誤算だらけのレイド!

 眼下の赤茶けた荒野は地平線まで続き、生命の息吹を感じない。

 文明の痕跡と言えば、宇宙戦艦の残骸か、ターゲットの輸送列車が走る線路だけ。


「この数で襲ったら取り分が減るじゃねぇか……」


 輸送ヘリコプターに固定された愛機の中で男は毒づく。

 レーダーには青点が20も表示されているが、とても味方と呼べたものではない。

 輸送列車に迫る一行は、お尋ね者の集まりなのだ。

 僚機以外のプレイヤーは利害の一致した敵でしかない。


≪それでも破格のクレジットが手に入る≫


 追従する輸送ヘリコプターに固定された僚機から安堵の声が届く。

 男たちは初心者狩りを行い、自尊心と懐を満たすプレイヤーだった。

 しかし、分不相応にも有名配信者を狙い、と遭遇してしまった。

 そこからは転落まで一直線。


≪これで借金地獄からおさらばだぜ!≫


 配信者のファンに目を付けられ、リスポーンキルされ続けた結果、彼らのクレジットは底を突いた。


≪くそっ…配信者も、あいつも絶対殺す…!≫

≪ティタンじゃ厳しいぜ? いっそセントラルで襲うか≫

≪名案だな…今の俺たちを当局が止められるものかよ≫


 本来、プレイを諦める状況でも諦めなかった男たちは、歪な夢を語る。

 どれだけ実現性が低くとも、当面の問題から解放されると信じている彼らの口は軽い。


≪全員聞け≫


 バンディットの一行を率いるプレイヤーから通信が入る。


≪ポイントを爆破した。停止したところへAチームが突撃、Bチームが支援しろ…だ、失敗すんなよ≫

≪了解≫

≪あいあいさー≫


 バンディット一行は勝利を確信し、空気に緊張感はない。

 21機の大編隊が分かれ、18機がターゲットへ向かって飛ぶ。


「簡単な仕事、ね…」


 その1人である男もまた口角を上げた。

 遠距離戦にも対応した愛機のカメラが、30両編成の輸送列車を捕捉する。

 ティタンのパーツや弾薬を満載しただ。


≪見えてきたぜ≫

≪さすがに長いな≫


 砂塵を上げて荒野を進む姿は巨大な龍を思わせた。

 しかし、その護衛は6機。

 プレイヤーなら当局へ迂闊に手出しできない、という驕りが透けて見える。


≪護衛が出てきたぜぇ…!≫

≪この数を相手に出てくるとは……とんだ馬鹿だ≫


 まだ詳細な識別はできないが、戦車型1機を除いて平均的なシルエットだ。

 それを見て、バンディットは嘲笑う。

 しかし──


≪こちらBチームのホットスポット……護衛にを視認した≫

≪は?≫

≪なんだと?≫


 その通信によって一行に緊張が走る。

 オープニングを打倒したイレギュラーの登場を疑わなければならない。

 スティックを握る手に力が入り、男の背中を冷や汗が伝う。


≪くそ…杭打ち狐だ! 本物だぞ!≫


 悲鳴に近い声が通信を満たし、空気が一気に緊張感を帯びる。

 敗北の影が、砂塵の奥底で笑う。


≪怖気づいてんじゃ──≫


 鼓舞の言葉を紡ぐ前に、リーダーの駆るティタンは爆炎に包まれた。

 輸送ヘリコプターも巻き込み、空中で破片が四散する。


≪そ、狙撃っ≫


 その至近を飛行していた機体が爆発し、上半身を失った戦車型が落下する。

 ロックオン警報は鳴らない。

 しかし、愛機のカメラにはを行う逆脚のティタンが映っていた。


≪まずいぞ、これ!≫


 砂塵を切り裂いて大口径キャノンのHE弾が飛来する。

 同時に5機のティタンが輸送列車より飛び出す。


「高度を下げろ!」


 爆散する輸送ヘリコプターを横目に降下を開始し、赤き地表が迫る。

 

≪Bチーム、敵の狙撃だ!≫

≪分かってる!≫


 降下したところで、大口径のHE弾はバンディットを逃さない。

 閃光と爆炎が鉛色の空を彩る。


≪魔弾の射手だ…!≫


 大型レーザーブレイドを握ったティタンの上半身だけが、赤い地表を転がっていく。


≪ロックを解除しろ! このままじゃ狙い撃ちだ!≫


 ロックを解除され、空中へ放り出される鋼の巨人たち。

 しかし、落下中の1機がHE弾の直撃を受け、弾薬に引火して花火を咲かす。


「くそっ当たるなよ!」


 悪態を吐きながら男はペダルを蹴って、スラスターを噴射。

 重量級の愛機が砂塵を巻き上げ、地表を疾駆する。


≪どうすればいい!≫

≪近づけねぇぞ!≫


 狙撃を生き延びたティタンは13機だった。

 数的優位は崩れていないが、士気は崩壊寸前だった。


 停止した輸送列車の最後尾で閃光──僚機の軽量級ティタンが砕け散る。


「くそっ!」

≪匍匐飛行でも当ててくるぞ!?≫

≪宇宙戦艦の影へ逃げ込め!≫


 スティックを倒し、愛機を加速させる。

 破壊不能のオブジェクト、宇宙戦艦の残骸を盾に接近を図るのだ。

 お尋ね者になろうと実力まで腐ってはいない。


≪こちらBチーム、支援を──≫


 通信が途絶え、代わりにロックオン警報が鳴り響く。

 それは墓標の上で堂々と待ち構える5機のティタンからだった。


≪あれは……砲火魔!?≫

≪散開しろ!≫


 紅白の派手なカラーリングの戦車型が、突如


≪うっうわ!?≫


 AP弾とミサイルの豪雨がバンディットを襲う。

 掃射に捉えられた中量級ティタンは、四肢を吹き飛ばされて地表に埋まった。

 その至近で被弾し、姿勢を崩した軽量級はミサイルに貫かれて爆散する。


≪くそったれ!≫


 両腕のガトリングから砲火を放ち、ミサイルを迎撃する僚機。

 付近には顔も知らない同業者が3機、バンディットは分断されていた。

 弾幕は戦場一帯を混沌で満たす。


「来やがったな…!」


 愛機のエネルギー残量を確認しつつ、男は迫り来る敵を睨んだ。

 高速で距離を縮めてくる純白のティタンをロックオン。


≪杭打ち狐め…!≫

≪くそったれ!≫


 一斉にトリガーを引き、杭打ち狐へ射撃が殺到する。


 しかし──視界にMISSの表示が躍った。


 ターゲットマーカーを振り切って、頭上を舞う純白の影。

 構えられた右腕のショットガンが火を噴く。


≪ぐっ、ぐぁ!?≫


 砲声は3度。

 直撃を受けた逆脚のティタンは、頭部を含む上面を無惨に破壊される。

 頭部と肩部が大破、戦闘不能だ。


≪野郎!≫


 仲間と思しき2機が、杭打ち狐を追って旋回する。

 砂塵が舞い、赤熱した弾丸が飛び交う。


 男も追従せんとスティックとペダルを操作──ロックオン警報が鳴る。


 背後から迫る赤点が、レーダーには映っていた。


「ちっ新手か!」


 中途半端な旋回を止め、敵機と相対する。

 新手は、初期機体に毛の生えたようなティタン。

 トリコロールのカラーリングは、赤茶けた戦場には不似合いだった。


≪フレイムロック? お上りかよ!≫


 ミサイルを迎撃し終えた僚機が、両腕のガトリングを掃射する。

 距離の問題もあって、AP弾は跳弾した。

 しかし、敵機は慌てた様子でスラスターを噴射。


「こいつ、初心者か!」


 その機動の拙さから男は、敵を格下と認識した。

 着地を狙ってレーザーライフルを構えるが、敵機の右肩で閃光が瞬く。

 愛機のスラスターをカットし、慣性で大地を滑る。


≪無駄だ!≫


 初期型のミサイルは威力以外のスペックが低い。

 余裕綽々で僚機は迎撃し、6つの爆炎で砂塵が舞った。

 なおも放たれるオレンジの弾幕がトリコロールの巨人を襲う。


≪おらおらおら!≫


 左腕のライフルで懸命に反撃するも、その火力差は歴然。

 対する僚機は回避もしない。

 そして、トリコロールの巨人はエネルギー切れに陥り、落下する。


「遊んでる場合か! とっとと潰すぞ!」


 レーダーの青点は既に3機。

 男はターゲットマーカーの未来位置を睨み、トリガーに指をかける。

 せめて、1機は撃破せねば──


「なにっ!?」


 刹那、レーザーライフルの砲身を青い閃光が溶融させた。


≪右腕武器にダメージ──使用不能です≫


 視界に表示されるDANGERの文字。

 が通過した空間で陽炎が揺らめく。

 砂塵舞う戦場の彼方、レールガンを構える鉄色のティタンが見えた。


≪おい、杭打ち狐は──≫


 レーザーライフルを投棄した瞬間、僚機の胸部装甲が吹き飛ぶ。

 コックピットから頭を覗かせるのは、鋭利なだ。


「ふざけんなよ…!」


 僚機の影に潜む純白の影をロックオン、同時にペダルを蹴る。


「廃人どもが!!」


 後退する愛機の中、男は渾身の力を込めて吠えた。


 両肩のロケット弾を発射し、僚機ごと爆砕──できていない。


 鉛色の空をバックに舞う逆脚のティタンは、以外を浴びていない。

 そして、レーダーから最後の青点が消える。


「がっ!?」


 背中を蹴られたような衝撃、機体損傷の警告が鼓膜を叩く。


≪胸部背面にダメージ、回避してください≫


 6度の衝撃が襲い、愛機は完全に硬直する。


「くそっ!」


 男が睨みつけた背後には、トリコロールの機体がフレイムロックを構えていた。

 弾切れに気が付き、左肩のレーザーキャノンを構える。

 と称されるエネルギー武器の砲口で閃光が瞬く。


「こんな奴に──」


 背面を貫通した光線の濁流に飲まれ、男は死んだ。

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