手段を模索します
薄暗い通路を抜け、喧騒に満ちた雑踏へ戻ってきた。
時間を確認した限り、そこまで長居はしていなかったらしい。
空が無いと、どうにも感覚が狂う。
「あそこまで倒錯した人物は久々に見ました」
「ああ…すげぇ奴だった」
アルとダンの意見が一致するくらい221号さんは強烈な人だった。
妄想の世界へ旅立ってから戻ってくるまで長かったぜ。
強烈と言えば──
「ティタノマキアの額もな」
「購入できる奴いねぇだろ。エンドコンテンツかっての…」
完成に必要と提示されたクレジットは、思わず笑顔になる額だった。
国家予算かと思ったわ。
「フラグシップのパーツが市場へ流通することは稀です。やむを得ないでしょう」
マッド・ドッグを含むフラグシップのパーツを改修に使うため、調達コストが恐ろしく高いそうな。
有人機に無人機のパーツを組み込むって順序が逆な気がするんだよな。
「ゾエは、あの機体が欲しいです……」
心ここにあらずという様子のゾエは、ぽつりと呟く。
今日の俺は、素直に頷けなかった。
いつもみたいにミッションで稼げばいい、なんて言葉が出てこない。
「まず、クレジットが足りないな」
本当はクレジットなんてどうでもいい。
心配なのは、搭乗した際に生じる負荷だ。
あの禍々しい機体──ティタノマキアは、ゾエを知る手がかりなんだろう。
それでも、明確に危険と分かっていることをさせられない。
プレイヤーはリスポーンできる。
だが、ゾエにとってティタン・フロントラインはゲームじゃない。
「あんな額、個人で出せる奴いねぇだろ…」
「上位クランでも限られるでしょう」
「む……むぅ…」
現実的な問題を前に、ゾエの表情が渋いものに変わる。
いますぐ手が届く心配はないだろう。
「とりあえず、要相談だな」
ヘイズや師匠に相談したいぜ。
この問題は俺だけじゃ判断できない──
「そう、ですね…」
どこか儚げで、弱々しい声が返ってくる。
俺を映すスカイブルーの瞳には、寂しげな色が浮かぶ。
本当に一瞬だけ。
「早くクローバーラインとHEKIUNの同時運用してみたいです!」
すぐ笑顔で隠され、誰も気付いた様子はない。
何かの手がかりをゾエは得ているんじゃないか?
「長い道程になりそうですが…お供いたします、ゾエ様」
ゾエの両手を掴むアルは、いつになく真剣な表情だった。
「最短コースは強奪です」
なんてことを真顔で提案してんだ、このトリガーハッピー。
行き交う人の視線が大変痛い。
「絶対にするなよ?」
「絶対にしてはいけませんよ?」
半眼のゾエと口を揃え、アルの提案を却下する。
仮に強奪したとしても未完成のままじゃね、それ?
「冗談です。私を何だと思っているのですか?」
アル、その平らな胸に聞いてごらんよ。
かわいそうなものを見る目のダン君。
多分、俺も似たような目をしてる──
「強奪とは穏やかじゃないね」
すぐ背後から爽やかな好青年ボイス!
最近、俺の第6感は厄介事の気配を敏感に察知できるようになった。
こいつは間違いなく、まずいぜ。
「あなたは…」
目を開き、驚愕の表情を浮かべるアル。
その背後にゾエが隠れて、顔だけを覗かせる。
初対面の相手に物怖じしないゾエが警戒しているだと!
「やぁ、君が──」
振り返れば、6本のスリットから覗く緑の眼光と目が合う。
「V君だね」
喧騒に満ちた雑踏で、その爽やかな声は嫌に響いた。
空気に緊張が走る──ここでも俺のネームは法度らしい。
静まり返った場で細身のサイボーグさんが手を差し出してくる。
「……どちらさまですか?」
とりあえず、礼儀として握り返す。
周囲の挙動不審な影に目が行くのは見逃してほしい。
「すまない、申し遅れた」
サイボーグさんが周囲を見渡すだけで、影は蛇に睨まれた蛙みたいに固まる。
ヘイズにもできない芸当だぜ。
何者だ?
「私の名前は、ジョン」
「ゑ?」
想像以上に平々凡々な自己紹介が来たぞ。
どうしよう。
もっと洒落たネームとか──さすがに失礼だわ。
まさか、ジョン・ドゥを捩ったとか?
いやいや、安直だな。
「ジョンって…まさか、冗談だろ…!」
名前を聞いて、解説役のダン君が面白いほど狼狽える。
思い当たる人物とは一体誰なのか?
「知ってるのか、ダン!」
「ああ、その人は──」
「アリーナ1位です」
最後まで言わせてやれよ、アル。
自信満々だったダン君、虚無の表情になってるじゃん。
「…チャンピオン」
「クラッシャージョン…!」
「バトルジャンキー…」
周囲のプレイヤーと思しき方々から呪詛みたいなのが聞こえる。
ここはサインを求めてファンが殺到する場面だろ、普通。
めちゃくちゃ怖いんだが?
「アリーナってことはブロンズナイトと…」
「彼から君のことは聞いているよ。いい腕のティタン乗りだとね」
「きょ、恐縮です」
プレッシャーが凄い。
声は爽やかだけど、闘争心が隠せてない。
握った手が全然剥がれないぜ。
「話を聞いたところ、クレジットに困っているようだね」
「あ、大丈夫──」
「V君、私と勝負しないか?」
まずは話を聞いてほしいなぁ。
ロボットバトルは歓迎するけど、導入が強引なんだよ!
ティタン・フロントラインって襲撃か乱入がデフォルトなの?
「君が勝てば全額を、私が勝てば半額を負担しよう。どうかな?」
「それって俺が得するだけじゃ」
「ふむ、足りないかな?」
「いやいや、これ以上何を積む気ですか」
押して駄目なら押してみろってか?
無敵じゃん、アリーナ1位。
アルの背中に隠れるゾエを見れば──きらきら輝く期待の眼差し!
断る理由はなかった。
ティタノマキアは買わないにしても、クレジットはあって困らない。
いや、アリーナ1位との勝負って、本来は俺がクレジットを払うべきでは?
「さすがのアリーナ1位も、この額は無理かと思いますが?」
アルが端末に素早く数字を入力して、ジョンさんへ突き付ける。
いや、ちょっと額が高いような──
「問題ないよ」
「マジで?」
「マジだ」
6本のスリットから覗く緑の眼光が輝く。
ぽんと国家予算が出せる男──かっこいいじゃねぇか。
周囲からは、同情と好奇の視線が痛いほど突き刺さる。
ここまで来たら退けねぇな、男として!
「分かりました」
「ありがとう、V君…! では、行こうか」
「ゑ」
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