第13話 パーティ登録

 「青色石……くすんじゃった」


 ゴーレムを形成していた青色石は貫通砲から噴出された熱にやられたのか、表面に見えるほとんどの部分がくすんだ青色に変色していた。

 こうなった青色石はもう染料としては使えず、価値もだいぶ落ちてしまうらしい。

 核を貫かれた胴体部分もひび割れがひどく、まともな青色石は片手に乗る程度になっていた。

 

 「まぁ、おまけだと思おうよ、魔法銀もあるんだし」  


 ただ助かったのは、ゴーレムの手足に魔法銀が含まれており、それがそこそこ良質であった事。

 こちらも片手に乗る程度だが、少なくとも今回の目的は達成できる。

 

 「でも、せっかく大金持ちだと思ったのに……」


 サクヤは心底落ち込んでおり、先程から地面に膝をついてうなだれたまま動かない。

 ゴーレムから採れなくてもまだ周辺に埋まっている可能性もあるし、そこまで落ち込まなくても良いと思うのだが。

 

 「ほら、まだあるかも知れないし探してみようよ」

 

 落ち込むサクヤの肩に手を置き、顔を下から覗き込む。

 サクヤはえへへと笑って見せたが、その前に一瞬、苦悶に満ちた顔をしたのを見逃さなかった。


 「サクヤ、無理して体を壊したら大変だよ」

 「バレちゃった? かっこよく決めたかったんだけどなぁ」


 サクヤは体を起こして鉄の胸当てを外し、服をめくって右脇腹を見せる。

 サクヤの脇腹は筒を支えていた辺りを中心に青紫色に変色しており、見ただけで内出血を起こしているのがわかる。

 よく見ると、鉄の胸当ての右脇腹部分にあった出っ張った部分が欠けて無くなっており、あの筒を支えるのがどれたけ大変な事だったかを物語っていた。

 

 「回復薬を塗るからそのままにしてて」

 「うん……やっぱり筒を支える機構はもう少し改良が必要みたい」

 「わかったから、今日はもう町に戻るよ」

 「でもそれじゃ青色石と魔法銀が……」

 「ダメ、こんな傷で冒険は危険すぎる」

 

 回復薬は塗ったが、痛みを軽減し回復を促進するだけですぐに治ったりはしない。

 サクヤの体にどれだけの被害があるかわからない以上、ここはすぐに帰って医者に診せるのが賢明だ。

 そんな僕の思いとは裏腹に、サクヤはとても残念そうな顔で胸当ての欠けた部分を見ている。

 

 「ほら、自分で歩かないなら僕が背負っちゃうよ?」

 「んー……わかった、大人しくカインの言う事を聞くよ」


 ようやく諦めてくれたようで、サクヤは外した鉄の胸当てを着け直し、自分の足で出口へと歩いて行く。

 途中何度か痛そうにしたので肩を貸し、痛み軽減に治癒のルーンもかけておく。

 患部付近に直接指で書き込んだため、僕が魔力を流し続ける限りは効果を発揮してくれるだろう。


 そうして日の暮れた街道を進みゼウスの町に着いた頃、周囲は夜の闇が覆い、空に満天の星空が広がっていた。

 

 「おかげでだいぶ治ったよ」


 そう言うサクヤの表情こそいつも通りだが、右腹をかばっているのが姿勢でわかる。

 左足に体重をかけて体を傾けながら歩く姿が痛々しい。

 

 「完治はしてないから医者に診せよう。 この石を売ったら診察代くらいにはなるよ」

 「大丈夫だよ、カインの魔法もあるし体が強いのも取り柄だから!」

 

 強がって見せ、脇腹を軽く叩いて快調をアピールしてくる。

 本当は心配だがここまで言うなら仕方ない。

 

 「わかった、でも痛みが引くまで絶対安静だよ」

 「ありがとうカイン! 私の家まで連れてってくれる?」

 「任せて」


 また肩を貸し、サクヤの家へと向かう。

 サクヤの家周辺は酒場街と言うのもあって混雑しており、昼間からは想像も出来ないほど人が居た。

 仲間と肩を組んで楽しそうに歩く屈強な男たち、酒瓶を片手に通行人にちょっかいをかける酔っ払い、片足を引きずり、道の隅を隠れるようにして進むみすぼらしい身なりの男。

 楽しそうな歌や喧嘩の怒号、どこからか聞こえる女の泣き声など、清廉潔白なイメージのあるゼウスではなかなか経験出来ない人間らしさに溢れている。

 サクヤの顔見りも多いようで、時々声を掛けられたり心配されながらも家へと到着した。


 サラさんは営業中ということもあり、数人の男と楽しそうに話しながらビールを飲んでいたが、怪我をしたサクヤの姿を見た途端に血相を変え、急いで薬箱を持って来てくれた。

 中には数本の回復薬と薬草、天使の祝福などが入っている。

 天使の祝福が入っているなんて、サクヤはよほど心配をかけているのだろう。

 傷を瞬時に治す魔法のような草だが希少価値が高く、この量だと銀貨30枚はくだらない。

 サクヤへの愛のひとつの形と言えるだろう。


 そのまま2階へとサクヤを運びベッドへ寝かせ、傷口によく練った天使の祝福を擦り付ける。

 するとみるみる肌の色は正常に戻り、サクヤも元気を取り戻した。


 「ごめんお母さん心配かけて」

 「冒険者は怪我するもんだよ、気にすんな。 家で爆発を起こされるよりはマシってもんさ」


 笑顔で話せているところを見ると本当に回復したんだろう。

 流石は天使の祝福、高いだけの事はある。

 

 「カインもありがとね、どうせ何も食べてないんだろう?」

 

 言われて思い出した。

 今回もまた食事を忘れている。


 「すっかり忘れてました。 でも今回はサクヤが大活躍だったんですよ」

 「そうなの聞いて! 新しく作った貫通砲が……」

 「いいからまずは腹ごしらえだ。 今日は獣肉のシチューだよ」


 サクヤは嬉しそうな顔をしたサラさんに出鼻をくじかれ、説明のスイッチを入れる事無く大人しく1階へと下りていく。

 僕もそれを追いかけて、1階のテーブルへと着いた。


 シチューの味は言うまでもない。

 あとはいつも通り、公衆浴場で冒険の疲れを癒しベッドに入るだけ。

 僕たちはまた同じベッドで横になる。

 自分の家の物より硬く、動くとギシギシと鳴る年季の入ったベッドだ。

 体を洗ったもののサクヤからはまだ煙のような匂いがして、貫通砲がいかにすごかったのかがわかる。

 こんな物を作れてしまうなんて、サクヤには発明の神様がついているんだろう。

 寝言でも色々な材料を説明するサクヤを横目に、僕はゆっくりと目を閉じた。


 大鐘楼の鐘の音が響く。

 今回は僕が起きたのと同時にサクヤも目を覚まし、ふたり揃って朝食を食べた。

 昨日のシチューの残りに、同じく昨日の残りのパンを浸して食べる。

 2日目のシチューは昨日に増して美味しく感じて、結局僕は朝からお腹をパンパンに膨らませる事となった。


 そして今回のメインイベント、戦利品鑑定の時間だ。

 

 「よう、どうだった?」

 「おはようございます、ノイシュさん」

 「おはようございます!」


 周りの冒険者仲間にサクヤちゃんは相変わらず元気だねと茶化されながら、冒険者ギルドのカウンターに採った様々な鉱石と魔鉱石、そして、メインとなる魔法銀を置く。

 ノイシュさんはそれをしばらく眺め、にっこりと笑った。


 「オッケー、初仕事完了だ。 量はちょっと少ないが質は申し分ないな」


 そう言って、渡されたのは銀貨10枚。

 普段あまり見る機会の無い銀貨に僕たちは大喜びでそれを受け取り、サクヤはまた頭をぶつけそうな勢いでお礼を言った。

 ギルド内に笑い声が響く。

 サクヤもそれに応えるように、照れくさそうに笑っていた。


 「さて、色々とあるがまずは洞窟のダンジョン登録だ。 あの洞窟でゴーレムを見つけたのは君らが初めて。 よって君らで名前をつけて欲しい」

 「良いんですか!?」

 「サクヤ、落ち着いて」


 ダンジョン命名の話が出た途端、サクヤは病み上がりとは思えないほど元気いっぱい声を張り上げ、カウンターをばんと叩きつけた。

 一瞬たじろいだノイシュさんだったがすぐに元に戻り、カウンター下からまた魔法の羊皮紙を取り出す。

 

 「前と同じ物だ。 名前はここに書いてくれ」

 「どうしようカイン! ダンジョンの名前だって!」

 「サクヤ、落ち着こう。 周りの人が笑い死んじゃう」

 

 周囲からの温かな視線と笑い声が突き刺さる。

 いくら温かでもこれだけ注目されれば痛く感じるものだ。


 「わかりやすくつけるなら、青色洞窟かな」

 「青色石が採れるから?」

 「それもあるし、全体的に青っぽかったから」


 たしかに、表面に突き出た青色の鉱石などが光を反射し、滝や池も青に染まっていた。

 サクヤがこれだけ喜んでいるのだし、今回はサクヤに名前を決めてもらおう。


 「それにしようか、青、って感じだったもんね」

 「よし、青色洞窟で決定!」


 サクヤが勢いよく羊皮紙に『青色洞窟』と文字を書く。

 すると前回と同じように羊皮紙の分身は発光して消えていき、あっさりとダンジョン登録が完了した。


 「すんなり決まって良かったよ。 んで、次は俺のオススメなんだがパーティ登録だ」

 「パーティ登録?」


 サクヤが始めて聞いたような顔をする。

 よく依頼をこなすメンバーをひとまとめにパーティとして登録し、依頼を貰う際に指名で受けられるようにする物。

 冒険者学校で始めの方に習った。


 「要るかな?」

 「良いんじゃない、僕とサクヤ以外にもメンバーが増えたら受けられる依頼も増えるかもよ?」

 「んーじゃあとりあえず、するだけしよっか」 


 こうして僕たちのパーティ登録が完了する。


 ゼウスのカイン

 ゼウスのサクヤ


 他に書くことの無い僕たちがそれだけ書いた羊皮紙を提出すると、ノイシュさんはあははっと笑いだしてしまった。


 「君ら謙虚にもほどがあるぜ、こういうもんは書いたもん勝ち、ある事無い事書いて目を引くもんだ」

 「無い事はダメなんじゃ」

 「まぁほんとはな、でも耳が痛い奴らも居るんじゃないか?」


 そう言ってノイシュさんが周りを見ると、何人かの冒険者は目線を下げて目を合わせないようにした。

 なるほど、ノイシュさんの言うとおりだ。


 「何を書くんですか?」

 「アレス神の祝福があるだの剣でドラゴンを倒した事があるだの、宣伝になるんなら何を書いても自由だ。 特技を書いときな」

 「わかりました!」


 サクヤはそれを聞くなり、植物、鉱石の鑑定、発明が得意と書き込んだ。

 正しく、サクヤをサクヤたらしめる売り文句だ。

 

 「カインはどうする?」

 「僕は……」


 僕は、なんだろう。

 剣技は人並み、ルーンも人並み。

 あるものと言っても思い付くのは……。

 と、これまでを思い出そうとした瞬間、立っていられないような頭痛が襲ってきた。

 あまりの痛さに視界がかすみ、思わずカウンターに手をついてしまう。

 しばらくそうしていると、頭の上から聞き慣れた声が聞こえてきた。


 「やぁ久しぶり、説明は私からさせてもらうよ」


 美しいながらもどこか恐ろしい澄んだ声。

 悪魔だ。

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