プランを提案します!
当局の名でプレイヤーから呼ばれるセントラル・ガードの膝元。
セントラルでも一等地のビルディングの前に、重装のサイボーグと獣人の少女が佇む。
「ここを君が訪ねてくるとは珍しいね」
それと相対する訪問者は、狐の面で顔を隠す長身の女性。
見慣れた黒のロングコートではなく、鼠色のコートを羽織っている。
「用がなければ来ない」
「だろうね」
黄金色の耳と尻尾を揺らし、小さく溜息を漏らす少女。
甲冑の如き装甲を纏ったサイボーグは微動だにしない。
「立ち話もなんだ。中に入らないかい?」
「いや、いい」
狐の面を微かに傾け、周囲に視線を走らす。
灰色のビルディングが林立するセントラルの一等地は、静寂に包まれている。
周辺に人影はない──既に人払いは為されていた。
杭打ち狐、ヘイズの性格を理解した配慮だ。
ならば、余計な手間は不要であった。
「調べてほしいことがある」
「ほぅ…君が依頼とは珍しい。僕たちは戦闘向けのクランではないよ?」
「餅は餅屋だ」
「…この世界の真理に近づきたいと?」
敵対的でも友好的でもないフラットな空気の中、言葉を交える。
「真理かは知らん。だが、謎であることは確かだな」
「謎……研究施設の件かな?」
ティタン・フロントラインの世界を考察する者たち。
その1派閥を束ねるクランの長は、あらゆる情報に精通していた。
界隈を騒がす謎とヘイズの語る謎を瞬時に結び付ける。
「あれの撮影者は君かい?」
「ああ、そうだ」
「謎は、編集を施した部分にあるのかな?」
鼠色のコートに右手を入れる──護衛のサイボーグが腰を落とす。
「待つんだ」
「御意」
身動ぎ一つしない長の命令を受け、護衛は臨戦態勢を解く。
それらを気にも留めず、ヘイズは端末を取り出した。
「編集前の動画、それと謎に関する暫定報告だ」
「それの解明が依頼だね?」
「そうだ。報酬は──」
「情報こそ報酬さ。むしろ感謝したいくらいだよ…!」
ヘイズの言葉を小さな手で制し、長は笑みを浮かべる。
細められた目が開かれ──そこには知識欲の光が爛々と輝く。
キャラクターの造形こそ少女だが、どこか狂気が見え隠れする。
この世界で偏っていない者などいない。
「その情報を漏らせば、分かっているな?」
「共有こそ強みだが……逆叉座の二の舞はご免被るからね、肝に銘じよう」
長は神妙な表情を浮かべ、重々しく頷いた。
その言質を取ってから、ヘイズは画面をスワイプする。
着信音が響いた瞬間、黄金色の尻尾が揺れ、隠しきれない喜びを表す。
「そうそう、逆叉座と言えば、チャンピオンが訪ねてきたよ」
上機嫌な長は、去ろうとするヘイズに言葉を投げる。
このティタン・フロントラインにおいて、チャンピオンとは唯一無二。
腕に覚えのあるプレイヤーが集うアリーナの頂に立つ者を指す。
「あのバトルジャンキーが?」
「彼を探しているようだ」
「いつもの発作か…」
露骨に嫌悪する声を出すヘイズに、長は苦笑を浮かべる。
アリーナだけでは飽き足らず、強敵と戦わずにはいられない。
それがアリーナ1位、彼こそ生粋のバトルジャンキーだ。
「逆叉座残党で情報を探っても実りがなかったと言っていたよ」
「二月傘のエースを狙ったわけではない、か」
敗退を繰り返し、弱体化していた逆叉座が有力クランの猛攻を退けた。
その激闘の影にアリーナ1位がいたことは周知の事実。
しかし、目的までは不明だった。
「大人気で困るね、彼は」
「勧誘していたお前が言うか?」
小さく溜息を吐き、ヘイズは鉛色の空を仰ぐ。
◆
「なるほど、ゴーストか」
ムリヤさんの補足も受けながらの説明会を終え、ヘイズは頷いてくれた。
説得に成功したぜ!
「直接は動かせないけど、ティタンを操縦できる…名案だろ?」
無人兵器の技術を転用し、ティタンの遠隔操作あるいは自律戦闘を可能としたシステム、通称ゴースト。
一人称の操縦が苦手なプレイヤーの救済が目的なんだそう。
それがあれば、ゾエちゃんもティタンを操縦できるってわけよ!
「ああ、良い着眼点だ」
「へっ…どんなもん──」
「市場に出回る専用パーツ、安い買い物ではなかったろうな」
おかしい。
雲行きが怪しくなってきたぞ?
「まぁ…安くはなかったぜ」
「そうか……丸腰のようだが、銃はどうした?」
長い足を組んで、俺を見つめるヘイズ。
右隣に座るムリヤさんの同類を見る生温かい視線。
左隣からは心配そうに俺を見るゾエ。
壁に背中を預けて静聴する師匠。
仕方ねぇ、腹を括るぜ。
「ヘイズ、俺は我慢弱い男なんだ……」
「お前の機体を差し押さえる」
「すんませんでした!」
長椅子から床面へ流れるように、土下座。
相棒は無関係なんだ!
全部、俺が悪いんだよ!
「買う前に相談しろ…私も多少は──」
「言い出しっぺは俺だし、ヘイズに出させるのは違うだろ」
俺は友人の財布を頼りにするなんてごめんだぜ。
土下座の姿勢でも、曇りなき眼で友を見上げる。
「それで、今の手持ちは?」
「空っぽ」
「2人で止めたんよ」
「でも、Vはオーナーと意気投合し、その勢いで買ってしまいました……」
後悔はない。
ロストエッジ第8話の良さを語り合える同志を俺は得た。
最新モデルを定価以下で買えたし、むしろ得したのでは?
「いつまで初期機体のままでいるつもりだ…?」
「俺と相棒は一心同体だぜ」
生涯現役とまでは言わないけどな。
それよりも今はゾエの夢を叶えてやりたい。
せっかく手が届きそうなのに、お預けはないぜ。
「お前という奴は…」
「まぁ、買ってしまったものは仕方がない。次からは要相談だぞ、少年」
「師匠…!」
師匠からの優しい言葉が身に沁みるぜ。
ヘイズの厳しさと師匠の優しさ──飴と鞭かな?
邪念を頭から叩き出し、ヘイズと師匠の言葉を胸に刻む。
「ゾエ君がティタンに乗れる。今は、それを喜ぼうじゃないか」
「喜んでもいいのですか…?」
ヘイズと俺を交互に見て、なんとも言えない表情を浮かべるゾエ。
心配することはない。
ゲーム内通貨は使うためにあるんだぞ。
それに──
「ミッションで稼げば問題なし!」
ミッションをクリアし、クレジットを稼ぎ、ティタンを強化する。
それがティタン・フロントラインだ。
ようやく、初心者らしいことができるぜ。
「手伝ってくれるよな?」
「…!」
俺の言葉で、ゾエの瞳に輝きが戻ってくる。
我儘を言うだけの子じゃないのは、給仕係をやってるところから分かる。
ただ恵まれるわけじゃなく、何か返したいと思う良い子だ。
なるべく気負わず、ティタンに乗ってほしい。
「はい、ゾエに任せてください!」
そうこなくちゃな!
いざとなれば、アルビナ先生から教授された金策ミッションもある。
前途は明るいぜ。
「となると、まずはゴーストを組み込むティタンが必要なんよ」
「あ」
セーフハウスに沈黙が下りる。
ムリヤさんの冷静な一言で、俺は致命的なミスに気が付いた。
「当てはあるか、少年?」
「ないですね」
高い買い物で忘れてたが、あれ本体じゃなかったわ。
師匠が腕を組んで天を仰ぐ。
「はぁ……やっぱりな」
溜息を吐くヘイズは、予想通りと言った反応。
さすが、我が友だ。
俺の行動は予想済みか──
「私のガレージにある余剰パーツで、1機は組めるはずだ」
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