奇貨可居?

 くたびれた印象を受ける客間に、かたかたと換気扇の回る音が響く。

 この町工場みたいなイーズギル26の空気が好きだ。


「そっか……ヘイズさんに脅迫されてるわけじゃないんだね」

「ヘイズは俺の友人ですね」


 対面の長椅子に座るアルビナ先生は、俺の言葉を受けて肩から力を抜く。


「友人、か…すごいね」


 あの配信の後、先生は様々なプレイヤーから質問攻めを受け、ストーカーや粘着行為が悪化したという。

 しかし、それで俺を責めようとはしなかった。

 非常に罪悪感がある。


「アルビナはヘイズを嫌っているのですか?」

「嫌ってるわけじゃないけど……要注意とは思ってるかな。彼女、初心者にも容赦ないから」


 ゾエの質問に対し、アルビナ先生は遠い目をして答える。

 何をやらかしたんだ、ヘイズ。


「どれだけ腕利きでも、Vさんは初心者に変わりはないから……悪徳クランに囲われたりしてなくて良かったよ」


 そう言って先生は穏やかな笑みを浮かべる。

 俺を追っていたのは、初心者である俺の行末を心配してのことだった。

 自分の事で大変だろうに、善い人だ。


「うちはカフェテリアじゃねぇぞ、小娘」


 くたびれた客間に渋い声が響く。

 現れたのはイーズギル26の経営者の1人、セルパンさん。

 どう見ても堅気に見えない抜身のナイフみたいなNPCだ。


「そんなこと言わないでよ。ここのコーヒーなら店出せるって」

「煽てても修理費は引かねぇからな」

「残念」


 いたずらっ子を思わせる小悪魔な笑みに対し、セルパンさんは全く動じない。

 客間のテーブルにカップを静かに置く。


「ったく……V、砂糖はいるか?」

「もらいます」


 ぶっきらぼうのようで、気配りを欠かさないセルパンさん。

 俺の装着してるVR機器は味覚にまで作用しない。

 だから、無味無臭。

 でも、なんとなく砂糖をもらいたくなるのだ。


「悪いな、お嬢ちゃんはミルクで我慢してくれ」

「ゾエはコーヒーも飲めます!」

「飲めるのと楽しめるのは別問題だ、お嬢ちゃん」


 そう言って軽くあしらうセルパンさん、渋い。

 ゾエは渋々カップを手にするが、一口含んだ後は目を輝かせる。


「そう邪険にするな、セルパンよ。せっかくの可愛い子ちゃんが…」

「うるせぇ、じじい」


 ガレージから客間を覗き込む小柄なお爺さんは、セルパンさんの実父なんだそう。

 この2人がイーズギル26を経営する親子だ。

 ヘルメットのバイザーを開け、コーヒーを口に含む。

 無味無臭でも、なんだか落ち着く。


「…せっかくの買い物を邪魔しちゃったね」


 カップを両手で持つ先生が、ぽつりと言葉を漏らす。

 先生に一切の落ち度はない。


「いえ、俺こそ逃げっぱなしで……ご迷惑をおかけしました」


 迷惑をかけているのは、間違いなく俺だ。

 配信者の宿命だと先生は笑うが、何か手伝えないものか。


「買い物……アドマイヤ…」


 ホットミルクを堪能していたゾエが、カップを覗き込んで固まる。

 おもむろに顔を上げ──


「そうです…ゾエはHEKIUNを購入したいです!」


 ゾエちゃんのスイッチが入っちまったぜ。

 ヘイズから借りたハンカチで、口元のミルクを拭ってやる。


「価格は確認したか?」

「むご…はい!」

「お小遣い、足りるか?」

「足りません…」


 安い代物には見えなかったもんなぁ。

 俺の手持ちと合わせても足りない気がする。

 ロマンは得てして高価なものだ。


「あれは生産数が少ないからね。アドマイヤの1門も、よく調達したと思うよ」

「希少な1門ってことですか?」

「そうだね。とても使えたものじゃないけど、コレクションとして買い求める人もいるくらい」

「このままでは売れてしまいます!」


 どうどう、落ち着けゾエちゃん。

 ここで焦ってもクレジットは降ってこない。

 先生が端末を取り出し、神妙な顔で画面をタップする。


「購入にかかるクレジットから逆算して……うん、いいミッションがあるね」

「そんな…これ以上、先生に迷惑は──」

「なんだ、急な入用か?」


 入口でコーヒーを楽しんでいたセルパンさんが割って入る。


 口元に不敵な笑みが見えた気が──いや、まずは話を聞いてみよう。


「急な入用ですね」

「なら、良い稼ぎを知ってるぞ」


 味のある笑みを浮かべるセルパンさん。

 ガレージは様々なプレイヤーが利用するから、旨い仕事を聞く機会があったのかな?


「セントラルの安全に貢献出来て、当局の心証も良くなる──」

「ちょっと待って…そんなミッションあった?」


 アルビナ先生が待ったをかける。

 怪しそうなミッションだった。

 並べられた報酬が、あまりに胡散臭い。


「心配なら付いていけばいいじゃねぇか」


 挑戦的な笑みで先生と相対するセルパンさん。

 いやいや、ちょっと待ってください。


「芙花・アルビナがいれば心強いです!」


 ゾエちゃんも待ってくれ。

 まだ行くとは決まってないから。

 その純粋無垢な瞳でお願いされると断れなくなるから!


「分かった……私も同行するよ」


 あ、もう決定なんですね。

 だが、これ以上、先生の手を煩わせるわけにはいかない。

 ここは断らせてもらうぜ。


「先生、それは──」

「Vさん、埋め合わせをさせてくれないかな?」


 それを言われると断りづらいです、先生!

 ヘイズと言い、先生と言い、本当に律儀だ。

 蔑ろにできないじゃん。


「分かりました」


 クレジットの払いが良いミッションには危険が伴う。

 ヘイズと師匠から教わり、実際に体験したことだ。

 でも、アルビナ先生の助太刀があれば心強い。


「それでセルパンさん、どんなミッションなんですか?」


 改めて内容について尋ねる。

 顎の無精髭を撫でながら、セルパンさんは口を開く。


「詳細は当局へ、だが……なんでもらしい」

「ぴっ…!」


 面白い鳴き声──もとい悲鳴が、客間に響き渡る。


 声の発信源は、先生だった。

 長椅子の上で硬直し、カップを握り締めている。


「どうしましたか、アルビナ?」

「な、なんでもないよ?」

「でも、顔色が悪いです」

 

 心配そうに覗き込むゾエ。

 震え声で応じる先生は作り笑いを浮かべるも、顔色は真っ青だ。


「セルパンさん、生体兵器って何ですか?」

「うん?」


 ポストアポカリプスな世界観で生体兵器なんて代物、ろくでもないに決まってる。

 俺の質問に対し、セルパンさんは顎で先生を指す。


「そこの小娘が詳しいぜ」

「分かってて…振ったね…!」

「さて、何のことか分からんな」


 セルパンさんへ詰め寄るアルビナ先生には聞けそうにない。


 あの先生が取り乱す相手──要注意だな。


 ここはヘイズか師匠に聞いてみよう。

 端末を取り出し、通話の画面を開く。


「今、大丈夫ですか、師匠」

≪ああ、大丈夫だとも≫


 ワンコールで出た師匠は、いつもの涼しげな声で応じてくれた。

 さすがだぜ。


「一つ教えてほしいことがありまして」

≪ほう≫

「これから生体兵器の駆除に行くんですが、注意点とかありますか?」

≪ふむ……生体兵器と来たか≫


 生体兵器の単語を聞いた師匠は、しばし沈黙する。

 腕を組んで黙考してそう。


≪なら、フレイムスロワーを持っていくといい≫

「フレイムスロワーを?」


 まさかの火炎放射器の登場!

 通話越しの師匠は不敵な声を響かせる。


≪古今東西、モンスターハント化け物退治には火炎放射器と相場が決まっているものだ≫

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