ロマンにも方向性あり!

 格子状のフレームの奥で、緑の眼光が光る。

 デスクで両手を組むブライアン隊長は、全身からプレッシャーを放っていた。


「付き合う相手は考えた方が良いぞ」

「ああ、同感だな」


 負けず劣らずのプレッシャーを放つヘイズが、俺の隣で頷く。

 え、なにこの重い空気。


「筋金入りのアウトロー、それも火薬臭い女はぞ」

「当局の犬、しかも化石で殴りかかる男など論外だ」


 会話のドッジボールとか生温い。

 不俱戴天の仇を前にしたような直球の敵意で殴り合ってやがる。

 ヘイズさん、本日は依頼の説明を受けに来たのですが?


「質実剛健の象徴たるナックルが化石だと? 面白いことを言うな、杭打ち狐」

「事実だ、殴り屋。斥力場無しで装甲を砕けん文鎮だ」

「火薬で加速しなければ、装甲を貫けん工具が何を言う」

「その最優秀工具に駆逐されたはなんだったか?」

「どこの世界線で話している。駆逐したのは顧客だけだろう」


 売り言葉に買い言葉。

 パイルバンカー派とナックル派の間に一体何があったのか。

 似た者同士でいがみ合う光景に、人類の愚かさを覚えたり覚えなかったり。

 哲学者になっちまうよ。


「ここは互いを尊重して──」

「パイルバンカーを侮辱した罪は重い」

「ふん、ナックルの錆にしてやろう」


 なんで息ぴったりなんだよ。

 実は仲良いでしょ、2人とも?


「雌雄を決する必要があるらしいな」

「いいだろう」


 いや、よくないが?

 冷静な2人は何処へ行ったんだよ。

 落ち着け、ステイクールだ。


「説明が終わってからでいいか、ブライアン?」


 救世主はいた!

 デスクの隣で空気に徹してた副官っぽい人だ。


「…そうだな」


 すっとプレッシャーが引き、ブライアン隊長は咳払いを一つ。

 隣のヘイズも両腕を組み、口を閉じる。


「本題に入ろう」


 何事もなかったように、依頼の説明に入る。

 副官の人が平然としてるところを見るに、気にしたら負けってことか。


「依頼は、輸送列車の護衛だ」


 セントラルの街並みを映していたウィンドウが、マップに切り替わる。

 マップ上を横断する赤い線が、輸送列車のルートらしい。


「目的地は地方都市B17、積荷はティタンの予備パーツと各種弾薬だ」

「当局が地方都市に肩入れか……編成数は?」

「30両だ。これは戦力均衡を崩すための支援ではないぞ」


 ブライアン隊長とヘイズは淡々と会話を進め、俺は静かに耳を傾ける。

 映画のワンシーンみたいだ。

 たまに忘れそうになるが、これってゲームなんだよな。


「アルジェント・メディウムが第一目標とする人口密集地は、B17である可能性が高い」

「確かなのか?」

「…当局の分析ではな」


 アルジェント・メディウムと戦うってことは、ストーリーイベントの開催地だ。

 運営が無償でパーツや弾薬を融通してくれるわけじゃないのか。

 シビアだな。


「護衛は6機を考えている」


 ウィンドウに輸送列車の外観とティタンの格納位置が表示される。

 定員6名ならセーフハウスにいる全員で行けるぜ!


「多いな…そこまでの頭数が必要か?」


 経験者のヘイズは別の感想を抱いたらしい。

 30両編成を6機で守るのは、むしろ手薄と思うんだが。


「つい先日、二月傘の輸送列車が襲撃を受けた。護衛は全滅、積荷を強奪されている」

「あの変態どもを襲撃するとは、命知らずだな」

「それが襲撃してくる可能性がある。腕利きは多いに越したことはない」


 なるほど。

 2人の会話で事情を把握できた俺に、ブライアン隊長が顔を向ける。

 ヘイズが主体になって話を回してたけど、あくまで俺が受注者なのだ。


「こちらで手配することも可能だが、どうする?」

「大丈夫です」


 定員の6名は既に決めている。

 さっそく交換した連絡先にコールする機会が来ようとはな。


「そうか」


 頷くブライアン隊長の背後が暗転し、セントラルの街並みを映す。


「アンダーセントラルで見せた実力、当てにしているぞ」

「これでも初心者なんですけどね」

「君のような初心者はいない」


 ばっさり切り捨てられ、地味にショックを受ける。

 ティタンの操縦を除けば、どこへ出しても恥ずかしくない初心者じゃん!


「さて…」

「やるか」


 おもむろに立ち上がったブライアン隊長とヘイズが睨み合う。

 副官の人は肩を竦めるだけだった。



 セントラル外縁の廃棄ブロック、再開発前の平地みたいな場所が決闘の場に選ばれた。

 パトロールカーの上から見渡すフィールドには、2機のティタン。

 白色と灰白色でカラーリングは似ているが、デザインは正反対だ。


「これ、大丈夫なんですか?」

「大丈夫、今日のタスクは片付けてるからよ」


 その心配もあるけど、パトロールカーを移動の足にしたり、ティタンで決闘したりしていいの?

 副官のマリオさんはインカムを掴んで、2人に声をかける。


「準備はいいか?」


 無言で2機のティタンは姿勢を落とし、臨戦態勢に移る。

 の重量で、廃棄ブロックの床が軋む。


「始め!」


 開始の合図──赤い光を纏った鋼の巨人が加速する。


 時計回りに位置を入れ替え、一定の距離で睨み合う。

 砲声は聞こえない。

 歩行とスラスターを織り交ぜ、接近と離脱を繰り返す。

 剣道の師範が試合で見せる間合の攻防みたいだ。


「どうして撃たないって思ったろ」


 パトロールカーのフロントに腰かけるマリオさんは、攻防を目で追いながら言う。


「どっちが優れた近接武器か決めるなら射撃は野暮っすよ」

「説明するまでもないか」


 完全武装の理由は、重量の調整だと俺は見ている。

 一番慣れ親しんだ愛機の挙動は、実戦時の状態のはず。


「本気でやりあったら、ブライアンに勝機はない」


 ブライアン隊長の機体は右半身を前にして、左腕のナックルを隠す。


「そうなんですか?」


 ヘイズの白い機体は、やや左半身を出し、パイルバンカーの切先を向ける。


「実戦では全敗中だ」

「なら、勝負はついてるんじゃ?」


 ヘイズは高機動を生かした吶喊はせず、相手の隙を狙う。

 カウンターを警戒して、ペースが崩れ気味に見える。


「近接戦闘に限定すれば、ブライアンは


 ヘイズが意地になるわけだ。

 突進の予備動作で攻撃を誘うブライアン隊長は、余裕があるように見える。

 実際は分からないが。

 フェイントの応酬が続き、両者の間合が縮まる──


「仕掛けるな」

「はい」


 巨人の疾駆で地面が揺れた。


 先んじて動いたのはヘイズ──白い残像が地を這う。


 相手の右脇腹を狙い、パイルバンカーが風を切って唸る。

 灰白色の巨人はの右半身を引く。

 その回転を生かし、カウンターのナックルが飛ぶ。

 彼我の距離が0へ近づき──


「…引き分け、ですかね」


 鉛色の空の下、2機のティタンは彫刻のように静止していた。


「ああ、そうらしい」


 コクピットの目前で止まった杭と拳。

 再開すれば、両者のコクピットは確実に粉砕される。

 それを確認したマリオさんはインカムを掴む。


「これで8度目……ブライアン、気分は?」

≪言わなくても分かるだろう≫

「そうかい」


 不機嫌そうな声が響き、苦笑を浮かべるマリオさんがインカムを手渡してきた。

 インカムを操作し、ヘイズと通信を繋ぐ。


「お疲れ、ヘイズ」

≪一歩踏み込めなかった……まったく忌々しい≫

「そうか? かっこよかったぜ」


 弾丸飛び交う派手な戦いも好きだが、玄人同士の戦いも良かった。

 趣がある、とでも言おうか。

 ロボットバトルは奥が深いぜ。


≪ふん……当然だ≫


 照れると声のトーンが上がるから分かりやすい。

 言わないけど。


 しかし、この決闘──武器の優劣じゃなく技量の優劣だよな。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る