荒野を走るエクスプレス!

 各自の予定を調整した結果、地方都市B17への出立は後日──つまり今日となった。


 そして、俺は今、洗面所の鏡を見ながら歯を磨いている。

 プレイ後は即刻ベッドインするため、今のうちにやることを済ませておくのだ。


「あにじゃ」

「うん?」


 隣で歯を磨く可愛い我が妹を見遣る。

 もごもごしてるのを吐き出してからな?

 口をすすいでから優華は俺を見上げる。


「ティタン・フロントラインって…」

「おう」

「軍用AIの試験場って本当なの?」


 おいおい、ちょっと待ってくれ。

 なぜ、愛しの妹の口から軍用AIとかファンタスティックさの欠片もない単語が飛び出してきたんだ?

 兄ちゃん、びっくりだよ。

 急いで口の中を空にして、優華と向き合う。


「どこでそんな頭の悪そうな情報を拾ってきたんだ」

「ネットの広大な海」

「ほどほどにしなさいって父さんも言ってたろ?」


 あることないこと書いてあるんだから。

 誰だよ、Vは人間に擬態した戦闘用AIとか書いた野郎は!

 まったく、ちょっと面白いと思ったのが悔しい。


「兄者が熱中してるゲームだから……」


 心配そうな優華を見ると、そんな気持ちは吹っ飛ぶ。

 ネットリテラシーの甘い内は、SNSに触れさせるのは早計だと思うんだよな。

 こういう情報に免疫がない。


「なるほどね…ちょいと見せてみ」


 優華が取ってきたスマホの画面には、胡散臭そうな記事が映っていた。

 曰くアメリカ空軍はパイロット不足の深刻化に伴い、無人兵器の実用化に心血を注いでいる。

 その一環で、軍用AIの試験場としてティタン・フロントラインは利用されている、と。


「だったら、別のゲームでいいじゃん……」


 無人兵器が登場するからって、こじつけが過ぎるわ。

 現代戦を題材にしたVRMMOもある時勢に選ぶ意味がない。


「優華、これは作品の評価を落とそうっていうアンチ記事だ」

「そうなの?」

「そう。だから気にしなくても大丈夫!」


 胸を張って優華に宣言する。

 それっぽい専門用語を並べているが、数字も根拠もなかった。

 ただの妄想だぜ。


 こんな記事を書くのは誰だ──ワタリガラス?



「V、見てください! 宇宙戦艦の残骸です!」


 分厚い防弾の窓に額をくっつけたゾエの言葉に、俺は反応せざるを得ない。


「宇宙戦艦だって!?」


 揃って窓にヘルメットを打ちつけ、横へ流れていく荒野を眺める。

 そこには赤茶けた砂に覆われた長方形の構造物!

 装甲が脱落し、アンテナは折れてるが、確かに艦っぽい。


「いい…!」

「宇宙戦艦というのは一説だな。現状、破壊不能なオブジェクトでしかない」


 補足したヘイズは左前のアルからカードを抜き、ペアのカードをテーブルに投げる。

 もう手元にカードはない。


「私は生体兵器の運搬船だと見ました」


 そう言ってアルは、隣の師匠からカードを抜き取る。

 ペアをテーブルへ投げて、無表情でピースサイン。


「アルビナ君の配信か……あれは不憫だったな」


 バケツ頭から憐みの声を響かせる師匠。

 隣から差し出された2枚のカードから、躊躇なく1枚を選び取る。

 そして、最後のペアをテーブルへ投げた。


「ダンの負けです!」

「ちっくしょう!!」


 敗北者の声が待機室に木霊する。

 面白い兄ちゃんことダンは最高のリアクションで応えてくれた。

 ポーカーフェイスを保てないのが、敗因なんだよなぁ。


「これで3連敗ですね!」

「くっ…く…!」


 ゾエの光り輝く笑顔を前に、ダン君の口汚い言葉は封印される。

 無邪気って残酷だよな。


「はぁ……なぁ、V」

「どうした」


 突然、神妙な顔つきになって俺を見るダン。

 人生相談か、乗るぜ?


「なんで俺、ここにいるんだ?」

「ゑ?」


 なんでって、そりゃ俺が呼んだから。

 輸送列車の護衛をダン君が引き受けてくれたから。


「報酬に釣られちまったけど……これ、ニュービー向けじゃないよな!?」


 待機室のテーブルに集った面子を見て、ダンは情けない声を出す。

 安心しろよ。


「俺もゾエも初心者だから」

「お前みたいな初心者がいるか!」


 どうして、そんな酷いことを!

 俺たちは同期じゃないか。


「誰にでも初めてはある……これが初体験ってだけだろ?」

「少年の言う通りだ、ダン君」

「順序があるだろ!?」


 通った後に道はできるんだよ!

 細かいこと気にしても仕方ないぜ。


「これじゃ、ただの寄生じゃねぇか……」


 ダンは肩を落とし、深刻そうな表情で言う。


 寄生──他者の活躍に依存して報酬を得ようとするプレイスタイルだ。


 まったく気が回らなかった。

 そこまで考えていたとは、やっぱり根が真面目なんだな。


「ほう……存外腐ってはいないらしいな」


 ダン君に対して塩対応だったヘイズが、ふと言葉を漏らす。


「俺は順当に強くなりたい……それだけだ」

「その向上心があれば、これも無駄な経験にはならんだろう」


 ヘイズの言う通りだ。

 師匠と一緒に腕を組んで頷く。

 無駄な経験なんて存在しないと俺は思ってる。

 失敗も敗北も、いずれは武器になるのだ。


「いや、迷惑かけてまで──」

「こいつの名を騙った時の意地汚さはどうした?」

「うっ…」


 食い下がろうとしたダンへ突き放すように言い放つ。

 ヘイズさん、容赦がない。


「お荷物が増えたところで誤差の範疇だ──何事も糧にしろ」


 それだけ言ってヘイズはテーブルのカードを集め出す。

 狐の面で決して表情は見せないが、人の好さが滲み出てるんだよな。


「私の時と対応が違いませむご」

「アル、今は黙っておくところです…」


 ゾエの手によってブロック食品を捻じ込まれ、アルは物理的に口を閉じる。

 この短期間で上下関係を構築するとは、やるな。

 そんな成長に感じ入りつつ、渋面を浮かべるダン君の肩を叩く。


「迷惑とか気にせずに、な?」

「……ああ、もう分かった!」


 がしがしと頭を掻き、ダンは待機室の面々を見回してから宣言する。


「足手纏いだろうけど、俺なりにやってやるよ!」

「おう!」


 あの時、連絡先を交換して正解だったと思う。

 人心の荒廃が深刻なティタン・フロントラインでは、貴重な人間性だ。

 ゆくゆくはレールガンの信徒にして──


≪バルドル・エクスプレスから傭兵へ、仕事の時間だ!≫


 待機室の天井に備え付けられたスピーカーから野太い声が降ってくる。

 この輸送列車を運転するNPCのものだ。

 仕事ということは?


≪バンディットと思しきティタンの集団が接近中…≫

強盗騎士バンディット…!」

「どうどう」


 スカイブルーの瞳を輝かせて立ち上がるゾエを、ひとまず座らせる。

 最後まで聞こうな。


≪くそったれ、数は21機! 包囲される前に撃退してくれ!≫


 ノイズ混じりの放送が切れ、俺たちは顔を見合わせる。

 ティタンが21機、数だけなら3倍近い。


「21機って…そ、そんなのどうすりゃ──」


 青い顔をしてるダン君の肩を叩き、思わず口角が上がる。

 大盤振る舞いじゃねぇか。

 ゾエから師匠、次にアル、そしてヘイズと視線を合わせ、頷く。


「行くぞ」

「よっしゃぁ!」

「ふっ…楽しくなりそうだ」

「HEKIUNの出番ですね!」

「殲滅戦は得意です」


 愛機が待つ格納庫に向かって意気揚々と駆け出す。

 ロボットバトルの時間だぜ!


「これ、俺がおかしいのか…?」

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