ゴースト
ティタンに乗りたいです!
「それで今期は不作だなぁって」
「ほぅ…少年はロボットアニメしか見ないのか」
珍しく椅子に腰かけた師匠と俺は、今期のアニメについて語り合っていた。
師匠もアニメを見るらしい。
ロボットアニメ偏重の俺と違って満遍なく見るタイプ。
「ヘイズが勧めなかったら剣道少年のままでしたね」
「なるほど、良い友人を持ったな」
「はい」
中学時代にロボットアニメと巡り会ってなかったら、ここに俺はいない。
藤坂には感謝しかないぜ。
「はぁ……まったく」
アニメ談義の発端となった本人は、ぷいっと顔を逸らす。
なんだよ、照れてるのか?
本日のヘイズは黒のロングコートを着ておらず、シャツの上のサスペンダーとショルダーホルスターが見える。
「ところで、少年……新しいジャンルを開拓してみる気はないか?」
「と、言いますと?」
机の上で手を組む師匠。
レールガンを語る時と同じ声のトーンだ。
俺も真剣に聞かねば失礼というもの。
来い!
「今期、星喰のエグマリヌというアニメが──」
「お待たせしました!」
キッチンから顔を出すのは、我らがゾエちゃん!
両手で持ったトレイには、湯気の立つカップが3つ。
そのうちの2つを机の上へ置く。
「ありがとう、ゾエ」
「いただくよ、ゾエ君」
「はい!」
眩しい笑顔だ。
今は長い黒髪を後ろで結い、活動的に見える。
ヘイズの貸したロングコートを羽織ってるから、機動性には難がある。
しかし、あの病衣は目のやり場に困るのだ。
「ヘイズもどうぞ!」
「…ありがとう」
セーフハウスが活動領域のゾエへ、趣味のアンティークを預けたのはヘイズだ。
結果、給仕係ゾエちゃんが誕生した。
「3人は何について話していたのですか?」
きらきら輝くスカイブルーの瞳が、手元の端末を覗き込む。
そこには俺がゴールデンウィーク前に視聴したロボットアニメ、ロストエッジの第3話が映っている。
師匠へ布教するために、開いたままだった。
「とある映像資料群について話していたのさ」
カップを手に取り、香りを楽しむサイボーグの師匠。
どうやってコーヒーを飲むんだろ?
「映像資料…」
「気になるか?」
「気になります!」
未知は全て探求してみたいゾエは当然、食いつく。
我ながら愚問だったな。
「では、一緒に鑑賞しよう」
「はい!」
「少年」
「うっす!」
入門向けなら何がいい?
責任は重大だぞ、俺!
それにしても師匠、小さい子どもの相手に慣れてるな。
流れるような誘導だった。
「ヘイズ、入門向けなら星屑戦記がいいかな?」
「いや……アイゼン・リッターがいい」
友人の目利きを俺は信じるぜ!
端末を操作して
そして、長椅子に4人集まってから──画面のスタートをタップ。
アイゼン・リッターはファンタジーに分類されるロボットアニメだ。
第1話から重量感あるロボットの剣戟が見られる。
それが、とにかく、かっこいい!
OPを含む24分間、俺たちは黙って見入った。
そして、視聴を終えたゾエちゃんは──
「ゾエもティタンに乗りたいです!」
その言葉を聞いて、俺は師匠と顔を見合わせ、頷く。
これもロボットに魂を惹かれし者の宿命か。
「ついに来たか、この時が…!」
「ふっ…ゾエ君も求めるか、禁断の力を」
2人揃って腕を組み、不敵な笑み──師匠は表情筋がない──で応じる。
すると、ゾエの目が期待で光り輝く。
良い目だぜ。
「駄目に決まっているだろう」
すかさず飛んでくる冷静な一言。
実質的な保護者をやっているヘイズからだ。
「えぇ…だめ?」
「だめ、ですか…ヘイズ?」
ゾエと揃って、悲しげな目線を向ける。
木製の椅子に腰かけるヘイズは、メカメカしい狐の面の額を押さえた。
「そんな目で見ても駄目だ」
「どうしても…ですか?」
狐の面を取ったヘイズは、気落ちしたゾエと目線を合わせる。
業物の日本刀みたいな美人が、微かに眉を下げて言う。
「いいか、ゾエ…お前は危うい立場にいる。私たちが絶対に守ってやれるか分からない」
それは──ヘイズの言う通りだ。
プレイヤーじゃないゾエはリスポーンできるか分からない。
万が一、ティタンを撃破された時、安全が保障できない。
その場の勢いで行こうとしていたが、危ないところだった。
「不用意な行動は控えろ、いいな?」
ヘイズ、つまりは藤坂は面倒見がいい。
人見知りのきらいがある妹から俺以上の信頼を得ている無二の友人だ。
人一倍、ゾエを心配している。
「はい…」
それが分からないゾエじゃない。
この子は純粋無垢で、素直だ。
だからこそ──我慢はさせたくないよなぁ。
あの研究施設からは一歩も外に出られなかったという。
せっかく自由の身になってもセーフハウスが活動領域。
それは、あんまりだろ?
「ヘイズ」
「…どうした」
狐の面を被ったヘイズと向き合う。
ティタンに乗るのが駄目なら、別の角度から行くだけだ。
「セントラルを回るくらいなら……どうだ?」
触れる機会は、いくらでも作れる。
ここはロボットバトルが売りの世界だぜ?
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