チャンピオン
市街を探索します
輸送列車の目的地、地方都市B17は渓谷の壁面に築かれた都市だった。
マイタケの傘みたいな複層の床が張り出し、壁面を穿った穴には建築が詰め込まれている。
「すげぇ景色だな」
床に当たる外周ブロックから、眼下の大河を眺める。
渓谷の底は光の届かない深さだが、ぼんやりと光が見えた。
上流を汚染した高濃度のタジマ粒子が流入しているんだそう。
「V様、お待たせしました」
振り返ると、砲火魔ことアルが綺麗な一礼を披露していた。
サイバーパンクなデザインのボディスーツよりメイド服の方が似合いそう。
「弾薬費は足りた感じ?」
「はい」
ピースサインを見せるが、無表情である。
人間の仕草を真似するアンドロイドみたいな──
「交渉に成功しました」
「うわぁ……」
悲しきトリガーハッピー赤字モンスターだよ。
その背後から冴えない表情のダン君とツインテールのゾエちゃんが歩いてくる。
「ダンの機体はカラーリングが良いです!」
「お、おう……ありがとな」
ゾエちゃん、移動中に授けられた師匠の教えである褒めて伸ばすを実践中。
あのトリコロールカラー、俺も良いと思うんだ。
主人公機って感じがする。
「V様、ゾエ様、これからの予定はどうされますか?」
「うーん…特に予定はないな」
相棒に弾薬は補充したし、ここからは自由時間だ。
予定はない。
「ゾエはあります!」
「お?」
俺とアルの間から、ひょこっと頭を出すゾエ。
「ここには独自のパーツがあるとヘイズは言っていました」
言ってたな。
当人はストーリーイベントの最新情報を集めるため単独行動中。
師匠は予定があるらしく今日はログアウトしている。
寂しい。
「そうですね。B17は鉱物採掘の技術を応用したパーツが多くあります」
「パイルバンカーとかだよな」
「え、マジで?」
最優秀工具のパイルバンカー発祥の地に、俺は立っている?
「…ここの特産品だったのか」
「特産品かは知らねぇけど、発祥はB17らしいぜ」
ちょっと得意げなダン君、しっかり知識を蓄えていて偉い。
俺も聞くばかりじゃなくて自分で調べないとな。
「なので、ゾエは専門ショップを巡りたいです!」
「行くか!」
「ええ、行きましょう」
即決即断、善は急げだ。
それから3人揃ってダン君を見つめる。
「そんな目で見るなよ…ああ、もう行くっての!」
「よし!」
意気揚々と外周ブロックを出発し、壁面の商業ブロックへと入る。
すれ違う通行人はセントラルと大差ない。
地方都市って名称は良くないと思うんだ。
この規模ならセントラルと同じか、それ以上だ。
「そういえば、アルはショップの場所を知ってるのか?」
ノープランで商業エリアに入ったが、目的地を俺は知らない。
ぶっちゃけ雑踏で迷子になりそうだ。
ダン君、今更何を言ってんだって顔をしたな?
「はい、ここは以前に来たことがあります」
「お、頼むぜ」
「大船に乗ったつもりで、お任せください」
どこか自信に満ちた様子で、アルは宣言する。
大丈夫だよな?
◆
人気のない坑道の闇で、2人のプレイヤーが相対していた。
1人の頭には大型リボルバーの銃口が当たっている。
「何のことか分かりませんよ、ヘイズさん」
ペストマスクに似た面を被る性別不詳のプレイヤーは、両手を小さく上げる。
「ここ最近、イレギュラーな襲撃が多い」
狐の面の奥から響く声には、明確な殺意があった。
大型リボルバーを握る義手の指は、既にトリガーへ指をかけている。
「私が情報を漏らしている、というのは被害妄想めいていませんか?」
「確かに、あいつも私も有名人だ」
杭打ち狐という二つ名を持つヘイズ。
そして、オープニングを打倒したイレギュラーたるV。
注目を浴びるということは、騒動を引き寄せることを意味する。
「だから、これまでは見逃していた……だが、今日の1件は違う」
「……輸送列車襲撃の件ですか」
「常識的に考えて、当局の積荷を狙う馬鹿はいない」
「成功の公算がなければ、自殺行為ですからね」
プレイヤー数に対して能力不足な自治組織だが、武力は上位クランに匹敵する。
そして、プレイヤーに一定の秩序を与える組織は、ペナルティを課す権限を持つ。
敵対しても利益は少ない。
「だが、連中は公算を立てられる情報を得た」
それでも目先の利益に釣られ、少しでも勝算が見えると食いつく愚者はいる。
21機のスクラップを生み出したバンディットが良い例だろう。
「装甲列車を伴わず、護衛はティタンだけ……とかな」
当局の誇る移動要塞があれば、ティタンの護衛は6機も必要ない。
大抵のティタン乗りは、3連装タジマキャノン6基の砲撃で沈む。
しかし、今回は随伴していなかった。
「装甲列車がオーバーホール中なら護衛が手薄と──」
最後まで語らせず、レイブンの頭部を銃口が突く。
「なぜ、オーバーホール中と知っている?」
当局の護衛計画は基本的に開示されない。
ヘイズでさえ当日、輸送列車を確認するまで知らなかった。
情報を得られる者は限られる。
「情報の入手手段はお答えできませんねぇ……ただ、仮にですよ」
重い溜息を吐き、レイブンはゴーグルの奥底からヘイズを見遣る。
「その情報を襲撃犯に売ったとして、私に得がありますか?」
口から出た言葉は、命乞いではなかった。
純粋な疑問、あるいは興味。
「襲撃が成功すれば、お前の低俗なゴシップ記事を盛り上げられる」
感情を逆撫でする言葉を、ヘイズは正面から叩きつける。
「失敗したら、骨折り損のくたびれ儲けじゃないですか」
しかし、それを耳にしたレイブンは失笑するだけ。
「箸にも棒にも掛からない連中じゃ、話題にもできやしない」
有象無象に貴重な情報を売ったところで、有効に活用はできない。
それどころか、情報を辿られて窮地に陥る危険性がある。
レイブンにとって旨味がない。
「ふん……節操無し、ではなかったな」
そして、ティタン・フロントラインの情報通を気取るブン屋は、吝嗇家だ。
対価があっても、簡単には情報を売らない。
「ご理解いただけて何よりです」
大型リボルバーの銃口が頭から離れ、レイブンは両手を下げた。
「…手間を取らせたな」
殺意を霧散させたヘイズは、静かに得物を収める。
黒い格好の両者は、坑道の闇と紛れて境界線が曖昧だ。
「疑われるのも無理はないですが、もう少し信用してほしいですねぇ」
「なら、日々の行いを改めろ」
「おっと、これは手厳しい」
くぐもった笑い声を面の奥で響かせるレイブン。
それを尻目に、ヘイズは坑道の出口へ足を向ける。
「お詫びというのも変ですが…耳寄りな情報を一つ」
坑道の闇に同化したレイブンが独り言のように囁く。
騒動を期待するブン屋の声色に、ヘイズの警戒心が高まる。
「ここにチャンピオンが来ているようですよ?」
「ちっ……面倒な」
意識せずともヘイズは舌打ちしてしまう。
強敵と戦わずにはいられないバトルジャンキーが、近場を徘徊している。
ストーリーイベント目当てに集ったプレイヤーを狙っているのだ。
「皆さん、露骨に避けられますよねぇ……私としては、話のできる方と思うのですが」
無関係な大多数のプレイヤーには、その人物像は好意的に映るだろう。
しかし、腕に覚えのあるティタン乗りには、厄介極まりない存在だった。
「捕まるなよ……」
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