帝都ゼウス編2

第15話 雪と氷の世界

 デウスの町に今年も寒期がやって来た。

 町の周りは雪と氷の世界に変わり、人々は家に閉じこもる。

 普通の人間なら外に出ようとも思わないこの時期だが、冒険者にとっては稼ぎ時だ。


 「永熱石がこれだけあったらノイシュさんも喜ぶよね!」


 鎧の上からフード付きのもこもこローブを羽織り、人型のもこもこと化したサクヤが嬉しそうに永熱石を掲げている。

 1回の探検で永熱石が5個、これは最高記録だ。

 

 「1個貸して、さっきから手がかじかんじゃって」

 「いいよ、はい」

 

 サクヤから受け取った永熱石は穏やかな熱を放っていて、革手袋の下で冷たくなった僕の指にようやく感覚が戻ってくる。

 これは需要が増えるのも納得だ。

 ここ数日は永熱石の採取依頼ばかりこなしていて、今や指名で依頼が入って来るほど。

 子供パーティのカインとサクヤも、そろそろ永熱石のカインとサクヤと呼ばれる頃だろうか。


 「これで目標の100銀貨に届くかな?」

 「うん、指名依頼だし十分届くと思うよ」


 旅に出るための目標として僕たちが挙げた内のひとつ、100銀貨の貯金。

 これだけあればサラさんが中層に家を借りられ、綺麗な店を開く事が出来る。

 パーティとして依頼をこなすうちに出来たひとつの目標だったが、達成には3年もかかってしまった。

 

 「良かった! ちなみに……少しくらい貰っても良いよね?」

 「いいよ、採ってきたのは僕たちなんだし」


 サクヤは大喜びで永熱石を鞄にしまう。

 サクヤの開発癖が無ければもう1年は早く達成できた気がするが。

 

 厚い雪の層の向こうから、デウスの町の城壁が見えてくる。

 雪と氷の世界から人間の世界に帰ってきたようで、この光景を見る度にほっとしてしまう。

 街道を歩くのも残りわずか。

 町に帰ったら、まずお風呂に浸かりたい。

 

 この3年で、僕たちは旅に出る準備が出来ただろうか。

 100銀貨は集まり、魔物討伐の経験も積み、ギルドの中でも多少は名が通るようになってきた。

 だが、果たして本当に、外の世界で生きていけるのか。

 野生動物すら姿を見せないこの極寒の世界を見ていると、ただただ不安な気持ちだけが募る。

 このままサクヤやサラさんと、仲良く暮らすだけではダメだろうか。


 「せっかく依頼完了なんだし、もっと楽しそうに帰ろうよ」


 こんな風に、と、サクヤはわざわざ雪だまりの中に飛び込んで、全身を雪だらけにして笑っている。

 サクヤはどんな時でも明るくて、自分の夢に忠実に生きている。

 そんなサクヤと関わった時間が長いからこそ、今のような時間がより愛おしく感じてしまう。

 サクヤは夢とこの時間、どちらかひとつを選ぶなら、どちらを選択するんだろう。

 

 「そんな事してるとまた鞄に穴が開くよ?」

 「また直すから大丈夫! ほら、カインもこっちきて!」


 サクヤの馬鹿力に引っ張られ、僕はなすすべなく雪の中に倒れ込む。

 ただでさえ冷えていた体が余計冷やされ、もう寒いのかどうかもわからない。


 「あー……今回も楽勝だったね」

 「このあたりの魔物は特に弱いらしいしね、僕たちならもう大丈夫かな」


 サクヤが僕の腕を枕にして隣に寝転ぶ。

 背中が雪に濡れてピリピリとしてきたが、サクヤ自身の体温かローブに付与した永熱石の欠片の熱か、触れ合っている部分からじんわりと温かさが伝わってくる。

 

 「カインの分のローブも作っとくね」

 「うん、なるべく早く頼むよ。 背中が寒くて凍りそう」

 「寝転ぶのは流石に無茶だったかな」

 

 サクヤがこちらを向いてあははと笑った。

 この笑顔を見るといつもつられて笑ってしまう。

 ギルドの人や店のお客さんにも人気だし、これもサクヤの魅力のひとつだろう。


 雪から体を起こし、残りの道を進んで行く。

 デウスの大門に着く頃には、太陽が真上の位置に来ていた。

 門番に挨拶をし、脇の通用門をくぐる。

 通りは人通りがまばらで、寒期らしい寒々とした光景が広がっている。

 何はともあれ、まずは報告だ。

 

 「やあ、おふたりさん早いお帰りで」

 「もう慣れっこですから」

 「採れたよ、永熱石」


 サクヤがカウンターに永熱石を並べ、ノイシュさんがそれを鑑定する。

 この3年で何度この光景を見た事か。


 「オッケー、完璧だ。 依頼主の鍛冶屋のおっさんも喜ぶだろうねぇ」

 「やった! じゃあ報酬の方も……」

 「直接おっさんのとこに行っといで、どうせ未来のご近所さんなんだから挨拶がてらだ」


 ノイシュさんから鑑定書を貰う。

 採ってきた永熱石は全て優と判定されたようで、これで高品質な物だと証明された。

 サクヤの事となると判定が甘くなる気がするが、気付かないフリをしておこう。

 

 ノイシュさんに言われた通り、商業区中層にある鍛冶屋へ向かう。

 冒険者としてまともな報酬が貰えるようになってからはこのあたりにも良く出向いており、いくつか馴染みの店も出来た。

 鍛冶屋のおっさんもそのひとりで、名前をオーディンという。

 それにちなんでの『オっさん』が愛称で、イントネーションを間違えて怒られたのがついこの間のようだ。

 

 雪一面の町にありながら、雪の無い暖かな一角。

 そこにこの鍛冶屋はある。

 雪が無い理由は簡単で、ここにある炉の火を絶やさず守り続けているからだ。

 前に理由を聞いたのだが、この火は神からの贈り物で、これ自体がアーティファクトと呼べるような物らしい。

 そしてその炉の前に、険しい顔でハンマーを叩くオーディンさんの姿があった。


 「お、帰って来たって事は永熱石が採れたか?」

 「うん、見て見てオっさん!」

 「今回は優なんでかなりの上物です」


 オーディンさんは鑑定書と一緒にそれを受け取り、太陽にかざしたり炉の火に近づけたり、ハンマーで軽く叩いたりして品質を確かめる。

 流石はオっさん、それだけで様になっている。

 

 「うん、やっぱりお前たちに頼んで正解だ。 もうお前たち、なんて呼べないな」

 「気にしなくて良いのに、オっさんもいつまでもオっさんなんだから」

 「言うようになったじゃねえか」

 

 オっさんがガッハッハと笑う。

 蓄えられたひげと筋骨隆々の体に似合った豪快な笑い方で、なんだか、笑い方からも熱を感じてしまいそうだ。

 その性格もあってかサクヤとは特に仲が良く、こうして指名の依頼も出してくれている。


 「今回は1個1銀貨で4銀貨ってところだな。 あとはそいつに特別報酬を足して、6銀貨でどうだ?」

 「オっさんありがとう!」

 「良いんですか? スルーズさんぼやいてましたけど」


 スルーズさんの名前を出した途端、オっさんは露骨に困った顔をした。

 オーディンの名を持つ屈強な鍛冶屋でも、奥さんには敵わないのだ。


 「良いよ、俺のポケットマネーから出すんだ。 その代わり珍しい鉱石だの魔鉱石だのは全部うちに持ってこい、頼んだぜ殿

 「了解いたしました!」

 「スルーズさんには黙っておくよ」


 びしっと敬礼をして、サクヤは銀貨6枚を受け取った。

 ここから生活費を引いて銀貨5枚、晴れて銀貨100枚突破だ。

 嬉しそうなサクヤの顔を見て、オっさんはハッとした顔をする。

 そして一度店に戻ると、綺麗なナイフを2本持って来た。


 「銀貨100枚貯まったんだろ? その顔を見たら誰だってわかるぜ。 ほら、こいつらも持っていきな」


 いやそんな、と口に出す前にぐいと押し付けられ、否応無しに渡されてしまった。

 ありがとう、と言いかけたがそれすらも首を振って断られる。

 スルーズさんが言うにはオっさんは見た目に似合わず恥ずかしがり屋で、感謝されるのが苦手らしい。

 その証拠に、オっさんは耳を赤くして目を逸らしている。

 

 「すごく綺麗……これって七色トネリコ?」

 「流石はサクヤだ。 前に頼んで採ってきて貰った分の残りでな、いつか渡そうと保管してあったのを鞘にしたんだ」


 光の当たり具合によって色を変えるその鞘は芸術的で、見る者全ての目を奪うよう。

 しかも、その材料が僕らとオっさんが知り合うきっかけとなった七色トネリコだと言うのだから、オっさんはなんてロマンチストなんだろう。


 「しかもこれ、細かいルーンが彫られてますよね」

 「その通り、硬化のルーンと反射のルーンが彫ってある。 魔法屋の姉ちゃんがよろしく言っといてくれとよ」

  

 魔法屋のスプンタさんのルーンなら効果は疑いようも無い。

 みんなでこんな物を作っているなんて、これまでの日々が思い出され、目頭が熱くなってくる。

 思わずお礼を言いそうになったが、またもオっさんに遮られた。

 

 「抜いてみてくれ」


 鞘から現れたのは、青みがかった銀色の美しい刃。

 真っすぐに伸びたその刀身は微かに光っているように見える。

 

 「氷石みたいだけど、氷石はこんなに硬くならないよね……なんだろ……」

 

 サクヤがわからない鉱石だなんて、その時点で少なくとも普通の鉱石ではない。

 魔力が無いため魔鉱石ではない事も確かだが、そうなるといよいよこの刀身が何で出来ているのかわからない。


 「こいつはな、フェンリルの牙だ」

 「フェンリルの牙?」

 「そう、極低温の地下で稀に採れる鉱石でな、天井から氷柱みたいに生えてんだ。 形が大きな狼の牙に見えるってのと、光を放つ青みがかった銀色が神々しいってんでそう呼ばれるようになったんだとよ」

 「へー、初めて見た!」


 サクヤは大喜びでその刀身を日の光に当てている。

 反射する色も薄い青色で、照らされた刀身は更に美しさを増す。

 ただ、フェンリルと言えば神にあだなす魔狼の名。

 あえて不吉な名がつけられているのには別の理由もありそうだ。

  

 「カイン、何か言いたそうな顔してるな」

 「うん、聞いたら水を差しそうなんだけど……」

 「フェンリル、って名前の事だろ? ほんとに鋭いやつだ」


 オっさんはやれやれといった顔をして、サクヤの方を横目に見る。

 しかしサクヤが聞きたい、と言ったため、渋々説明をしてくれた。

 

 「こいつを採ろうとピッケルで叩くと、何故か人の頭を狙って落ちてきやがるんだ。 それで昔何人も死んだらしくてな、下手に手を出さないように、って警告も含めてこの名前になったんだとよ」


 人の頭を狙って落ちてくるなんて想像しただけで恐ろしい。

 それが美しい鉱石なのだからなおさらたちが悪いというものだ。

 サクヤはそれを聞いても目を輝かせていて、発明家の持つ好奇心という物を改めて見せつけられた気分になった。


 「まぁ材料の話はともかく使ってみてくれよ」

 

 そう言って、オっさんは革の鎧を着せた木製のダミーを立たせる。

 このダミーは戦闘訓練でも使われる人型で、人の硬さに似せて作られていると習った。

 サクヤはそれを真っすぐに見据え、右手に握ったダガーを順手、逆手と何度か持ちかえる。

 少しそうした後、ダミーに向かって踏み込むと同時に右から左へと小さく、脇のあたりを狙った一撃を繰り出した。

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