破邪顕正?

 薄暗闇の中、素早く周囲を確認する。

 相手は3機、それもが2機と来た。


「イレギュラーはどっちだよ」


 状況は圧倒的に不利──上等だ。


≪うん、確かにそうだね……お互い様ってわけだ≫


 通信越しに聞こえてくる声は、軽薄そうで人間味がない。

 まるで機械音声みたいだ。


≪V、いますぐ援護します!≫

「いや、ゾエは先生を守ってくれ」


 先生は機体が大破して動けず、ゾエのフランベは武器がティタンには不向き。

 実質1対3だ。


「この事件の首謀者、で間違いないな?」

≪ああ、その認識で正しいよ≫


 セントラルの地下にを放った時点で、ろくでもない連中だ。

 真紅のティタンをロックオンし、牽制ついでに反応を見る。


≪好戦的だねぇ…情報を聞き出そうとは思わないのかな?≫

「聞いたら話してくれるのか?」


 灰色のティタン、仮称ナガサワさんが跳躍の姿勢を取った。

 補助スラスターに加えて、三角定規みたいなアンテナを両肩の先端に装備している。

 レーダーに映らなかった要因か?


≪私としては話したいけど、そうもいかない≫


 真紅のティタンだけは悠然と構えてやがる。

 装甲は貫通できない距離だが、頭部は吹き飛ばせるぞ?


≪本社の意向もあるし……何よりがいるからねぇ≫


 頭部のスリットから覗く青い眼光が、フランベを見た。


 ゾエについて何か知っているらしい──だから、どうした?


 照準を外し、ペダルに足を乗せる。


≪しかし、君を相手取るには戦力不足が否めないかな≫

「そうかい」

≪そうだとも≫


 ライフルの残弾は38発、ミサイルの残弾は0だ。

 3機を相手にする以上、レーザーブレイドが生命線か。


≪まぁ、いいか。リベンジマッチも悪くない≫


 敵の位置と地形を頭に叩き込む。

 赤い眼光が相棒の挙動を窺う。


≪Vさん、注意して…ステルスユニットを装備してる…!≫

「了解です」


 アルビナ先生の助言で手品の種が割れた。

 後は出たとこ勝負。

 三角定規もといステルスユニットが怪しげな紫の燐光を纏う。


 一触即発──通路の奥から高速飛翔体。


 反射的にペダルを蹴る。

 しかし、射線上に相棒は

 3機のティタンが一斉に飛び退き、着弾点が紅蓮の炎に包まれる。


≪イレギュラー続きだねぇ…!≫


 爆炎ではなく火炎、ナパーム弾だ。


≪ニュービー相手に3機とは──≫


 理知的な声が耳を撫で、通路の奥から灰白色の巨影が現れる。

 ティタン、それも重量級だ。

 左肩に大型シールド、右腕には大型ショットガン、その肩にはチェーンガン。

 2本の角が生えた頭部の形相は鬼そのもの。


ルプスの名が泣くぞ≫


 当局ことセントラル・ガードの隊長が、現場入りだ!


「隊長!」

≪ブライアンさん!?≫


 鬼面が先生の機体とフランベを見遣り、それから真紅のティタンへと向く。


≪尾行して正解だったようだ≫


 相棒の隣に並び立つブライアン隊長の灰白色の機体は、重戦士って言葉が似合う佇まいだった。

 痺れるデザインだぜ。


≪こうも簡単に尻尾を出すとはな≫

≪…勤勉なセントラル・ガードもいたもんだ≫


 外壁の闇から興味深そうに様子を窺う青い眼光。

 ナパームの炎に照らされた灰色の影は、2時と10時の方角にいる。


≪貴様が首謀者か≫

≪違うと言ったら?≫


 無言で構えられた大型ショットガンの3チューブ型弾倉が回転する。

 その機構、めちゃくちゃ心惹かれるんだが?


 ──集中だ、集中しろ。


≪当局のミッション受注者を攻撃した時点で、排除の対象だ≫

≪それは残念≫


 怪しげな紫の燐光に包まれ、ナガサワさんの姿が

 当然、レーダーにも映っていない。

 相棒を跳躍の予備動作に移らせる。


≪セントラルの秩序を乱す者には鉄槌を下す≫


 重量級ティタンが腰を落とし、スラスターのノズルが小刻みに動く。


≪…1機、任せるぞ≫

「合点!」


 俺とブライアン隊長は同時にペダルを蹴った。

 世界が急加速し、薄闇の中をかっ飛ぶ。

 視界の端で、大型ショットガンの放つ散弾の雨が見えた。


「すげぇ…おっと!」


 突如、何もない空間から青い閃光が瞬く。

 右前へ突っ込んで回避。


 爆発の余波を狙った射撃──相変わらず甘い。


 光線が真横を掠め、天井で光が弾けた。


≪エネルギー残30%≫


 スラスターをカット、射点を見る。

 10時方向、中途半端な距離だ。

 必中の間合とは言いづらい。


「動きが鈍い?」


 着地を狙った射撃が8時方向から飛んでくる。

 ペダルを蹴って、スラスターを右へ噴射。


 以前ほど速くない──7時方向、タイプα2の残骸が


 旋回に合わせ、水平方向へライフルを3連射。

 1発が空中で弾け、空間が揺らいだ。


「そこか!」


 ステルスを解除し、姿を現す巨人。

 その右腕では大型レーザーライフルの砲口が輝く。

 ペダルを踏み込む。


≪エネルギー残10%≫


 回避と同時にスラスターカット、慣性で地面を滑走。

 その間もトリガーを引き続ける。

 右肩をAP弾で叩かれ、ナガサワさんは補助スラスターに点火。


「来い!」


 一気に速度を上げ、天井を掠めて飛ぶ灰色の影。

 エネルギーの残量を見て、再加速する。

 頭上からの射撃を潜る──


「あ、おい、待て!」


 相棒を振り切って、ブライアン隊長の左背面へ飛ぶ。

 散弾とチェーンガンの弾幕で圧倒中のところに横槍を入れようってか?

 させるかよ!


「隊長、左背面!」

≪猪口才な≫


 ブライアン隊長は、射撃を回避しなかった。

 左肩の大型シールドでタジマ粒子を弾き、重量級ティタンは脚を止める。


≪…悪くない連携だが≫


 その右側面から急接近する、もう1機のナガサワさん。

 レーザーブレイドの輝く刀身が闇に軌跡を描く。


≪それでは遅いなっ≫


 鬼面は獲物を捉えていた。

 しっかりと地面に力を伝え、腰を使って左半身を振る。


 大型シールドの影より──カウンターのナックル!


 急制動の不可能な間合。

 斥力場を纏ったナックルが、コクピットを吹き飛ばす。


「へぇ…!」


 負けてられねぇな。

 渾身のノックアウトを見届け、俺は2機目と相対する。

 紫の燐光を引き、闇へと逃げ込む鋼の巨人。

 芸がない。


「ビンゴっ」


 放ったAP弾が弾け、空間が揺らぐ。

 常に反時計回りなんて迂闊だぜ?


「行くぜ、相棒!」


 スティックを倒してペダルを蹴る。


 相棒が加速、ライフルの連射は続行──右肩のユニットに弾痕を穿つ。


 姿を現す灰色のティタンは挙動が鈍い。

 被弾したステルスユニットをパージし、退


「遅い!」


 中途半端に構えたナガサワの砲身を斬り飛ばす。

 だが、追撃はできない。


≪エネルギー残10%≫


 彼我の距離が開く。

 ナガサワを投棄し、ようやく眼前のティタンは決断する。

 左腕から光の剣が伸び、補助スラスターに点火。


 今の相棒は無防備だ──いや、両脚が地面を捉えた。


 ペダルを蹴って、相棒を空中へ飛ばす。

 一直線の刺突を眼下に捉え──


「これで終わりだっ」


 右脚を蹴り抜く!

 赤い眼光が砕け散り、コクピットに爪先が突き刺さる。


 快音──灰色のティタンは反り返って、背面から落下した。


 遅れて相棒が着地。


≪お見事……いや、参ったね≫


 まるで動揺してない首謀者へ突進する重量級ティタン。

 それを追って、相棒を走らせる。


≪次は貴様だ≫


 問答無用のナパーム弾が炸裂。

 上昇で逃れた真紅のティタンを、間髪容れず散弾の雨が襲う。


≪散弾ではねぇ≫

≪これならどうだっ≫


 排莢の後、3連装チューブ型弾倉が回転。

 弾種の切替とかロマンか?


≪残念だけど──≫


 大型ショットガンが火を噴き、着弾と同時に爆炎が視界を覆う。

 だが、明らかに手応えがない。


≪ここは撤退させてもらうとしよう≫


 粉塵が降り注ぐ中、真紅のティタンは右肩のランチャーを向けていた。

 ロックオン警報が鳴る。


≪また会おう、イレギュラー≫

「こいつ…!」


 小型ミサイルの白い雨が視界を埋め尽くす。

 スラスターの逆噴射と同時に、ライフルを連射する。

 さすがに数が多い!


≪エネルギー残10%≫


 チェーンガンの弾幕を横目に、迫る小型ミサイルを撃ち抜く。

 爆発を潜って4発が迫ってくる。

 まずい──


≪V、そのまま下がってください!≫


 炎の壁が眼前を覆った。

 ナパームの付着した小型ミサイルが、あらぬ方向へ飛んでいって炸裂する。

 対空火炎放射器とは、たまげたぜ。


≪エネルギー残0%≫


 相棒がエネルギー不足を訴え、一気に減速する視界。


≪無事ですか!≫

「助かったぜ……ありがとう、ゾエ」


 隣に並んだフランベにサムズアップを送る。

 本当に助かった。

 エネルギーの残量を見誤るとは、奴がいたら確実に殺されてたな。


≪…逃がしたか≫


 外壁を確認していたブライアン隊長の機体が歩み寄ってくる。


 忽然と姿を消した首謀者──謎だけを残して消えた真紅のティタン。


 生体兵器を持ち込んだ目的だけじゃない。

 なぜ、ナガサワさんを引き連れていたのか?

 本社とは何か?

 そして、ゾエの正体とは──


≪さすが、殴り屋ブライアンだね。助かったよ≫


 いつもの調子を取り戻した先生の声が、通信越しに響く。

 ふっと肩の力が抜ける。


≪2人もお疲れ様。予想外の事態になったけど、無事でよかった≫

≪はい、ミッション完了です!≫


 今、考えたって仕方ないか。

 柄じゃないし。


「これでHEKIUNが買えるな」


 そう言ってカメラを向けた先には、膝立ちする先生の機体。

 大破した機体で、なんてバランス感覚!


≪君は珍しくやられたな≫

≪そういう日もあるよ≫


 先生の反応速度は俺より早かった。

 回避は容易だったはずだ。

 でも、それを言うのは野暮だし、先生も求めてない。

 俺は空気の読める男だ。


≪噂通りの腕前だな≫


 ブライアン隊長の重量級ティタンが正面に立つ。

 威圧感がすごい。


「きょ、恐縮です……」

≪次は拳を交えてみたいものだ≫


 なんで大型シールドの影に左腕を隠すんですか?

 傷だらけの灰白色の装甲から感じるプレッシャーは錯覚かな?

 相棒を観察する鬼面が、めちゃくちゃ怖い。


≪…冗談だ≫


 冗談だった、今の?

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