放辟邪侈?

 青白い光が闇で瞬く。

 そろそろタジマ粒子の輝きも見慣れてきたぜ!


「タイプα4って何です!?」


 ペダルを蹴り、薄暗い世界が横へと流れる。

 崩れかけた通路の壁が爆ぜ、粉塵が舞う。

 それでも発射点から目は離さない。


 タイプα2より図体が大きい──そもそも、形態が全く違う。


 脚は長いが、翅は退化している。

 何より頭部の中心にがあった。


≪タジマ粒子を圧縮して発射するタイプαの砲戦型だよ!≫

「砲戦型って…」


 兵器だからって限度があるだろ!

 スラスターをカット、接近してくるタイプα2にAP弾を叩き込む。


≪新たなタイプα4を発見しました!≫


 天井に1体、その後方に2体。

 つまり、タジマキャノンが3門!

 通路から広間に突っ込み、挨拶代わりにライフルを連射。


「2人はα2を! α4は俺が!」


 当然のように跳弾するAP弾、3門の砲口が相棒を睨む。

 生体兵器だよな、お前ら?


≪V、クローバーラインは!≫

「任せるっ」


 通路では、四方から殺到するタイプα2へ火炎を浴びせるフランベ。


≪まだ来るとか……か、勘弁してぇ!≫


 その背中には、両腕のガトリングから砲火を放つコバルトブルーの影。

 立ち位置を入れ替え、息ぴったりの迎撃を見せている。


「さぁ、お前は俺と踊ろうぜ!」


 なら、眼前の3体は俺の相手だ。

 砲口に収束する光、相棒を斜め前方へ飛ばす。


 すぐ背後を光線が通過──青白い爆炎を背負って突っ込む。


 まずは右手のタイプα4から潰す。

 牽制のライフルは距離50mで甲殻に突き刺さるも、効果は低い。


≪エネルギー残30%≫


 スラスターをカットし、慣性で側面まで滑り込む。

 タイプα4は図体が大きい分、旋回が遅いらしい。

 まごつく巨体を射線上に置き、2体の砲撃を封じておく。


「ライフルが駄目なら──」


 脚部のパワーを解放、一気に彼我の距離を縮める。


「叩き斬るっ」


 すれ違いざまにレーザーブレイドを走らせ、頭を斬り飛ばす!

 倒れ込む巨体、目の前で青白い光が輝く。

 着地前にスラスターを噴射、上昇して直撃を回避。


 スティックを素早く操作──天井のタイプα4を照準する。


 なぜかロックオンできないから、やむなく無誘導でミサイルを発射。

 ロケットモーターの輝きが闇を走り、炸裂する。

 吹き飛ばせば、巨体を支えられないよな?


「もらった!」


 地面で腹を見せて、じたばたするタイプα4へ自由落下。

 狙うは首、弾丸は相棒の脚だ。


 めしゃりと嫌な音──質量攻撃を前に、首は砕かれた。


 生体兵器の体液が噴き出し、相棒を派手に彩る。

 南無三!


≪エネルギーチャージ完了っ≫


 元気溌剌なゾエの声が響く。

 砲口にタジマ粒子を蓄えていた最後のタイプα4が、ぎょっと頭を向ける。

 その先には、クローバーラインに同じ輝きを宿したフランベ。


≪狙い撃ちます!≫


 両者は同時にエネルギーを解放、光線が衝突し、暗闇を一掃する。

 めちゃくちゃ眩しい。


 その勝敗は──ロマンだった。


 拮抗することなく、クローバーラインの一撃が全てを貫く!


「へっ…やるな、ゾエ」

≪やはり、火力は全てを解決します…!≫


 タイプα4は真っ二つ、その背後にあった外壁にまで風穴を開けていた。

 ロマンの輝き、確かに見届けたぜ。


「これで終わりですかね?」

≪はぁ……はぁ…多分、ね≫


 幾分かノイズが改善したレーダーから赤点は全て消失、周囲には炎の燻るタイプα2が残るだけ。

 それにしても多かった。

 まともな食料もなさそうなのに、よく増殖できたな。


≪タイプα4か……嫌な予感がしてきたよ≫


 息を整えた先生が、不穏な空気を漂わす。

 体液の垂れてきたメインカメラにウォッシャー液が噴射され、ワイパーが回る。

 視界はクリア、ただ状況はクリアじゃなかった。


「どう嫌な感じなんですか?」


 ふと、ブライアン隊長の言葉が脳裏を過る。

 野生化した個体とは思えない、と。


≪タイプα4は過密状態のコロニーで観測される個体なの。ここは形成から時間が経っていない≫

「本来はいるはずがない?」

≪その通り≫


 さっきまでの取り乱しようが嘘みたいに、先生は推理を始めた。

 コバルトブルーのティタンが、外壁方向へカメラを向ける。


 その視線の先には──大きく崩れた外壁があった。


 ゾエが新しく開けた風穴より大きい。

 その奥には掘削されたと思しき横穴。


≪それに、あの強度まで甲殻を硬化させる時間がないはずなんだ≫

≪外部から侵入してきた、ということですね!≫


 成体のタイプα4が若いコロニーにいる。

 となれば、もう話の先が読めちまったぜ。


≪あるいは人為的に投入された個体か──≫


 外壁の奥で、青いが揺らいだ。


≪ご名答≫


 ペダルを蹴った瞬間、見慣れたレーザーライフルの光線が走る。

 狙いは相棒じゃない。


 ゾエの操るフランベだ──その間に割って入るコバルトブルーの影。


「先生!」


 交差させた両腕に直撃、溶融する寸前でガトリングが爆裂した。

 爆発で吹き飛ぶ先生の機体。

 それにフランベが巻き込まれて転倒する。


≪アルビナ、大丈夫ですか!≫

≪これは、ちょっとまずいかも……大丈夫、ゾエ?≫


 驚くほど穏やかな声で、先生はゾエの身を案じた。

 あくまで、自分よりも誰かのため。

 善い人だ。


 だからこそ、挨拶も無しに狙撃とは──いい度胸だ。


 スティックを操作し、ペダルを蹴り抜く。


「上等だ…!」


 2人の前に相棒を滑り込ませ、ミサイルを無誘導で全弾発射。

 崩れた外壁に潜む射手へ叩き込む。


 閃光、爆発、そして衝撃波──手応えは、ない。


 追撃を邪魔できれば、それでいい。

 レーダーに突如、赤点が表示される。


≪やれやれ……困ったねぇ≫


 真紅と黒でカラーリングされたティタンが、ぬっと闇から現れた。

 その背後には、ナガサワを装備した灰色のティタンが2機。


≪君は本当にイレギュラーだよ≫



 人影のない閑散とした廃棄ブロック。

 拡張工事用の資材には、厚く塵と埃が積もっている。

 セントラルの中心から外れた場所では、見慣れた景色であった。


「私に用とは珍しいな」


 鉛色の空から背後へ視線を向ける1人のサイボーグ。

 視線の先には、錆びついた作業用の通路があった。


「まぁ、そうですねぇ……アリーナ特集以来ですか?」


 そこから音もなく現れたのは、ペストマスクに似た面を被る黒い人影。


「お久しぶりです、J・Bさん」

「しばらくだな、レイブン君」


 怪しい風貌をした性別不詳のプレイヤー、レイブンは頭を下げる。

 ティタン・フロントラインの情報通を気取り、と忌み嫌う者も多い。


「それで…何か用かな?」


 脇に積まれた配管に背中を預け、腕を組むJ・B。

 あえて無人の場まで移動してから、追跡者へ真意を問う。


「せっかく、お時間を頂いたことですし…単刀直入にいきましょう」


 その意図を汲み、レイブンも一切の無駄話を行わない。


「先週、ちょうど炎上系のが燃えてた頃です」


 その事件を知らぬプレイヤーはいない。

 炎上系配信者がアリーナ3位を襲撃し、爆心地グラウンドゼロで元凶と遭遇して全滅した。

 配信自体は削除されたが、切り抜き動画は今も再生数を伸ばしている。


「二月傘のお膝元であるエリア26で、輸送列車が襲撃されたそうです」 

「ほう」


 その影で発生した事件は、負けず劣らずの話題性があった。

 しかし、一切話題にはなっていない。


「初耳だ」

「ありふれたシナリオに書き換え、事件を矮小化してましたから」


 上位クランであっても、事件の完全な隠蔽は不可能だった。

 人の口に戸は立てられぬ。

 ゆえに、真実と虚偽を混ぜて、輪郭を不明瞭にした。


「襲撃犯との異様なマスキングがなければ、見逃してましたよ」


 だからこそ、情報通を自称する者の目に留まった。


「積荷の中身は何だったんでしょうね、J・Bさん?」

「なぜ、それを私に聞く?」


 レイブンの質問に対し、一切動じることなくJ・Bは質問を返す。

 


「襲撃時に確認されたティタンは──」


 更なる反応を引き出すため、レイブンは決定的な言葉を放つ。 


「アリーナ2位のアヴァランチに酷似していたとか」


 廃棄エリアを痛いほどの沈黙が支配した。

 サイボーグの男は、ただ鉛色の空を眺める。

 その姿をゴーグルの奥底から観察するレイブン。


「相違点は、XW155HRを装備していない点のみ」


 アリーナ2位に君臨するプレイヤーは、必ずレールガンを装備している。

 それを人はハンディキャップあるいはリミッターと呼び、彼はプライドとしていた。


「ならば、別人だろう」


 ゆえに、J・Bは別人と宣う。


「二月傘のエースを全滅させる怪物が他にいると?」

「この世界はまだ広い」


 レールガンの愛好家は、鉛色の空の果てを見つめる。

 彼の実力を


がいるのかもしれんよ」


 だからこそ、誰もがアリーナ2位と同一視できずにいる。


「そうですか」


 追究は容易だが、そもそも眼前の男は隠すつもりがない。

 しかし、真実を話す気もない。


 やはり、この男は苦手だ──レイブンは追究を潔く諦めた。


 J・Bは腕組みを解き、廃棄エリアからセントラルへと足を向ける。


「最後に一つよろしいですか?」


 サイボーグの男は足を止めるが、振り向かない。

 その背中にレイブンは無機質な眼光を投げる。

 せめて、痛撃を加えてやろうと。


「塵芥を火種に焼べたのは、隠蔽のためですか?」


 回答は沈黙か──否、微かに顔を向け、レイブンを見遣る。


 表情のないサイボーグの横顔から感情を読み取ることは難しい。

 しかし、その男は確かに──


「友人に刺激を与えてやろうと思ってね」


 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る