第16話 愛しの我が家
切りつけられたダミーは左脇のあたりから首に向けて深い傷を負い、残った皮一枚でなんとか左腕を支えている。
サクヤの力を差し引いても異常な切れ味だ。
通常の剣であったなら、せいぜいこの半分くらいの深さでしか切れない。
例え切れたとしても、断面がここまで滑らかにはならないだろう。
「え、こんなに切れるの!?」
サクヤも驚いた顔して、切りつけた姿勢のまま固まっている。
その一方でオっさんは得意げで、発明品を自慢するサクヤと同じ顔をしていた。
「な、すごいだろ? フェンリルの牙は硬いくせに良く曲がるんだ。 表面から根元に向かって徐々に硬くなる性質のおかげだな」
「こうなるともうほとんど魔法ですね」
「な? 魔狼の名に恥じない切れ味だ」
オっさんが嬉しそうに笑っている。
この人はお礼を言われたり自分が褒められたりするのは照れるくせに、作った物を褒められると本当に嬉しそうな顔で素直に喜ぶ。
自分が作った物への信頼と自信がそうさせているのだろう。
こんな所も実に凄腕鍛冶屋らしい。
サクヤと並んでお礼を言って、鍛冶屋を後にする。
スルーズさんと会えなかったのは少し残念だが、永熱石を使った防具の製作は今が最盛期だから仕方ない。
また手が空いている時にでも改めて挨拶に行こう。
その後はギルドに戻ってノイシュさんに報告をし、その足で公衆浴場へと向かった。
ドーム型の天井に作られたいくつかの天窓からは湯気が立ちのぼり、見るからに暖かそうだ。
入り口でサクヤと別れてそれぞれ入浴を済ませる。
久々の入浴だがいつもサクヤを待たせてしまうのでお風呂に浸かるのは程々にし、名残惜しい気持ちを抑えながら浴場を出る。
しかし、外に出ると案の定サクヤが待っていて、今出た所だよといつものように言われてしまった。
体も温まり、一安心すると今度はお腹が空いてくる。
サラさんの料理を食べようと店へ向かったが開いておらず、残念ながらお預けとなってしまった。
寒期は食材が手に入りにくく、店が開いてたり閉まってたりするのは日常茶飯事。
サラさんの事だからまた採掘場に出稼ぎにでも行っているんだろう。
中層に店を移す事で寒期の間も料理店に専念でき、営業を続けられるようになると良いのだが。
「お母さんも相変わらず忙しそう」
「そうだね。 お店を移して楽になると良いんだけど」
「そうしたらもっと忙しくなるんじゃない? デウスで一番の料理店になって上層からお呼びが掛かるかもよ?」
「王様の料理係になったりして」
そんな楽しい妄想を語りながら、中層の料理店に足を運ぶ。
ここも食材不足の状況は変わらないようだが下層よりはマシだ。
いくつかの開いている店を通り過ぎ、僕たちは目的の店に辿り着いた。
「いらっしゃい! お、カインとサクヤじゃないか!」
店の奥の方から見慣れた顔が声を掛けてくる。
「今日もやってるなんてすごいねアーロンさん」
「あー寒かった! また来たよアーロンさん!」
アーロンさんは顔に炭をつけたまま笑顔で迎えてくれているが、ここから見てもわかるくらい薄っすらとひげが生えてきている。
中層の客に合わせて見た目もさっぱりさせないと、と言っていた最初の意気込みはどこに行ってしまったのか。
綺麗な店内を歩き、近くのテーブルへと着く。
白い石造りのテーブルも少し汚れや欠けが見られるようになり、店のテーブルとして風格が出てきた。
僕らの他にも数人のお客さんがおり、みんな獣肉のシチューとサンドイッチを食べている。
ここの看板メニューは相変わらずの人気のようだ。
「いつもので良いか?」
「今日は普通のシチューにしようかな、この寒さだとお腹が冷えちゃいそう」
「私はピリ辛シチューと……サンドイッチはホットで!」
「あいよ、ちょっと待ってな」
アーロンさんが釜の方へ向き直し、サクヤの分のパンと具材を釜に入れる。
料理をしながら客の顔が見たいというアーロンさんの希望で作られた開けた調理場は、この店の特徴であり最大の魅力だろう。
店の中央に置かれた例の釜が熱と香りを発しながら食材を焼き上げるその様は、食欲を刺激して見ているだけで余計にお腹が空いてくる。
周りを囲むテーブルに座る常連客の人々も、料理の出来上がりを待ちながらアーロンさんと話せたりと、このスタイルは良い事づくめだ。
「はい、お待ち」
少しして、ほかほかの獣肉のシチューと、サンドイッチが運ばれた。
芋と肉がゴロゴロと入ったシチューに、薄いパンに獣肉を挟んだだけのシンプルなサンドイッチ。
単純明快ながら確かに美味しいその料理は、まるで質実剛健なアーロンさん自身を表しているようだ。
「いただきます」
「いただきます!」
一口シチューを啜る。
他のお店の物と比べるとさらりとしたシチューだが、粘り気が無い分するすると食べ進められる。
肉の旨味を感じ、他では食べた事の無いスパイスの風味が鼻を抜ける。
あっさりとしながら力強いこのシチューはやはりアーロンさんならではだ。
サンドイッチも薄い円形のパンの中心に焼いた肉を置いて挟んだ物で、他の店とは食感も形も違う。
薄い分サクッと噛み切れ、もちもちとした食感が独特だ。
白い肌についた焦げ目と溶けたバターが香ばしさを際立たせる。
挟む肉も少し酸っぱさのある独特な味付けで、いくらでも食べられそう。
サラさんの作る料理が家庭的で優しい料理とするなら、アーロンさんの作る料理はどこか異国を感じる特別な料理といった印象だ。
夢中で食べ進め、あっという間に食べ終えてしまった。
アーロンさんの料理はどれも特別だが、特に珍しいのはヨーグルトという料理。
獣の乳を固めて作るものらしいが、チーズとは違う酸っぱさが癖になる。
最後に出されたそれを完食し、食事は終了。
代金を渡し、店を後にする。
疲れを癒やしお腹を満たし、こうなるともうベッドに入りたくなってくる。
サクヤも同じ考えなのか、体が居住区の方を向いている。
「帰って休もうか」
「うん、流石に疲れちゃった」
居住区への途中、壁の無い通路から夕焼け空が見える。
眼下には平民街と露天通りが広がり、白い壁が綺麗なオレンジに染まっていた。
この光景を見るたびに懐かしい気分になってくる。
商業区を臨むボロの家。
あそこに暮らしていたのがついこの間の事のようだ。
それが今や中層暮らしだなんて、サクヤには感謝しても仕切れない。
「また思い出してるの?」
「うん、なにせ僕の初めての家だったからね」
「あんまり懐かしんでばっかりだとおじいちゃんになっちゃうかもよ?」
「もしそうならサクヤもおばあちゃんだ」
もー、と不満げな声をあげてサクヤは笑う。
サラさんの家を出る時にあれだけ泣いて別れを惜しみ、近くを通るたびに立ち止まっているのだから人の事は言えないだろう。
そして、居住区にある僕らの家に到着した。
少し家を空けていたせいで扉の前に雪が積もり、扉が開かなくなっている。
埋められた発熱のルーンに魔力を通す。
石壁にも雪がついているがこれは払っても仕方ない。
窓の汚れも少し目立つようになってきたが今はそれより休憩だ。
掃除するにしてもギルドに返す時で良いだろう。
「ただいま!」
「ただいま」
誰も居ない家にただいまの挨拶をする。
「おかえり」
「うん、おかえり」
お互いの顔を見て、おかえりを返す。
サクヤはおかえりという言葉が好きで、帰ってきた時はお互いに言い合うのがこの家のルールだ。
ローブを脱ぎ、衣装掛けに掛ける。
冬用というのもあって着ているだけで重労働だ、文字通り肩の荷が下りた気がした。
「異常なしかな?」
「異常なし」
天井、壁、棚、暖炉、調理場、テーブル、椅子、ベッド、トイレ、風呂。
ぐるっと家を見て回り無事を確認する。
これもサクヤと作った家のルールだ。
もし冒険中に泥棒などにより家のどこかが壊れていた場合、ギルドに報告する必要がある。
もし報告を怠って罰金になってしまったら僕たちはすぐにこの家を追い出されるだろう。
今回の戦利品をサクヤの発明素材入れにしまって暖炉に火を入れる。
サクヤの開発した着火装置のおかげで火をつけるのも楽々だ。
「いつもの採掘場だと、帰ってくるのは明日の朝早くかな?」
「今日は早めに寝て、明日の朝一でサラさんに報告しようか」
サクヤは大きく頷くと自分の部屋へと入って行く。
そして部屋着に着替えて戻ってくると、その手にはギルドの預金証明書が握られていた。
「この5銀貨と合わせて銀貨100枚、銅貨53枚。 きっとお母さん驚くよね!」
「驚くよ。 僕らがまさかこんなに稼いでるとは思わないんじゃない?」
「けっこう頑張ったもんね、私たち」
魔鉱石を主とした鉱石の採掘、薬草など様々な植物の採取、そして時々スライムとゴーレムの討伐と、危険度の低い依頼でコツコツとやって来た。
それで銀貨100枚を貯められたのはサラさんやノイシュさんなど周りの人の協力があったからこそだ。
「どうしよう、楽しみで寝られないかも!」
「それでもちゃんと寝とかないと、旅に出てる間はちゃんと寝れてないんだし」
えーっと文句を言っているがここは譲れない。
サクヤは開発に没頭していると寝るのを忘れてしまったりと、睡眠をないがしろにしがちだ。
特に気を付けるようサラさんからも言われている。
サクヤはしぶしぶ了承してくれたようで、今は大人しく座ってミルクを飲んでいる。
「じゃあ、おやすみ。 ちゃんと寝るようにね」
「わかった。 カインこそ、朝一で行くから寝すぎちゃダメだよ」
「大丈夫だよ、元々寝起きは良い方だから」
自分の部屋へ入り、服を着替えて荷物を整理する。
冒険者学校に入る時に買ったランタンは所々錆びており、今までの冒険を思い出すのにぴったりだ。
ショートソードの手入れは日課にしているため見た目にほとんど変化は無いが、よく見ると柄のあたりや鍔の先などが剥げてきている。
初めてゴーレムを倒した時の事を忘れないために飾っている青色石も思い出深い。
サラさんの店という形でこれまでの冒険が形になると思うと、懐かしい気持ちと一緒に誇らしい気持ちも湧いてくる。
サクヤでは無いが、興奮して眠れないかもしれない。
と、突然どこからともなく一枚の羊皮紙が落ちてくる。
それは僕の写しであり、そこには金色の文字で『フェンリル』の名が刻まれていた。
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