対象を捕捉します

 その場の勢いで勝負を引き受けた俺は、荒野でと相対していた。

 正確には、初期機体に乗ったジョンさんと。


≪V君、勝負を受けてくれたこと…改めて感謝するよ≫

「こちらこそ、よろしくお願いします」


 オープニングも、アリーナ1位も、初期機体に乗っている。

 やはり相棒こそが起源にして頂点の可能性が?


≪そして、謝罪させてほしい≫

「どうしてですか?」

≪私は、この勝負のためだけに、この機体に乗っている≫


 そんな気がしてたよ。

 俺が言うのもおかしいけど、縛りプレイで挑む理由が分からない。

 荒野に佇む灰色の巨人は、常に性能面で敵に劣っていた。

 俺にとっては戦場を共に駆けてきた唯一無二の相棒だが、他人は違う。


≪少し身の上話をしてもいいだろうか?≫


 ゆっくりと時計回りに歩き出すジョンさん。


「どうぞ」


 俺も時計回りに相棒を歩かせる。


≪チャンピオンなどと言われているが、私は1勝1敗の男なんだ≫

「1勝1敗…?」

≪初戦で負け、再戦で勝利を得る。チャンピオンは結果でしかない≫


 勝つまで諦めないのが、ジョンさんの強みか。

 距離1000mを維持して歩く初期機体に親近感が湧いてくる。


「結果が全てとは言いませんけど、勝者に違いはないのでは?」

≪確かに、これまで数多の強敵に勝利を収めてきた≫


 俺はアリーナを知らないが、それでも1位という称号には価値があるはず。

 しかし、当の本人は納得していない。


≪だが、どうしても勝てない相手がいた≫


 通信越しに聞こえてくる声色が変わった。

 笑っているようで怒っている、複雑な感情が混じった声だ。


「それは?」

≪オープニングだよ≫


 まさかのライバルである。

 ここにも奴の影響が及んでいるとは。


≪アカウントを再登録してまで彼に挑み、それでも勝てなかった≫


 ──俺より上手いゲーマーで世の中は溢れてる。


 そう思っていたが、あの日まで奴は一度も敗北してなかったのか。

 とんでもねぇな。


≪諸々ので、私は初めて──勝利を諦めた≫


 無念さを滲ませる声が響き、俺はジョンさんの気分を想像する。


 あの死闘を途中で投げ出す──奴に勝ち逃げされる。


 めちゃくちゃ悔しいんだが?

 速攻でアカウント再登録して再戦コースだな。


≪だが、彼を倒した者が現れたという≫


 俺を見つめる赤い眼光は、俺を見ていない。

 なるほど、俺はってところか。

 荒野を風が吹き抜け、ティタンの刻んだ足跡を赤い砂が隠す。


「俺は奴の代わりにはなれませんよ」

≪……分かってはいるつもりなんだがね≫


 不快感がないと言えば、嘘になる。


 目の前の相手を見て勝負しろ──それを言う資格はない。


 戦いの中で奴と比べ、奴の影を探している俺には。

 似た者同士じゃん。


≪私は、君に挑まずにはいられない≫

「そうですか」


 半周を終えて、俺とジョンさんの立ち位置が逆になる。

 本当に鏡みたいだ。

 相棒を見つめていた赤い眼光が、ゆっくりと逸れて彼方を見遣る。


≪ダン君≫

≪は、はい!≫


 その視線の先には、荒野を横断する切り立った崖。

 そして、それを背に待機するトリコロールカラーのティタンがいた。


≪この戦い、しかと記録してくれ≫


 この勝負を第三者の視点で見たいジョンさんが、撮影役に指名したのがダンだった。

 指名の理由は、フットワークの軽そうな点だそう。


「かっこよく撮ってくれよ!」

≪お、おう…任せとけ!≫


 俺とジョンさんの戦いをカメラに収めんと、トリコロールカラーの巨人が身構える。

 気合十分だ。


「さて」


 荒野を見渡せる崖上に集うクアッドバイクや装甲車は、全て見物人のもの。

 その最前列で、手を振るゾエとアルに右腕を上げて応じる。


 ヘイズにメッセージを送ったけど反応ないな──嫌な予感がするぜ。


 いや、今は眼前の相手に集中だ。

 初期機体で挑まれる以上、絶対に負けられない。


≪──行くよ、V君≫


 それを合図にスティックを倒し、ペダルを蹴る。

 加速する世界で、俺はアリーナ1位と相対した。



 光学カメラが倍率を変え、赤茶けた荒野を睥睨する。

 砲身と装甲に堆積した砂は、周囲のスクラップより薄い。

 は命令通り、該当エリアに侵入した敵を排除していた。


≪命令更新≫


 角のように伸びる通信アンテナが、新たな命令を受信する。

 同時にデータリンクしている隷下ユニットへ伝達。


≪5006から5014、行動開始≫


 最上位者の命令に疑問を抱かず、彼女は即座に行動へ移る。 

 自身が製造された目的、新人類の抹殺ではなくとも。


≪5006起動≫

≪5007起動≫

≪5008起動≫

≪5009起動──≫


 起動した隷下ユニットが荒野に次々と姿を現す。


 頭のない巨人──ノーヘッドと呼称される無人ティタン。


 防塵仕様を施されたベージュ色の機体は、中量級ティタンをベースとし、近中距離戦を主眼とする装備だった。

 隷下ユニットが起動を終える中、彼女もまた機体を起動する。


≪W10起動≫


 アイドル状態だったジェネレーターが出力を上げ、被っていた砂塵が舞う。

 それを長大な砲身が切り裂き、鋭利なフォルムが空の下に現れる。


 従来の形態から逸脱した異形のティタン──フラグシップ。


 本来は肩部ユニットである大口径チェーンガンとレールキャノンを腕部に装備した火力支援型。

 その重量を支える逆脚が、スクラップを踏み潰す。


≪9001、到着まで1分≫

≪9002、到着まで1分≫

≪9003、到着まで1分──≫


 レーダーに輸送ヘリコプターの機影を捉え、羽音が低空より接近する。

 異形のティタンが姿勢を落とし、装甲からスラスターが頭を出す。


 赤い閃光──巨体が加速し、荒野を駆ける。


 彼女は目標達成のため、隷下ユニットの突入支援を行う。

 ゆえに射点まで先んじて移動するのだ。


≪搭載完了次第、移動開始≫


 作戦エリアは、新人類の暫定生存エリアに近かった。

 妨害は火力で粉砕するが、ターゲットへの被害は回避しなければならない。


 ターゲット──


 最上位者からの命令は、強奪されたターゲットの保護である。

 上空より視認された座標から、誤爆の危険性が最も少ない射点を選定する。


≪9001、移動再開≫

≪9002、移動再開≫

≪9003、移動再開──≫


 彼女を追従する隷下ユニットは、最大速力で移動中だ。

 を目前に控え、即応可能な戦力は少ない。

 しかし、彼女たちは失敗の可能性を極めて低く見積もっていた。


 ──妨害戦力がティタン3機しか確認されなかったからだ。

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