狐と少女とフリーランス!
デジャブな光景が眼前に広がっていた。
セーフハウスの主は両腕を組み、木製の椅子から俺を見下ろす。
「なぜそれを拾ってきた?」
「いや、その、路頭に迷ってる姿が忍びなくて…」
「ほう…殊勝なことだな」
「だろ?」
「とでも言うと思ったか」
知ってた。
だが、聞いてくれ、我が友よ。
追い返す努力はしてみたけど、暖簾に腕押しって感じで──
「彼を責めないでください、ヘイズ」
いけしゃあしゃあと何を言ってるんだ、このトリガーハッピー?
隣で正座するアルは、実家のようにリラックスしていた。
少しは深刻そうにしろよ。
「…逆叉座から蹴り出されて、今は物乞いの真似事か」
「物乞いではありません。就活です」
「いや、集りだろ」
あれを就活って言ったら、就活生から助走つけて殴られるぞ。
というか、逆叉座だって?
「はぁ……また会うことになるとはな、砲火魔アル」
「お久しぶりです、ヘイズ」
まさかの知り合い!
狐の仮面で表情は見えないが、ヘイズは面倒だって雰囲気を全身から醸してる。
「ヘイズとアルは知り合いだったのですね!」
ひょっこりとキッチンから顔を出すゾエは、髪を後ろで結った給仕モードだ。
「はい、彼女とは逆叉座で苦楽を共にした──」
「捏造するな。防衛戦で一緒になっただけだ」
最後まで言わさず、ばっさりと切り捨てるヘイズ。
それに対してアルは表情を変えず、頬だけ膨らませる。
器用だな、おい。
「私たちの絆とは、そんなものだったのですか?」
「そんなものはない。今すぐ出ていけ」
「このセーフハウスの位置は記憶しました」
「殺すしかないか」
会話のドッジボールだ。
人心の荒廃が酷いぜ、ティタン・フロントライン。
ヘイズが得物を抜くまで秒読み──
「待ってください、ヘイズ!」
慌ててキッチンから飛んできたゾエが手を広げ、ヘイズの前に立ち塞がる。
ペットを庇う娘と怒れる母の図だ。
「アルはショップを巡る時、ゾエの要望を真面目に聞いてくれました。悪い人ではありません!」
「ゾエ様」
小さな少女の背中に隠れる腕利きのティタン乗り。
絵面が酷い。
悪い人じゃないけど、良い人でもないんだ、ゾエ。
「ゾエ、そこのトリガーハッピーは反面教師にしかならん」
「それは…そうですが……」
言い淀むあたり、ゾエも駄目なところは分かってる。
安心したぜ。
「ヘイズ、私は御二人に恩を返すため粉骨砕身で仕えます」
雲行きが怪しいことに感づいたアルは、保身のために売り込みを始める。
本当に強かな人だな。
「週休4日で」
「週休制かよ」
思わず口から出ちまった。
微かに驚きの表情を浮かべるアル。
粉骨砕身を言った口から週休4日なんて単語が飛び出すことが驚きだよ。
「質の高い仕事には休息が必要ですので」
「お前が提供できる仕事とはなんだ?」
「脅威となる敵を蜂の巣にすることです。得意中の得意です」
アルは胸を張って、物騒な自己PRを始めた。
困惑するゾエに手招きし、2人で推移を見守る。
「目の保養にもなります」
「表情筋を動かせるようになってから言え」
「クールビューティーなので」
フリーの傭兵って図太くないとやってられないの?
ヘイズじゃなくても額を押さえたくなる。
しばし、沈黙があった。
「はぁ……授業料の件は見逃してやろう」
「感謝します」
結局、ヘイズも折れた。
アルは相変わらず無表情だが、正座のまま一礼する。
めちゃくちゃ綺麗だった。
「だが、それ以上の無心は許さん。お前も傭兵なら食い扶持を稼げ」
「肝に銘じます。家賃は来月でよろしいですか?」
「いいだろう」
家賃という単語を聞き、膝に座ったゾエと顔を見合わせる。
俺とゾエ、無賃で居候しているのでは?
「ヘイズ、ゾエは家賃を滞納しています…!」
「俺もだな」
「お前たちから巻き上げるほど困ってない。こいつの場合はけじめだ」
ヘイズは厳しそうに見えて、とことん甘やかしてくる。
やっぱりママじゃないか!
「差別ですか」
「支払いを今週末にしてやろうか?」
「なんでもありません」
さすがに達者な口も黙る。
容赦ないように見えるけど、しっかり猶予を与えてるところがポイントだ。
「良かったですね、アル!」
俺の膝上からアルの前へ、とことこっと駆けていくゾエ。
「感謝します、ゾエ様、V様」
差し出された小さな手を両手で握り、アルは深々と頭を下げる。
そして、死んだ魚みたいな目を俺に向けた。
「しかし──少し意外でした」
「居候を許可されたことが?」
「いえ」
平坦な視線が横へと流れる。
その先には、キッチンへ向かったヘイズの後ろ姿があった。
「以前の彼女なら問答無用で私を射殺していたでしょう」
「お、おう」
経験者は語る。
尖ってた頃のヘイズもとい藤坂は、ちょうど剣道部にいた頃だ。
そんな片鱗は──あった気もする。
女子とは思えない苛烈さだった。
竹刀を飛ばされて丸腰になったところへの追撃は、死を覚悟したぜ。
そんな中学時代を思い出す俺の懐で端末が震える。
「…ブライアン隊長?」
取り出した端末には、ブライアン隊長からのメッセージが届いていた。
社会人っぽい、お役所っぽい文章が綴られている。
「ブライアン……殴り屋ブライアンか?」
セーフハウスの温度が下がった気がする。
カップをテーブルに置いたヘイズの声は、冷え冷えとしていた。
危機を察したアルがゾエを抱え、長椅子の影へ避難する。
「そうだけど」
「内容はなんだ?」
狐の仮面から凄まじいプレッシャーを感じる。
生体兵器駆除が当局の依頼って聞いた時は、特に反応しなかった。
ブライアン隊長が禁句なのか?
左腕に近接武器を装備した者同士じゃん──だめだ、それを言ったら死ぬ。
第6感が言ってはならないと叫んでいた。
緊迫した空気の中、俺は簡潔に内容を伝える。
「ミッションの依頼…輸送列車の護衛らしい」
「ほう…」
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