ショップを利用します!

 鉛色の空の下、ストリートを行き交うサイボーグや獣人。

 タジマ粒子の汚染に適応するため、生み出された新人類って設定なんだとか。

 怖いね、タジマ粒子。


「あのティタン、フレイムスロワーを装備しています!」

「ティタンに火炎放射って有効なのか…?」


 目を離すといなくなりそうなゾエの手を掴み、俺は視線を上へ向ける。

 ストリート沿いに展示されている重量級のティタン。

 右腕にパイルバンカー、左腕にはフレイムスロワー火炎放射器を装備している。


「射程は短いけど、混合ナパームは粘着力があるから長時間焼かれて危ないんよ」

「えげつねぇ…」


 解説は兎耳幼女先輩ことムリヤさん、本日の引率である。

 ヘイズか師匠が引率の場合、いらぬトラブルを招く可能性が高いのだそう。

 そこで腕っ節が立ち、ゾエの事情を知るムリヤさんが呼ばれた。


「さぁ、2人ともムリヤに付いてくるんよ」

「はい!」

「ゾエ、走っちゃだめだぞ」

「はい」


 兎耳のおかげで雑踏の中でもムリヤさんは見逃しそうにない。

 セントラルへの外出をヘイズは渋ったが、鶴の一声ならぬ師匠の一声。


 ──ゾエ君の衣服と日用品は必要ではないかな?


 俺の粘り強い交渉も相まって、外出の許可が出た。

 やったぜ!


「あれは何ですか?」


 目一杯に手を引かれ、ゾエの指す方角を見る。

 孫に引っ張られる爺ちゃんの気分だ。


「あれは…当局のエクソスケルトンだな」


 この前見たばかりのマシンがストリートの端に駐機していた。

 塗装は白色で、近くには武装した局員が立っている。


「エクソスケルトン、とは?」


 意味はエクソスケルトン外骨格だけど、そうじゃないよな。

 どういうマシンか俺も詳しく知らないのだ。

 首を小さく傾げるゾエちゃんへ返せる言葉がない!


「本来、この世界に存在しなかった新体系の作業機械なんよ」

「そうなんですか?」


 いつの間にか隣に並んでいたムリヤさんへ顔を向ける。

 この世界に存在しないとは?


「工学系を専攻するプレイヤーが一から設計したらしいんよ」


 いくら自由度が高いと言っても、一から設計できるのか。

 ティタン・フロントライン、とんでもないゲームなのでは?


「そういえば……ルンルンもムリヤさんが設計した機体でしたね」

「そうなんよ。航空力学を学んだ甲斐があったんよ!」


 高校物理を天敵とする俺には、別次元の学問が聞こえたぜ。

 ムリヤさん、もしかしなくても才女か。


「また乗ってみたいです!」


 俺も乗りたいです!

 あの速度で水上を飛ぶなんて、現実じゃ体験できない。


「本当は依頼がないと飛ばさないけど……今度、乗せてあげるんよ!」


 ありがてぇ。

 今度は機内に入ってみたいな。


「さ、目的地が見えてきたんよ」


 雑踏を抜け出し、目に入ってきたのはコンクリート製のバンカーみたいな建物。

 防爆仕様はデフォルトなの?


「ここがショップですか?」

「レディース扱ってる販売店シムラクルム、通称シムラなんよ」


 プレイヤー以外も利用しているようで、なかなかの盛況ぶりだ。

 ロボットバトルができればいい俺には、縁のない場所だと思ってたよ。


「ここでゾエちゃんに必要な諸々と、君の護身用銃を見繕うんよ」

「了解です!」

「うっす」


 ヘイズ曰く護身用に1丁くらい持っておけ、とのこと。

 あまり銃には興味がないんだよな。

 かっこいいとは思うけど。


「ヘイズみたいなリボルバーとかありますかね?」

「あるとは思うけど、結構高いんよ」

「ムリヤさんの高いは洒落にならなそう」

「ゾエは霧の刃ネーベル・クリンゲが欲しいです!」


 さすがにアイゼン・リッターの武器はないと思うなぁ。

 そんな会話を交えつつ、店内へと入る。



 購入した諸々を手に提げて、俺は試着室の前で天を仰ぐ。

 父さん、女子の買い物は大変だぜ。


「ゾエちゃん、次はバトルドレスにしてみるんよ」

「ドレスに組み込まれたアシストがかっこいいです!」

「サイボーグとやり合うための装備なんよ」


 試着室の中から聞こえる会話、世間一般の女子もしてるのかな?

 レディースのコーナーと言うけど、硝煙と油の臭いがしそうだぜ。


「おい、そこのV擬き」


 ミリタリーファッションというかメンズ寄りなデザインが多い。

 ヘイズの服装、苦労して揃えた代物なんではなかろうか。


「無視すんじゃねぇ」


 ずいっと前に立ち、影を落としてくる兄ちゃん。

 黒主体の装備に身を包み、ホストでもやってそうな雰囲気だ。

 まさか、俺をご指名?


「何か用ですか?」

「あ? V擬きが調子乗ってんじゃねぇぞ」


 本人だよ。

 凄んでいるつもりなんだろうけど、県大会で遭遇した金城って剣士の方が数段恐ろしいぞ。

 この兄ちゃん、俺を笑わせに来たのか?


「これ見よがしに女侍らせて目障りなんだよ、お前」

「は?」


 いかん、口に出た。

 兄ちゃんの表情が険しくなっちゃったよ。

 でもね、百歩譲って俺が異性を侍らせていたとして、敵視しても仕方ないと思うんだ。

 ゲームだぞ?


「どうしたんよ?」

「大丈夫です。ムリヤさんはゾエを見てやってください」


 試着室から顔だけ出すムリヤさんへ軽く手を振って応じる。

 ゾエちゃんの教育に悪いものは見せられないぜ。


「こいつ…!」

「どうどう…何したら許してもらえます?」


 暴発しそうな相手を宥めつつ、荷物を試着室の前に下ろす。

 それを鼻で笑うチンピラは、首の骨を鳴らした。


「俺の気が済むまで、お前をぶちのめさせろ」


 ただの鬱憤晴らしかよ!

 俺を囲むようにショーケースの影から現れた2人組は、お友達か。

 セントラルの治安悪くない?


「何をしているのですか?」


 俺の背後、開かれた試着室で首を傾げるゾエちゃん。

 純粋無垢の擬人化だ。

 今は、華やかさと武骨な暴力の同居するバトルドレスを着ているが。

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