫り、ノーヘッドがライフルを構える──


「今だっ」


 ペダルを蹴った瞬間、十字砲火が殺到する。

 加速する世界は、光と炎に満たされた。



 爆轟が荒野を震わせ、一帯には黒煙と砂塵が立ち込めていた。

 その渦中で光の剣が揺らぎ、胴体を溶断された巨人が爆発する。


「すげぇな…」

「チャンピオンとVって、やっぱり異常だわ」

「初期機体とは一体…?」

「決闘の時も大概だけど……3対9はおかしいって」


 それを切り立った崖の上より見物する一団。

 防塵対策を施した格好で、双眼鏡やスコープを覗き込んでいる。


「狙撃してるのヴィクセン女狐だよな、やっぱり」

「フラグシップの襲撃って……メインストーリー関連かね?」

「接続数が8万超えたぞ!」

「マジで?」


 見物に集った野次馬が避難する様子はない。

 車両で15分ほどの位置にB17があるため、防衛隊が到着するのは時間の問題。

 ならば、最後までを楽しんでやろうという魂胆だった。


「ダン、がんばってください!」


 そんな一団の中で、懸命に声援を送るゾエの姿は目立つ。

 羽織った防塵コートを風で靡かせ、防塵ゴーグルの下でスカイブルーの瞳を輝かせている。

 それら防塵対策の数々は、快い見物人からの贈り物だ。


「V様のことは良いのですか?」


 その隣で双眼鏡を覗いているアルは、左腕を失った灰色のティタンを追っていた。

 2機のノーヘッドに挟撃され、絶体絶命の状況に陥っている。


「Vなら大丈夫です!」


 彼女を拾ったイレギュラーは、前後からの射撃を最小限の旋回で潜り、姿勢を落とす。


 同時に脚部がパワーを解放──前方のノーヘッドへ肉薄。


 振り抜かれた左脚が胸部を捉え、ベージュ色の装甲を陥没させる。

 すぐさまスラスターを噴射、背後からの射撃を回避。


「ほら!」


 ゾエは花が咲くような笑みを見せる。

 彼への信頼は、この場にいる誰よりも厚い。


「ええ、杞憂だったようです」


 その純粋無垢な笑顔を受け、アルも思わず微笑んでしまう。


「なぁ、今からでも参戦して…いいところを──」

「現実を見ろ」


 クアッドバイクへ戻ろうとする獣人を、サイボーグが引き留める。

 この短時間で少女に魅了された者は、少なくない。

 殺伐とした世界において、その純粋な輝きは眩しいものだった。


「あいつ、よく生きてるな」

「ああ、2対1なのにな」


 ゾエが応援していたトリコロールカラーの機体は、ノーヘッド2機と交戦中だった。

 拙い機動で、装甲を削られながら、それでもフレイムロックを確実に撃ち込む。


「よし、フレイムロックが入った…!」

「いいぞ」


 既に4機をスクラップに変えた人外と比べ、その戦いは泥仕合そのもの。

 しかし、その等身大の姿に共感する者もいる。

 

「ダン、そこでレーザーキャノンです!」


 ゾエの声援が飛ぶ──頭のない巨人が、少女を見た。


 眼前の脅威を無視した

 それを視認したアルの口元から微笑みが消える。


「…まずい」


 突如、ノーヘッドが崖側へ向かって跳躍した。


「こっち来るぞ…!」

「おいおい、マジかよっ」


 泥試合を放棄し、一直線に見物人たちへと向かう。

 もう1機のノーヘッドは追撃させないため、トリコロールカラーのティタンへ吶喊する。


「やべぇ!」


 全長10mの巨人が崖を越え、鉛色の空より崖上を見下ろす。

 右腕のライフルは、丸腰同然の見物人たちを狙う。


「退避、退避ぃ!」

 

 それに対する退避は迅速だった。

 窪みに伏せ、装甲車の陰へ走り、崖から飛び降りてパラシュートを開く。


 ただ、1人の少女だけは──首のない巨人を見つめていた。


 長い黒髪が風に弄ばれる中、防塵ゴーグルを静かに外す。


「ゾエ様!」


 そこにアルが覆い被り──巨人がトリガーを引く。


 砲口で閃光が瞬く。

 同時に砲声が降り注ぎ、着弾の衝撃が空気を震わす。


「愛車が!」

「うひょぉぉぉ!」

「俺は実況を投げねぇ!」


 阿鼻叫喚。

 AP弾の雨に身動き一つ取れない。

 音速の弾体が次々と撃ち込まれ、赤茶けた砂煙が周囲を覆う。


「くそっ…おい、無事か?」

「なんとか」

「俺の愛車が……」


 砂を被った見物人たちは、声を潜めて安否を確認し合う。


「いや、これは──どこ撃ってんだ?」


 砂煙が風に流され、彼らは知る。

 見物人どころか車両すら破壊されていないことを。


「い、一体何が…?」


 センサーを明滅させるノーヘッドのライフルは、見当違いな地面へと向いていた。

 その上方に、灰色の影が迫る。


 甲高い金属の悲鳴──ノーヘッドの胴体に叩き込まれる


 鉄屑と火花が舞い、無人ティタンは地面に激突して沈黙する。


「Vだ」

「助かったぜ……」

「…踵落としとか初めて見たわ」


 空中で姿勢を立て直し、崖上に降り立つ隻腕のティタン。

 膝をつき、眼下に赤い眼光を向けた。


「ゾエ様、大丈夫ですか?」


 被った砂も払わず、アルは覆い被さったゾエの状態を確認する。

 異様な状況を前に、行動が一拍遅れてしまった。


「はい、アルのおかげでゾエは大丈夫です!」


 腕の中で丸まっていた少女は、何一つ変わらない笑みを浮かべる。


 ただ、その瞳は──血のような赤色に染まっていた。

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