多事多難?

 セントラルの地下はLunLunへ行った以来だ。

 生体兵器が確認されたというブロック66は、人の営みが微塵も感じられない場所だった。

 崩れた構造物が乱雑に積まれ、迷路みたいになっている。

 天井は低く、とにかく薄暗い。


「薄暗い……というよりフォグか?」

≪コロニーを形成する規模になると、タイプα2ので大気組成が変質するの≫


 暗視モードに切り替えても、そこまで視界がクリアにならない。


「ただの霧じゃないと?」

≪まだ微弱だけど、タジマ粒子を変換した物質だからレーダーに干渉したりするよ≫


 ぼんやりとしか周囲の状況は把握できず、レーダーにもノイズが走る。


≪つまり、燃やしてもいいということですか…?≫

「どうどう、待った」


 地下の薄暗さに溶け込むフランベは、放射の瞬間を今か今かと待っている。

 右腕はナパームの混合量を増やし、射程と延焼に重きを置いたモデル。

 左腕は混合量を減らし、広域への拡散を狙った接近戦用のモデル。


≪むぅ……早く試してみたいです≫


 売り子の情熱的な口説きを受け、ゾエはフレイムスロワーを2本も購入した。

 これ下手しなくてもヘイズに怒られるな。


≪ははは……嫌でも活躍できるよ≫


 引き攣った笑いが通信越しに聞こえる。

 先生の乗機、コバルトブルーの中量級ティタンは両腕にガトリングを装備していた。

 こっちはこっちで砲口が上がり、既に臨戦態勢だ。


「先生、タイプα2の攻撃手段は何なんですか?」


 ティタンの装甲を齧ったりはしないだろう。

 しないよな?


≪自爆だよ≫

「ひぇっ」


 何を思って、そんなデザインにしたんだティタン・フロントライン!

 この劣悪な視界に、機動の制限される地形では最悪の敵だ。


≪だから、レーダーから目を離さないでね≫

「うっす」

≪分かりました≫


 ゆっくりと相棒の脚を進め、周囲に視線を走らせる。


 嫌な緊張感だ──ゲームジャンルがホラーになってるぜ。


 巨大生物と戦うロボットアニメは嫌いじゃないが、同じ体験は勘弁したいな。


≪自爆、と言えば……ロストエッジの第2話です≫


 ぽつりとゾエが言葉を漏らす。


「大尉のシーン?」

≪はい≫


 強大な敵機に対し、決死の自爆が通じなかったシーンだ。

 それが弱点を見破る手がかりになるのだが──


≪なぜ自爆だったのでしょう?≫


 大尉の最期が、ゾエは納得いかないらしい。

 アイゼン・リッターと違ってビターな展開は、あまり受けが良くない。


最善だった、これに尽きると思うな」


 レーダーに目を配りつつ、質問に答える。

 音響センサーは今のところティタンの足音しか拾っていない。


≪あの時は…最善……むぅ≫


 納得させようなんて思ってない。

 自分なりの答えを見つければいいさ。


≪ロストエッジって量産型VS専用機がキャッチコピーのアニメ?≫


 考え込むゾエに代わり、幾分か持ち直した先生が声をかけてくる。

 キャッチコピーを知っているとは、さすが先生だ。


「はい、量産機乱舞って言われてたアニメです」

≪Vがティタンに乗る契機となった映像資料です!≫


 10点中10点評価の名作だぜ。

 あと、劇中の量産機と相棒が似てるところも気に入ってる。


≪へぇ……見てみようかな≫

「とりあえず、第3話まで見てほしいっすね」


 第3話から主人公の反撃が始まって、キャッチコピー通りに──


「ん?」


 ノイズの走るレーダーに赤点が表示された。

 前進を止め、1時方向の通路へライフルを向ける。

 その間にも増える赤点。


≪あぁ、来た…来ちゃったよ…!≫


 接近中の数は1つ、2つ、3つ──数えるのが面倒ってことは分かった。


≪敵影を確認しました!≫


 音響センサーは無数のを拾う。

 この視界の悪さは救済措置だったのかもしれない。


 トリガーを引き、砲火の照らす世界は──言葉にできない地獄だった。


 それを合図に、ガトリングが猛然とAP弾を吐き出す。


≪やっぱり無理、無理だって! 来ないで!≫


 コバルトブルーの機体が明滅し、光弾が闇を切り裂いた。

 その軌跡が最後まで追えないって、どんな過密状態?


≪交戦開始しますっ≫


 相棒より前へ飛び出し、黒いとフランベが相対する。

 左腕のフレイムスロワーが向けられ、紅蓮の炎を吐き出す。

 ドラゴンのブレスみたいだぜ!


≪おおぉ、すごい火力です!≫


 一瞬で通路の闇を払い、火達磨となった黒い影が地で悶える。

 時折、青白い爆炎と共に翅や脚が飛び散った。

 それすら飲み込んで、黒い壁が迫る。


≪やだやだやだぁ! 大人しく死んでぇ!≫


 先生の悲鳴とガトリングの咆哮が俺の耳を襲う!

 これだけ取り乱してもタイプα2の頭部を正確に粉砕し、自爆させてない。

 さすが先生だ。


 薬莢が跳ね、炎が乱舞し──赤点が減り始める。


 火炎放射が絶えず闇を払い、生体兵器を焼く。

 炭化した残骸が転がり、どす黒い煙が辺りを漂う。

 2人の制圧力を前に、とうとうタイプα2の群れは潰走した。


≪これで、終わりです!≫


 その背中に向けて、フランベの右腕より火炎が放射される。

 炎の大蛇が通路の奥へ伸び、こんがりと獲物を焼く。

 それを最後にレーダーの赤点は消失した。


≪殲滅完了しました!≫


 死屍累々、ひでぇ景色だ。

 空気の流入があるのか、残骸から炎が消える気配はない。


「凄まじかったな、それ」

≪想像以上の戦果です!≫


 まだ脚を動かすタイプα2に引導を渡していく。

 爆発を見るにタジマ粒子なんだろ。

 確実に頭を潰させてもらうぜ。


「先生、大丈夫ですか?」


 一通り潰し終えてから、先生のティタンを見遣る。

 薬莢と残骸に囲まれ、コバルトブルーの装甲には体液が飛び散っていた。


≪はぁ…んぅ……はぁ…ぐすっ…≫


 通信越しの声でも先生の状態が想像できる。

 どう聞いても限界そうだった。


≪うぅ……ごめん、進もぅ≫

「先生、無理しない方が」

≪…大丈夫≫


 コバルトブルーの機体が通路の奥へと脚を向ける。

 先生、どうしてそこまで?


 わざわざ自分を虐めなくても──ヘルパーの矜持なんだろうか。


 先生は他人のために自分を殺している節がある。

 心配になるぜ。


≪アルビナ、私が先行します!≫

≪うん…ぅん≫


 ゾエのフランベが飛び出し、フレイムスロワーを構えた。

 通路の奥底には、深い闇が横たわる。



 タイプα2の駆除を開始して小一時間。

 俺たちはマップの端、外壁付近へ接近していた。


「おっと…!」


 瓦礫の影から飛び出すタイプα2にAP弾を叩き込む。

 頭部が弾け飛び、諸々ぶちまけて転がる。

 南無三。


≪まだ来るよぉ…もうやだやだやだ!≫

≪ゾエも負けていられません!≫


 ガトリングの砲火が瞬き、紅蓮の炎が枝分かれた通路を照らす。

 制圧力の低い相棒は、2人のカバーが仕事だ。


 だから──後方から来るは俺が相手取る。


 数は3体。

 手動で照準、ライフルの連射を浴びせて1体の頭を潰す。

 なおも突進を続けるタイプα2は、翅を開く。


「相棒との握手は──」


 左腕にエネルギーを集中させ、伸びる光の剣。

 一斉に跳躍する黒い影は6本の脚を広げる。


「事務所を通してもらうぜっ」


 左から右へ横一文字に振り抜き、2体の頭と胴を泣き別れさせる。

 残骸が相棒の脇を転がっていく。

 決まったな。


≪殲滅完了しました!≫


 レーダーのノイズが悪化し、近距離しか分からないが、ひとまず動く影は見当たらなかった。


「お疲れ、ゾエ」


 煤けた灰色のフランベは、陽炎が揺らめく中で満足げに佇む。

 今日はクローバーラインの出番はなさそうだな。


≪はぁ…ぅぁ……これで、後はコロニーだけ…≫


 一切被弾していないが、先生自身は満身創痍だった。


「もうひと頑張りですね、先生」

≪…うん≫


 天敵と相対し続けた姿に、俺は敬意を表します。

 俺も1人なら参ってたかもしれない。


≪このミッションを完了したら、HEKIUNを購入します!≫


 の恐怖を知らないゾエだけは元気一杯だった。

 両腕のフレイムスロワーを構え、最も幅の広い通路へ進んでいく。


「よし、分かった──」


 通路の奥、開けた空間で青白い光が揺らめいた。


「ゾエ、下がれ!」

≪はい!≫


 俺の声に、ゾエは応える。


 フランベが斜め後方へ急加速──閃光が瞬く。


 ペダルを蹴って、枝分かれした通路へ突っ込む。

 刹那、青白い光線が通路を駆け抜けて爆ぜる。


≪高圧縮のタジマ粒子なんて、そんな……≫


 ティタンのレーザーライフルじゃない。

 崩れかけた通路の壁から見えるエネミーは、天井を6で掴んでいる。


≪なぜタイプα4が…!≫


 遠近感の狂いそうなサイズだ。

 青白い光を蓄えた巨大な頭部が相棒を睨む。

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