スクラップたちに祝杯を!

 ポイントの修理が完了するまで、輸送列車は停止したままだ。

 そこで21機のスクラップを生産した俺たちは、清々しい気分で祝杯を上げていた。


「バンディットの撃破を祝って乾杯!」

「乾杯!」

「乾杯です!」


 手に持ったカップを打ち合わせる。

 乗務員さんから感謝の差し入れをもらって、待機室はパーティー会場に早変わりだ。

 盛り方次第で美味しそうに見えるぜ、ポストアポカリプス飯!


「今日のMVPはゾエ君だな」


 師匠の言葉に、全員が頷く。

 計8機のティタンをスクラップにしたゾエは、文句なしのMVPだ。

 仕事が無いんじゃないかって心配になるほどの大活躍だった。


「HEKIUNにキルマークを追加したいです! ヘイズ、いいですか?」


 満面の笑みで告げるゾエを見ていると、こっちまで嬉しくなってくる。

 ただ、HEKIUNの砲身、そのうちキルマークで埋まりそう。


「ああ、好きにしていいぞ」


 狐の面を外しているヘイズは、稀に見る穏やかな笑顔で応じた。

 スクラップの情報をサルベージ屋に流し、悪くない仲介料が入ったらしい。


「良かったですね、ゾエ様」

「はい!」


 ゾエの隣に座るアルも微かに頬を緩める。

 戦場をAP弾で耕し、ミサイルでクレーターだらけにして、ご満悦だった時より健全だと思う。

 さて、そんな祝勝ムードで辛気臭い顔をしている人がいます!


「どうしたよ、ダン」


 カップを両手で持って、お通夜みたいな空気を醸してる。

 暗い、暗いぞ!


「いや……俺は何も…」

「1機撃破したじゃないか」


 師匠の言う通りだ。

 何もしてないわけじゃない。

 絶対に。


「それは、J・Bさんの援護があったから……」

「チャンスにしたのはダンだろ?」


 師匠は的確なタイミングで援護射撃を撃ち込んだ。

 でも、それで生まれたチャンスを物にしたのはダンなんだよ。


「V様がイレギュラーであって、貴方の腕ならば大金星でしょう」

「うむ…誇ってくれ」

「そ、そうかな」


 アルと師匠の飾らない言葉を聞き、少しだけ顔を上げるダン君。

 人と比べても仕方ない。

 そんなことより自分を褒めるんだよ!


「あの距離でフレイムロックを使ったのは、良い判断だった」


 カップを黙って傾げていたヘイズが、ダンへ視線だけ向けて告げる。


「え?」

「あの距離なら重量級でも止まる。次からは積極的に狙うといい」


 ヘイズが誰かへ助言するなんて珍しい。

 助言を受けたダン君も、ブロック食品を頬張るアルも固まっていた。

 師匠だけ両腕を組んで頷いている。


「ダンは自信を持つべきです!」


 本日のMVP、ゾエちゃんがダン君の肩を持ち、首を揺らす。

 真剣な表情だけど、何か様子がおかしい?


「お、おう…?」

「ダンはVと比較して敵弾への反応速度が1.2秒遅いだけです! 射撃の精度はアル以下ですが、命中率は61%もあります! これはバンディット21機の平均反応速度、命中率を上回ってることになります!」


 ぺらぺらと喋るゾエは、一通り話し終えてから破顔する。

 今、わずかにスカイブルーの瞳が赤みを帯びてなかったか?


「褒められてんのか、俺? というか、放してくれよ」


 ダン君の首が徐々に締まっていく。

 なんだか嫌な予感がしてきたぜ。


「なぁ、ヘイズ……何か変だぞ?」

「ああ」


 困惑するダン君、その肩を揺らし続けるゾエを横目に、ヘイズと顔を見合わせる。


「ゾエ、大丈夫か?」

「大丈夫です! とても気分が良いです!」


 ふにゃふにゃな笑みを浮かべるゾエの腕を掴む。

 ダン君の顔が青くなってきたから、そろそろ楽にしてやってくれ。


「V、早く手を……うっ」

「ダン、しっかりしろ!」


 ゾエちゃんの手、まったく放れないね。

 細い腕なのに力強いな、おい!


「あ、差し入れの蒸留アルコールが空いています」


 アルがテーブルの上で、空になったパック飲料を発見する。

 AQUAVITと書かれたアルコール度数41%の代物だ。

 まさか、飲んでしまったのか──


「癖になる味でした! また飲みたいです!」

「…いかん」

「ヘイズ、チェイサーある!?」

「何をやっている…!」


 この後、はしゃぎまわるゾエ捕獲のため、4人で奮闘することになる。

 ダン君は力尽きた。



 プレイヤーのリスポーンには、クレジットが必要となる。

 ティタン乗りという性質上、リスポーンは身近な存在で、必要となるクレジットは高くない。

 一般的なプレイヤーを悩ますのは、愛機の修理費であろう。


「まだ、ペナルティが足りなかったか?」


 例外があるとすれば、マリオが見下ろす拘束者たちだ。

 ペナルティを課され、リスポーンの費用増や各種施設の利用制限を受けた


「どうして当局の輸送列車を襲った? ん?」


 当局の輸送列車を襲撃したバンディットたちは、誰も視線を合わせようとしない。


≪マリオ、こいつらどうする?≫

「どうしようかね、ほんと」


 全長10mの巨人を見上げ、マリオは頭を掻く。

 灰白色の軽量級ティタンは、ライフルの砲口をバンディットへ向けたまま微動だにしない。

 セントラルのリスポーン地点、素体再生センターの前にティタンを投入できるのは当局だけだ。


「隊長の命令は徹底的にやれ、だけど」

「なら、とっとと拘留所に叩き込むか」


 パトロールカーの影から現れた細身のサイボーグが、肩に担いでいたショットガンを構える。

 しかし、現場指揮を執るマリオは渋い面で、21人のプレイヤーを睨む。


「拘留しても効果ないからなぁ……」


 NPCには効果的だが、プレイヤーには効果が低い。

 反省部屋と称した当局の拘留所は、すぐ満員になり、釈放されてしまう。


≪なら、プランBしかない≫


 だからと言って、悪質なプレイヤーの跋扈を許す自治組織ではない。

 見逃すが、今回の襲撃を企てた者には相応の罰を与えなければならない。


≪ペナルティをAにしてエリア8へ棄てる≫


 白けた空気を漂わせていたバンディットたちが凍りつく。

 それを包囲するNPCの局員も表情が引き攣っている。


「やっぱり、そうなるか…」


 提案を受けたマリオは、さも残念そうにバンディット一行を見渡す。

 パトロールカーに背中を預け、黙考しているように振舞う。


「ま、待ってくれ!」


 リーダーと思しき男が飛び出し──その眉間にショットガンの銃口が当たる。


「ペナルティは分かるが、そこまでやるのか!?」

「更生しないなら仕方ない」


 構わず食い下がる男を見下ろし、マリオは首を横に振る。

 エリア8への放逐とは、最悪の刑であった。


「俺たちの比じゃない悪質行為だぞ!!」

「運営が禁止してないなら利用するだけだ。せいぜい反省してくれよ?」

「くっ……そ、そうだ、情報を話すから見逃してくれ!」

「ほう」


 自己保身のために口を回すリーダーの男。

 空気が緊張感を帯びるも、ライフルの砲口を前に誰も動けない。


「輸送列車を狙ったのは、護衛が手薄って情報を得たからだ!」

「誰から得た?」

「そ、それは……分からねぇ」


 マリオは細身のサイボーグと顔を見合わせ、肩を竦める。

 それを見た男は、必死の形相で叫ぶ。


「嘘じゃない、匿名だったんだ!」

「よく信じる気になったな」


 お尋ね者でも20人のプレイヤーを集めた者にしては、浅慮だ。

 そして、肝心な情報を持っていない。


「フェイクにしちゃ詳細だった……事実、計画──」

「分かった、もういいぞ」


 情報の精度よりもであるかが重要だ。

 このバンディットどもに大した価値はない。


「全員、エリア8の放棄プラント行で。はい、撤収」


 マリオが砕けた口調で命令を下し、バンディット一行に絶望が広がる。

 それはリーダーの男も同様だった。


「おい、俺は話したぞ!」

「誰も解放するとは言ってないだろ?」


 男を見下ろし、マリオは心底不思議そうに言う。

 何一つ約束もせぬまま、口を滑らせた男が悪いのだ。

 同情的な視線を向けるNPCの局員たちが、一行を立たせる。


「エリア8は嫌だぁぁぁ!」

「人の心がねぇのか!」

「くそが!」


 みっともなく喚き、当局の装甲車へ連行されていくバンディットたち。

 素体再生センターから出てきたプレイヤーは、それを迷惑そうに見送る。


≪拘留所をエリア8に建てよう≫

「破壊されるのがオチだな……どうした、マリオ?」


 ショットガンを肩に担ぐ細身のサイボーグは、隊長の右腕を務める男を見遣る。


「……なんで護衛の詳細までは教えてやらなかったんだろうな」


 マリオは顎に手を当て、首を傾げた。

 情報を提供した者のに。

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