ターゲットを制圧します!

 教育によろしくないと俺は言った。

 でも、この世界って暴力が解決手段の一つだよね。


「後ろです!」


 案の定、不意打ちが来た。

 姿勢を落とし、直線機動で飛んでくる拳を空振りさせる。

 足に力を蓄えてからのカウンター、行くぜ!


「おらぁ!」


 伸び切ったチンピラの体、打点を見極める。

 しっかりと足の力を床に伝え、顎に向かって拳を打つ。


「がはっ!?」


 クリーンヒット!

 脳を揺らされたチンピラは、そのまま店の床へ倒れ込む。

 出直してくるんだな。


「野郎!」

「やりやがったな!」


 目を吊り上げ、左右から駆け寄ってくるチンピラ2人組。

 手には特殊警棒らしき得物。

 ティタンで決着つけない?

 ゲームジャンルが違うじゃん。


「ゾエ、そこから出ないよう──」

「加勢します!」


 マジかよ。

 試着室から飛び出す黒い影。

 すぐ脇をゾエが通り抜け、右手から迫る仮称チンピラAへ突進!


鎧の宿木リュストゥングミステル!」


 繰り出すはアイゼン・リッターの左腕兵装──ではなく、ガントレット!


「なっ!?」


 まさかの先制攻撃にチンピラAは反応が遅れた。

 ガントレットが風を切って唸る。


「ぐべぁっ!」


 アシストを受けた鋼の拳が、みぞおちを打つ。

 体格差とか関係なく、殴り飛ばされたチンピラAが床をバウンドする。

 サイボーグと殴り合うって謳い文句、伊達じゃないぜ。


「く、くそがっ離しやが、ぐぇ!」

「ヘイズの姉御の言う通りなんよ」


 左手から来ていた仮称チンピラBは、既にムリヤさんが捕縛していた。

 相手を背中から両足で挟み、首を両手で絞め上げている。

 力のゾエ、技のムリヤさんだ。


「君には面倒事が寄ってくるみたいなんよ…」


 ムリヤさんから生温かい視線を注がれる。

 俺は悪くないんです、本当です!

 こきり、と嫌な音が聞こえ、チンピラBは白目を剥く。

 落としちゃった。


「やりました! 強盗騎士を撃破です!」


 ふんす、と鼻息を漏らし、胸を張るゾエちゃん。

 床で寝ているチンピラ一行は、第1話の強盗騎士役だったらしい。

 まだ、あっちの方が品があったかな。


「セントラル・ガードだ! 全員、その場を動くな!」

「あ、当局だ」


 シムラへ突入してくる当局ことセントラル・ガードの皆さん。

 ヘイズ曰く不祥事が相次いで躍起になってる、らしい。

 お気の毒だなぁ。


「捕まったら面倒なんよ。ここは撤退するんよ」

「支払いはどうします?」


 三十六計逃げるに如かず。

 試着室前の荷物を掴み、ムリヤさんへ振り返る。


「ゾエは、このバトルドレスが──V、右です!」


 警告、そして悪寒に似た感触。

 視界の端、床で寝ていたはずのチンピラが、を抜いていた。

 黒々とした銃口が俺を睨む。

 まずい──


「くたばれっ」


 風切り音、遅れて鈍い音が響く。

 満杯のポリタンクを蹴ったみたいな音。


 人影が宙を舞い──黒光りするハンドガンが床を転がる。


 視線を上げた先、天井から人間の下半身が生えていた。


「なんでエクソスケルトンが…?」


 警告無しの武力行使を行ったのは、当局の白いエクソスケルトン。

 鋼の拳を振り抜いたまま静止している。


「V、大丈夫ですか!」

「おう、大丈夫だ」


 駆け寄ってくるゾエにサムズアップで応じる。

 リスポーンも覚悟したが、当局の人には感謝しないとな。


「おい、何をやってる!?」

「わ、分かりません! 機体が制御を受け付けません!」

「なんだと…!?」


 混乱状態に陥った局員たち。

 静止したエクソスケルトンからはパイロットの悲鳴が聞こえる。

 どういうこと?


 ふと、違和感を覚える──俺を見つめる瞳が、


 ルビーのような赤い輝き。

 ティタンの眼光を思い出させる無機質さが、ゾエの瞳に宿っていた。


「2人とも今は逃げるんよっ」


 ムリヤさんの真剣な声で我に返る。

 大急ぎで俺たちは喧騒に包まれたシムラを後にした。



「ここまで来れば一安心なんよ」


 当局の追跡を受けることなく、俺たちは静まり返った路地裏で一息つく。

 監視センサーの類もあるらしいけど、歯抜けなんだそう。


「ゾエ、大丈夫か?」

「はい! Vこそ大丈夫ですか?」


 スカイブルーの瞳に戻ったゾエは、いい笑顔で応じる。

 は錯覚だったのか、それとも?


「大丈夫、もう2回目だからな」

「いや、自慢することじゃないんよ?」


 外見は飛行服を着た兎耳幼女だけど、大人っぽい苦笑を浮かべるムリヤさん。


「さて」


 その表情を真剣なものへと変え──


「ゾエちゃん、さっきは何をしたんよ?」


 落ち着いた声で、ゾエに問いかける。


 ムリヤさんも気が付いていた──ゾエとエクソスケルトンとの関連性に。


 顔を不安で曇らせ、ゾエはドレスの裾を握る。

 不安げに視線を彷徨わせ、何度か口を開きかけた。


「えっと…あれは……その」


 しかし、上手く言葉にできない。

 つい最近、目覚めたばかりで酷な質問だと思う。


「分からないなら分からない…でいいんだぞ?」


 自身が何者なのか、分からない。

 なぜ出来たのか、分からない。

 誰だって不安になる。


「……分かりません」


 顔を俯かせ、ゾエは素直に呟いた。

 それでいい。

 分からないことを伝えてくれ。


「Vに危険が迫った時、なんとかしたい、と思って──近くにあるものでを動かしました…」


 拙くても、感覚的でも、ゾエは言葉を紡ぐ。


 エクソスケルトンが動かせそうなもの──制御系を奪った?


 とんでもない能力だ。

 だが、これ以上の追究は縮こまったゾエを見るに難しい。

 というか、やりたくない。

 ムリヤさんと視線を交え、互いに頷き合う。


「…ありがとうなんよ、ゾエちゃん」


 優しげな声に戻ったムリヤさんは、ゾエの頭を撫でる。

 身長が足りず、若干背伸びして。


 姉妹にも見える光景──どたばたで忘れるところだった。


 俺の体に風穴が開いていないのは、ゾエのおかげだ。

 感謝は言葉にしないとな。


「助けてくれてありがとうな、ゾエ」

「…はいっ」


 ゾエの表情が和らぐ。

 なぜ当局のエクソスケルトンを動かせたか、それは分からない。

 謎の少女に、謎が追加されただけだ。

 どうってことないぜ。


「…ゾエちゃん、これだけは約束してほしいんよ」


 大人しく頭を撫でられるゾエに、ムリヤさんは語りかける。


「人前でを使っちゃだめなんよ」


 きっと、ヘイズも師匠も同じことを言うだろう。

 厄介な連中に絡まれる危険があるからだ。


「俺からも…お願いだ」


 プレイヤーにとってはゲームの世界の話だが、ゾエにとっては違う。

 隠しておくに越したことはない。

 俺とムリヤさんを交互に見てから、ゾエは力強く頷いた。


「約束します」

「よし!」


 この子は約束を破らない。

 ヘイズの言いつけを律儀に守る良い子だ。


「さ、ショッピングの続きと行こうぜ」


 そう言って路地裏の出口を指す。

 まぁ、ヘイズからのお小遣いで、ゾエに必要なものは揃ってるんだが。

 残すは、俺の護身用銃だけ。


「まずは当局にしてからなんよ」


 お布施だから後ろめたいことはない。

 でも、スカイブルーの瞳を瞬かせるゾエちゃんは、そのままでいてくれよ!


 それにしても、あの能力、ティタンにも有効だったり──待てよ?


「あの、ムリヤさん」

「どうしたんよ?」


 電流が走る、とでも言おうか。

 ゾエの願いを叶える方法、見つけた気がするぜ。


「ティタンの無人機ってあったりします?」

「エネミーじゃなく、プレイアブルってことなんよ?」

「はい」


 質問の意図が読めないと、ムリヤさんは疑問符を浮かべる。


「あるにはあるんよ。でも、それがどうしたんよ?」


 無人機はエネミーだけの特権じゃない、と。

 名案を閃いちまったかもしれないぜ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る