状態を調査します

 ──商品を見せてやろう。


 そう言ってファンタズマ怪物のオーナー、221号さんは俺たちをリフトに乗せた。

 露骨に怪しいけど、ゾエの願いで話だけは聞いてみることになったのだ。


「…商品って言っても以外何もねぇな」


 ダンの声が奈落へ吸い込まれていく。

 降下するリフトからは、謎の大型機しか見えない。

 周囲には機体を固定するワイヤーが張り巡らされ、とてもパーツを展示するスペースは無さそうだ。


「…当然だよ…彼女は唯一無二だ」

「意味分からねぇ……」


 221号さん、地味に会話が噛み合ってない気がするんだよな。


「V、全高14mはあります!」

「ゾエ、乗り出すと危ないぞ」

「オーナー、質問してもよろしいですか?」

「何かな…?」


 落ちないようにゾエを抱える俺の後ろで、アルと221号さんが言葉を交える。


「あの機体はですか?」

「…そうとも言えるし…言えないかもしれない」


 いや、どっちだよ。

 221号さん、ゴーグルが遮光されて目が見えないんだよな。

 何を考えてるか、読みにくい。


「彼女は、エリア12の無人兵器工廠……その最深部に保管されていたのだ…」


 無人兵器工廠と言えば、アルジェント・メディウム銀の巫女が管理していたはずだ。

 まさかの出所だよ。


「なぜ、それがB17にあるのですか?」

「…私が…」


 しゃがれた声で答える221号さんは、口元を歪める。

 独特の笑い方をする人だ。


「…解体と称し、破壊を試みた愚者の手元にあってはならない。彼女は遺物ではなく、兵器なのだ。戦場こそが彼女の居場所、破壊こそが本懐、なぜ理解できない?」


 恐ろしい早口で捲し立てるように喋る。

 プレッシャーに圧倒され、思わずダンと顔を見合わせた。


「な、なぁ、V」

「ああ、言わなくても分かるぜ…」


 めちゃくちゃ危ない人だ!


「221号、ゾエも質問があります」


 俺の手から抜け出したゾエが、危険人物と相対する。

 まるで臆した様子がない。


「…何かな?」

「装甲とセンサー系に41箇所の欠落が見られます。あの機体は未完成なのではないですか?」


 恐るべき観察眼!

 俺が見ても、肩部装甲の欠落以外分からねぇ。


「…それに気付くとは……その通りだよ。彼女は兵器というには未成…部品が欠落している」

「それ、販売していい状態なのか…」


 中古品かジャンク品にならないか、それ?


「それ以前に、無人兵器工廠の機体なら無人兵器でしょう」


 アルの言う通りだ。

 マッド・ドッグそっくりだし、無人兵器の同類と見るべきだよな。

 まさか、暴走するパターンでは?


「彼女には…


 なんだって?

 聞き返す前にリフトが到着し、鈍い音が地底を反響した。

 荒々しい地肌の見える地面には、無数のケーブルが走っている。


「…紹介しよう」


 そして、221号さんが手で示した方向には──


「ティタノマキアだ…!」


 推定14mの巨人が、俺たちを見下ろしていた。

 全体的に鋭利なフォルムで、脚部と肩部が大きく威圧感がある。

 禍々しさを放つ機体を固定するワイヤーは、まるで拘束具みたいだ。


「ティタノマキア…」


 そんな機体の真正面へ立ったゾエは、じっと巨人の眼を見つめる。


 謎の少女と禍々しいロボットの邂逅って燃えるよね──静まれ、俺!


「でけぇな…」

「だな」


 ダン君と見上げる巨人は、ティタンと別系統の兵器に見える。

 これならクローバーラインに大型ジェネレーター、HEKIUNを搭載しても動きそうだ。

 仮にティタンじゃないとすれば、この機体は何なのだろう。

 なぜ、無人兵器工廠に有人機が?


「販売品という話なら価格について窺っても?」


 大して興味を惹かれていないアルが、オーナーに直球の質問を投げる。


「…彼女をには…無償で」

「無償?」


 思わず振り向いちまったぜ。

 いくら未完成とは言え、破格の条件だ。

 本来、商品にしていい代物じゃなさそうだし。


「しかし、見ての通り彼女は未成……完全な状態とするために、支援を受けたい…それが彼女のだ」

「納品の確約がねぇのに、誰が払うんだよ…新手の詐欺か?」


 ダン君の言うように、詐欺の臭いがするんだが?

 完成したら、この機体は私のものだとか言って襲ってくるパターンもあり。


「大々的に公開した方が人も資金も集まるのでは?」

「ここを見つけられない有象無象に…彼女は起動できない…その点で君たちは、いや…は合格というわけだ」


 アルの提案を軽く流して、221号さんはゾエを見遣る。

 あの通路、特に細工みたいなのは無かったと思ったけどな。


「有象無象は……起動できないどころか、機体情報を処理できず、末梢神経に損傷を負う始末…!」


 221号さん、ここにはいない誰かへの恨み節を吐く。

 さらっと怖い単語が聞こえたぜ。


 乗ったら最後とか重大な欠陥だろ──プレイヤーなら大丈夫なのか?


 いや、リスポーン前提の機体とか嫌だわ。

 やっぱり俺の直感は間違ってなかった。


「あらゆる性能で彼女は既存のティタンを凌駕した存在…最強なのだ……起動さえ叶えば、どれだけの闘争を見せてくれるのだろう…」


 自分の世界に入ってしまった221号さんを捨て置き、ゾエの説得へ向かう。

 普段の明るい雰囲気は鳴りを潜め、じっとティタノマキアを見つめている。


「ゾエ」


 ゆっくりと振り返ったゾエは、心ここにあらずって感じだった。

 研究施設で目覚めた直後の姿を思い出す。

 瞳は赤くない、大丈夫だ。


「この機体は、やめておこう」

「どうしてですか…?」

「起動しようとすると脳に猛烈な負荷がかかるんだそうな」


 機体情報の処理というのが、いまいち想像できないが、危険なことはさせられない。

 それにゴーストのシステムが対応してない可能性も──


「それはリソース不足が原因です…多分」

「多分って…」


 ぼんやりとしているが、ゾエは穏やかに微笑んだ。

 なぜ、乗ってないのに分かる?


「どこかで見たような…とても懐かしい気分になります」


 おいおい、勘弁してくれよ。

 ここでと来たか。

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