敵機と交戦します

 オープニングに勝利しようとした男、というのは伊達じゃない。

 愛機と勝手が異なるはずなのに、俺の攻撃を易々と躱す。

 いや、正確には──


≪さすがだな、V君!≫


 致命傷を躱されてる。

 ライフルを狙った射撃は右腕の装甲を掠めただけ。

 逆に俺を照準する砲口は、着地を狙う。


≪エネルギー残30%≫


 スティックを倒し、逆噴射の体勢──そう見せかけて、前方へ飛ぶ。


 フェイントに惑わされず、アリーナ1位は進行方向へAP弾をぶち込んでくる。

 姿勢を低く倒し、直撃を回避。


「あぶねっ」


 ミサイルのランチャーを狙ったAP弾が右肩で弾ける。

 狙いが良いぜ。


 着地で巻き上がる砂塵──その中を脚部のパワーだけで跳ぶ。


 ロックオン警報無しで突っ込んできたミサイルが足元で爆発。

 赤茶けた砂と黒煙が渦巻く。


「今、捻じ込むか…!」


 鏡のように相手も空中に跳び上がり、同時にライフルを構える。

 トリガーとペダル操作は同時進行。

 砲火が瞬き、視界が左へ加速する。


 ロックオン警報が鳴る──フェイントだ。


 反対方向に飛べば、間違いなく的にされる。

 スラスターをカット、自由落下。


≪ほう…!≫


 頭上を射撃が掠める中、着地を狙われる前に牽制を叩き込む。

 アリーナ1位もまた自由落下で照準を潜る。


 追撃は──しない。


 着地と同時に後退し、仕切り直す。


「埒が明かねぇ」


 ライフルの残弾は25発、有効打は一切なし。

 跳躍と射撃の繰り返しで、決着がつかない。

 弾薬が減れば、手数が減る。


 それはそれで緊張感があっていい──ただ、冗長な戦いになる。


 なら、やるべきことは一つだ。


≪左肩部ユニット、パージ≫


 レーダーユニットをパージ、エネルギーの供給に余剰を生む。

 これから、俺と相棒の得意なをする。


≪来るか≫


 出方を窺っていた灰色の巨人は赤い眼光を瞬かせる。

 アリーナ1位の実力は、まだ未知数だ。

 それでも、ある程度のは掴めた。


「インファイトの方が得意なもので」

≪奇遇だね≫


 相手の左肩からレーダーユニットが落下し、砂煙が立つ。

 デジャブだな。

 でも──


≪私もだ≫


 目の前にいる相手は、オープニングじゃない。

 プレイヤーだ。

 姿勢を落とし、跳躍の予備動作に移る。


「行くぞ、相棒」


 スティックを倒し、ペダルを踏み込む。

 スラスターが相棒を前方へかっ飛ばす。


 照準を操作、ターゲットをロックオン──同時に警報が鳴る。


 構わず右肩のミサイルを3発発射。

 相手もミサイルを発射、4発が一直線に突っ込んでくる。


「豪快だぜ…!」


 それに追従するアリーナ1位へAP弾を撃ち込み、すぐには回避しない。

 ミサイルを相手にチキンレース。


 アラート音が最高潮になった瞬間──スラスターを右へ噴射する。


 ターゲットを見失ったミサイルが炸裂。

 背中で瞬く爆炎が、相棒とを照らす。


≪行くぞ、V君!≫


 相棒の真正面、灰色の巨人が左腕を引いた。

 地を蹴り、一気に彼我の距離を縮めてくる。


≪エネルギー残10%≫


 その直線機動を待ってたぜ!

 スラスターをカットして、慣性で滑走。


「来いっ」


 未来位置に1発、囮に2発、無誘導でミサイルを発射。

 しかし、アリーナ1位は動じない。

 囮の爆発には目もくれず、レーザーブレイドで本命の1発だけ迎撃する。


「もらった!」


 光の剣は明後日を向き、黒煙と砂煙が目を潰す。

 その隙を逃さない。


 左腕にエネルギーを集中──ペダルを蹴って突進。


 右上段から斬り捨てる!


≪甘い!≫


 黒煙の渦中で、赤い眼光が俺を捉えた。

 振り抜かれた刀身が短刀となり、斬撃の軸を

 エネルギーが反発し、狙った位置にレーザーブレイドが走らない。


「やる…!」


 左腕を引くにも、ライフルを使うにも、間合が近い。

 相手のレーザーブレイドが伸び、陽炎が揺らぐ。


 振り抜かせない──体当たりで間合を潰す!


 ティタンの肩と肩が激突し、衝撃が走る。


≪ははっ豪気だね!≫


 装甲が削れ、火花が舞う。

 次にアリーナ1位は、間違いなく前面のスラスターを吹かす!


 刹那──スラスターの噴射炎が視界を覆う。


 相棒の膝を落とし、コクピットを狙った斬撃を躱す。

 その姿勢のまま後退する巨人を照準。

 相手も斬撃の反動を利用し、右半身ごとライフルを突き出す──


≪右腕武器損傷≫

「ちっ!」

≪くっ!≫


 どちらも狙いはライフル。

 マガジンが吹き飛び、迷わず投げ捨てる。


 ペダルを蹴って、相棒を加速──ライフルが爆散し、世界が瞬く。


 レーザーブレイドとスラスターの連続使用で、初期機体は簡単にエネルギーが底を突く。

 今のアリーナ1位は


「これでも──」


 赤い砂塵が舞う。

 相手の脚が接地する前に肉薄する。

 狙うは、コクピットだ。


「喰らえ!」


 姿勢を制御し、ライバル直伝のサッカーボールキックを繰り出す!


≪──まだだよ!≫


 確かに手応えはあった。

 しかし、蹴り飛ばしたのは

 あの一瞬で右腕を割り込ませ、コクピットからキックを逸らした。

 軌道が逸れたせいで、追撃できない。


「マジかよ…!」


 滞空中の相棒より相手の方が着地は早い。

 次の一手が来る。


 躱せるか──いや、躱す!


≪今度は、私の番だ!≫


 アリーナ1位は後退の勢いを殺さず旋回、左腕を下段から振り抜く。

 相棒の旋回は間に合わない。

 ペダルを蹴り、左へ急加速──


≪右肩部ユニット大破≫


 右腕部の温度上昇、掠った!

 でも、それだけだ。

 安い代価で間合から脱出し、相手と距離を取る。


≪エネルギー残10%≫


 とんでもねぇ男だぜ、アリーナ1位。

 これほどの実力者が愛機に乗って襲ってきたら、俺と相棒は勝てないかもしれない。


≪最高の気分だ……V君は、どうかな?≫

「最高です」


 楽しげなジョンさんの声に、思わず笑顔になってしまう。

 今、俺は奴と戦ってた時と同じくらい楽しい。

 スティックを握り、ペダルの感触を確かめる。


≪さぁ、続きをやろう≫


 相手は手負いだが、全長10mの巨体には戦意が満ちていた。

 嬉しいね、本当に。

 必ず打ち負かして、次は愛機を引きずり出す!


「次で──」

≪ちょ、ちょっと待ってくれ!≫


 レフェリーの制止。

 膨れ上がっていた戦意が急速に萎んでいく。

 構えを解いて、切り立った崖へ視線を向ける。


「どうした、ダン?」


 意識の彼方へ追いやっていたダンの機体は、武器を構えて鉛色の空を睨んでいた。

 嫌な予感がしてきたぜ。


≪こっちに接近してくる機影がある……数は9機!≫


 レーダーユニットをパージしたせいで、さっぱり分からねぇ。


≪速度は分かるかな?≫

≪これは……多分、輸送ヘリです!≫

「…またか、またなのか」


 乱入はデフォルトか、分かった。

 覚悟しろよ。


「ダン、見物してる人たちを避難させてくれ」

≪お前はどうすんだよ?≫


 崖上の見物人は、中断の理由が分かっていない様子だ。

 プレイヤーはいいけど、ゾエとNPCは巻き込みたくない。


「連中を殴る」

≪私も付き合おう≫

≪その機体状態じゃ無理だろ!?≫


 たかがライフルとミサイルを失っただけだ!

 飛び道具がないのは厳しいか。

 いや、弱音は吐かぬ!


「なんとかするさ」

≪なんとかって──≫


 視界の端で、地平線が光る。

 ペダルを蹴るのと荒野を光線が両断するのは、ほぼ同時だった。

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